悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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「え、どういう?」
「二度も言わん」
「えぇ、まじかぁ」
教会に先日調べた研究結果を伝えに来た私を引き止めたのはこの地に住む殺人鬼、当然のように招き入れられ怪しくももてなされたお茶を飲みながら資料を投げ渡した。私はただそれだけで帰るはずが、どうやらこの男は未だあの女に興味があるらしく尽く詳細を聞いてくるのだ。面倒極まりないことだが、今は自分の元にいると一言だけ伝えてやれば案の定驚いた様子でこちらを見てきた。ピエロ面の目元がなんとも情けなく歪めばさらに聞き出そうとしてくるが私はこれ以上答える必要がないと感じそれから話を締め括る予定だった。
「あんたがいない時はどうしてんだ」
「施設に行く時は付いてくるか選ばせているが、必要な時は連れて行くだけだ」
「他は?」
「鍵を閉めて家で飼ってる」
実際その通りだ。ナースがいる時は必ず施設へ着いてきていたが、いない時は殆どが住処で一人の時間を嗜んでいる。彼女が私の住処へ止まるようになり早一週間が経とうとしているが、それは当然の決まり事のような日課になっていた。私が思いつきで強引にも施設に連れて行くこともあったがそれ以外は基本的に彼女の意思通りにさせているつもりだ。
ただこうして他所へ行く時は必ず施錠をして結果的に彼女を閉じ込めてはいるが、これはナースからの言付けでもあることだから私だけの意思ではない。実際私がいない時に彼女を守る手がこれ以外にないのが原因なのだろうが、それでもやはり厳重な警戒とは言えないだろう。
「帰る」
「おぉ、今回も助かったぜぇ」
一通り私の話を聞いて満足したのか、今回はすんなり事を終えて私は住処へと足を向けた。次にここへくる時はクラウン自らが結果を伝えにきた後だろう、私は再びここへくるのがそう短い未来ではないことに幾らか気が楽になり背後で笑う男に片手を挙げた。
ここから施設まではそう遠くはないが、やはり住処までとなると時間がかかるのはこの世界の地理上仕方ないのかもしれない。もう少し密集して都合通りに互いの拠点を作ってくれたのなら、こうして無駄な時間を割いてまで移動をしなくて済んだのかもしれない。そういう点ではエンティティも有能とは言えない。
私は半時間ほど歩き住処へ到着したが違和感を感じる、部屋の中から騒ぎ声がするのだ。彼女一人でここまで騒いでいるのだとすればよほどのバカといえよう。しかし誰かが施設でもないここに来ることは想定しにくい、だとすればやはり頭がおかしくなったのか。
以前もこんなことがあった時にシェイプが来ていたが、ここに彼女がいることをあの男が知っているとは思えない。私は呆れながらその扉を開けた。おかしい、施錠をしたはずなのにその扉はすんなり開いたのだ。内側から鍵をかけることもせずあの女は何をしているんだ。私は急いで彼女の声がするリビングへ足を運んだ。
「ビリーくんここはこうだから」
「えぇ、無理だよ俺には」
「はい頑張…」
「誰に聞いた」
予想外だった。勢いよく扉を開けた先には彼女とヒルビリーが卓を囲んで謎のテーブルゲームをしているのだ。手作りの紙の木目に並べられた紙くずは今の私の心と同じようにぐちゃぐちゃになっている。シェイプではなくてよかったとは思ったが、ヒルビリーは誰にこの場所を聞いてやって来たんだ。そもそもこの女は鍵もかけずこの世界に対する危機感を忘れたのか。
「ヒルビリー」
「あ、ドクター!」
「もう一度聞く、誰にここを」
「ナースが教えてくれたよ!」
なるほど、ナースならやり兼ねん。大方ヒルビリーがこの女を訪れた時にナースが素直に答えたんだろう、それにしても口頭か紙かは知らないがよくここまで来れたものだ。私はヒルビリーの頭に手を置いてまだ子供である彼を乱暴に褒めてやれば何処か焦って身を縮めている女の方に視線を向けた。
「おい」
「ひぃん…」
「鍵をかけろ愚か者」
「今かけに行こうかなぁって思っててずっとちゃんとそう思っててそれで」
「死にたいか」
そう言えば彼女は机に突っ伏して死んだふり、と声を上げて動かなくなった。バカなのか。その様子を見たヒルビリーは楽しそうにその様子を真似て二人して死んだふりをするのだ。何が楽しくてこんな状況を許さなければならない。私は彼女に向かって電気医療をお見舞いしてやろうと思ったが、それをする価値があるのかと考えれば呆れて何もできなくなった。
「桔梗、俺もう帰ったほうがいいかなぁ」
「え、なんで?」
「だってね、ナースがドクターがいたらすぐに帰ったほうがいいって」
「え、なんで?」
「わかんない」
二人は未だ死んだふりをしながら小声でそれを話していた。ナースは何を考えてヒルビリーにそれを伝えたんだ、もしそう思うのなら最初からここに来るように仕向けるな。
そうは思うもヒルビリーに知られるのは時間の問題だと理解していた私はクラウンから貰った資料を片付けるために資料室へ向かった。ガキ同士の戯れなんぞに時間を割いている暇はない。
結局あれから1時間ほど彼らの笑い声は止まなかった。私はその間ずっと資料と向き合いヒルビリーが帰るのを待っていたが、どうやらその時が来たようで扉をノックする音が聞こえた。
「なんだ」
「帰るー!」
「らしいです」
私は扉を開けて彼らの言葉を聞けばそのまま玄関まで向かった。この女に戸締りの意識を持ってもらうまで一人で扉も開けさせられない、もっとこの世界で生きる危機感を感じろ。私もヒルビリーも、お前を殺さないだけで殺人鬼なんだ、いつか気が変わって殺すことなんて当たり前にあることを忘れるな。
「じゃあね桔梗、また来るね」
「んー、またおいで」
「なっ」
心臓が握り潰されそうになった。
二人はごく自然といわんばかりに帰りの言葉を交わせば頬に挨拶代わりの口付けをし合ったのだ。ヒルビリーがそういう知識を持ち合わせているわけがない、となると教えたのはナースかこの女だ。何を考えている、私たち殺人鬼相手に人間と同じような挨拶感覚でそういうことをするものではない。少なくとも私の前でそんな汚いものを見せるな。稀に生まれるこの締め付けが、嫌でたまらないのを私は知っていた。
「じゃあ、ドクターまた来るよ!」
彼はそう言ってなんの悪気もなしに笑って帰って行く。霧の奥で聞こえた笑い声は彼のものかエンティティが私を嘲笑ったものかわからないが、それが私の気分を害したのは確かだった。隣で見送りをしたこの女は忘れないようにと扉に施錠をするのだが、その一つ一つの行動が更に私をかき乱す。
「桔梗」
「へ?」
リビングへ向かおうとした彼女を私は後ろから抱きしめた。自分の意思ではない、しかし無意識とかでもない。ただ今はそうしなければならないと身体が悲鳴をあげた、そんな気がしただけ。当然のように驚く彼女だが私に逆らうことなくしかし焦った様子で私を見てくる。何か言わなければ、この空気をどうにかしなければ、それをできるのは彼女ではない。私なのだ。
「作れ」
「ん?」
「さっさとしろ、飯にするぞ」
私は必死に平然を装って彼女から離れれば事を急かした。そうすれば彼女は自然と焦ったまま支度を始めるのだが、それでいい。そうでなければ、これからの生活が無事でいられない。心臓が未だ軋むのを感じるが、今はそれを理解するほどの情報が集まっていないのならこのままにするしかない。いずれ理解できる時が来るはずだ。それまでこの女にも耐えてもらわなければならない、私のモルモットとして存在する限り。
手を出しそうになるのは、きっとこの感覚を理解できないせいだ。
「二度も言わん」
「えぇ、まじかぁ」
教会に先日調べた研究結果を伝えに来た私を引き止めたのはこの地に住む殺人鬼、当然のように招き入れられ怪しくももてなされたお茶を飲みながら資料を投げ渡した。私はただそれだけで帰るはずが、どうやらこの男は未だあの女に興味があるらしく尽く詳細を聞いてくるのだ。面倒極まりないことだが、今は自分の元にいると一言だけ伝えてやれば案の定驚いた様子でこちらを見てきた。ピエロ面の目元がなんとも情けなく歪めばさらに聞き出そうとしてくるが私はこれ以上答える必要がないと感じそれから話を締め括る予定だった。
「あんたがいない時はどうしてんだ」
「施設に行く時は付いてくるか選ばせているが、必要な時は連れて行くだけだ」
「他は?」
「鍵を閉めて家で飼ってる」
実際その通りだ。ナースがいる時は必ず施設へ着いてきていたが、いない時は殆どが住処で一人の時間を嗜んでいる。彼女が私の住処へ止まるようになり早一週間が経とうとしているが、それは当然の決まり事のような日課になっていた。私が思いつきで強引にも施設に連れて行くこともあったがそれ以外は基本的に彼女の意思通りにさせているつもりだ。
ただこうして他所へ行く時は必ず施錠をして結果的に彼女を閉じ込めてはいるが、これはナースからの言付けでもあることだから私だけの意思ではない。実際私がいない時に彼女を守る手がこれ以外にないのが原因なのだろうが、それでもやはり厳重な警戒とは言えないだろう。
「帰る」
「おぉ、今回も助かったぜぇ」
一通り私の話を聞いて満足したのか、今回はすんなり事を終えて私は住処へと足を向けた。次にここへくる時はクラウン自らが結果を伝えにきた後だろう、私は再びここへくるのがそう短い未来ではないことに幾らか気が楽になり背後で笑う男に片手を挙げた。
ここから施設まではそう遠くはないが、やはり住処までとなると時間がかかるのはこの世界の地理上仕方ないのかもしれない。もう少し密集して都合通りに互いの拠点を作ってくれたのなら、こうして無駄な時間を割いてまで移動をしなくて済んだのかもしれない。そういう点ではエンティティも有能とは言えない。
私は半時間ほど歩き住処へ到着したが違和感を感じる、部屋の中から騒ぎ声がするのだ。彼女一人でここまで騒いでいるのだとすればよほどのバカといえよう。しかし誰かが施設でもないここに来ることは想定しにくい、だとすればやはり頭がおかしくなったのか。
以前もこんなことがあった時にシェイプが来ていたが、ここに彼女がいることをあの男が知っているとは思えない。私は呆れながらその扉を開けた。おかしい、施錠をしたはずなのにその扉はすんなり開いたのだ。内側から鍵をかけることもせずあの女は何をしているんだ。私は急いで彼女の声がするリビングへ足を運んだ。
「ビリーくんここはこうだから」
「えぇ、無理だよ俺には」
「はい頑張…」
「誰に聞いた」
予想外だった。勢いよく扉を開けた先には彼女とヒルビリーが卓を囲んで謎のテーブルゲームをしているのだ。手作りの紙の木目に並べられた紙くずは今の私の心と同じようにぐちゃぐちゃになっている。シェイプではなくてよかったとは思ったが、ヒルビリーは誰にこの場所を聞いてやって来たんだ。そもそもこの女は鍵もかけずこの世界に対する危機感を忘れたのか。
「ヒルビリー」
「あ、ドクター!」
「もう一度聞く、誰にここを」
「ナースが教えてくれたよ!」
なるほど、ナースならやり兼ねん。大方ヒルビリーがこの女を訪れた時にナースが素直に答えたんだろう、それにしても口頭か紙かは知らないがよくここまで来れたものだ。私はヒルビリーの頭に手を置いてまだ子供である彼を乱暴に褒めてやれば何処か焦って身を縮めている女の方に視線を向けた。
「おい」
「ひぃん…」
「鍵をかけろ愚か者」
「今かけに行こうかなぁって思っててずっとちゃんとそう思っててそれで」
「死にたいか」
そう言えば彼女は机に突っ伏して死んだふり、と声を上げて動かなくなった。バカなのか。その様子を見たヒルビリーは楽しそうにその様子を真似て二人して死んだふりをするのだ。何が楽しくてこんな状況を許さなければならない。私は彼女に向かって電気医療をお見舞いしてやろうと思ったが、それをする価値があるのかと考えれば呆れて何もできなくなった。
「桔梗、俺もう帰ったほうがいいかなぁ」
「え、なんで?」
「だってね、ナースがドクターがいたらすぐに帰ったほうがいいって」
「え、なんで?」
「わかんない」
二人は未だ死んだふりをしながら小声でそれを話していた。ナースは何を考えてヒルビリーにそれを伝えたんだ、もしそう思うのなら最初からここに来るように仕向けるな。
そうは思うもヒルビリーに知られるのは時間の問題だと理解していた私はクラウンから貰った資料を片付けるために資料室へ向かった。ガキ同士の戯れなんぞに時間を割いている暇はない。
結局あれから1時間ほど彼らの笑い声は止まなかった。私はその間ずっと資料と向き合いヒルビリーが帰るのを待っていたが、どうやらその時が来たようで扉をノックする音が聞こえた。
「なんだ」
「帰るー!」
「らしいです」
私は扉を開けて彼らの言葉を聞けばそのまま玄関まで向かった。この女に戸締りの意識を持ってもらうまで一人で扉も開けさせられない、もっとこの世界で生きる危機感を感じろ。私もヒルビリーも、お前を殺さないだけで殺人鬼なんだ、いつか気が変わって殺すことなんて当たり前にあることを忘れるな。
「じゃあね桔梗、また来るね」
「んー、またおいで」
「なっ」
心臓が握り潰されそうになった。
二人はごく自然といわんばかりに帰りの言葉を交わせば頬に挨拶代わりの口付けをし合ったのだ。ヒルビリーがそういう知識を持ち合わせているわけがない、となると教えたのはナースかこの女だ。何を考えている、私たち殺人鬼相手に人間と同じような挨拶感覚でそういうことをするものではない。少なくとも私の前でそんな汚いものを見せるな。稀に生まれるこの締め付けが、嫌でたまらないのを私は知っていた。
「じゃあ、ドクターまた来るよ!」
彼はそう言ってなんの悪気もなしに笑って帰って行く。霧の奥で聞こえた笑い声は彼のものかエンティティが私を嘲笑ったものかわからないが、それが私の気分を害したのは確かだった。隣で見送りをしたこの女は忘れないようにと扉に施錠をするのだが、その一つ一つの行動が更に私をかき乱す。
「桔梗」
「へ?」
リビングへ向かおうとした彼女を私は後ろから抱きしめた。自分の意思ではない、しかし無意識とかでもない。ただ今はそうしなければならないと身体が悲鳴をあげた、そんな気がしただけ。当然のように驚く彼女だが私に逆らうことなくしかし焦った様子で私を見てくる。何か言わなければ、この空気をどうにかしなければ、それをできるのは彼女ではない。私なのだ。
「作れ」
「ん?」
「さっさとしろ、飯にするぞ」
私は必死に平然を装って彼女から離れれば事を急かした。そうすれば彼女は自然と焦ったまま支度を始めるのだが、それでいい。そうでなければ、これからの生活が無事でいられない。心臓が未だ軋むのを感じるが、今はそれを理解するほどの情報が集まっていないのならこのままにするしかない。いずれ理解できる時が来るはずだ。それまでこの女にも耐えてもらわなければならない、私のモルモットとして存在する限り。
手を出しそうになるのは、きっとこの感覚を理解できないせいだ。