悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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「ぇ」
誰ですか?
目が覚めたら背後に感じる温もりと身体に回された腕に戸惑いが生じる。そもそもここはどこだ。いつものように目が覚めたらお嫁さんがいて、私は朝の診察をしてから彼女が持ってきたご飯を食べるはず。なのに彼女はどこにもいなくて、なんならここは…
おっと思い出した、私思い出しましたよ。ここはあの男のもう一つの住処だ。ということはやはり私を抱きしめるこの腕はあの男のものだ、よく見れば改造しましたと言わんばかりの電気のコードが体に埋め込んである。何がどうなってこの状況になったのかはわからないが、とにかく私は身体を捩って抜け出そうとした。
うん、動かない。ちょっともがこうものならこのゴツゴツとした腕が私を痛めつけてくる。私は溜息を吐いて渋々顔だけあげて男の顔を拝んでやろうと思った。
いや誰やねん。
ハゲている、ハゲてはいるんだがあの男らしい器具をつけることもなければその瞳は珍しく閉じている。別人か、もしかしなくともトラッパーさんか。一瞬そう思ったが顔の傷跡からしてやはりあの男なのだろう。こんな寝顔するのかこいつ、寝てる時はどんな殺人鬼でも大人しいのな。
ちょっと待てよ。私は何を動じずに考察をしているんだ、よく考えろ。この男私のこと抱きしめて眠っているんだぞ、一緒のベッドで寝ているということだ…いや、この男の意思で一緒に寝たとすれば、この生活は今後一生続く可能性があるということ。私今前代未聞のピンチを迎えようとしているのではなかろうか。神様私の質問に答えてくれ。
「私の童貞が…」
いや童貞ではなかった、貞操だ。一歩間違えばセクハラまがいな事をしてくる男だ、そこまで致すことはしなくとも可能性の一つとして自分の身を守る手段を見つけなければならない。ああダメだ、そう考えると落ち着いていられなくなった、今すぐここから抜け出して顔を洗うなりなんなりしないと気が済まない。
私は彼の腕の中で必死に藻搔いた。大きい腕を両手で持ち上げてのそのそと抜け出そうとすれば、後少しのところで抱き寄せられる。顔を見る限り起きているわけではなさそうで、何度か抜け出すことに挑戦をするのだがやはり同じことの繰り返し。ついには先ほどより強い締め付けで両手ごと抱きしめられればまともに動くことすらできなくなった。ダメだ、私が起きる前にこの男を起こさなければならない。いいや寧ろこれだけ動いたんだから起こさなくとも自らの力で起きてほしい。
「あの」
ドクターと呼べばいいのか、ハーマン・カーターと呼べばいいのか、未だ分からない彼をこういう呼び方でしか呼べないのは致し方ないと思う。咄嗟にドクターと呼ぶことはあっても意識的に呼ぶのは未だ苦しいものだ、きっと彼も私の名を呼ばないのはそういうことなのだろう。だからこそ頼む、これで目覚めてほしい。
「あーのー」
顔を上げて彼の様子を下から眺めれば少しだけ瞼がピクリとしたのを確認し、そのまま何度か声をかけて身体を揺さぶってみた。起きろ、あなたのせいで私動けないんです。何してくれてるんですか。
「ドクター」
「ん」
少しぎこちなかったがその名を呼べば彼は応えるように唸り声をあげた。先ほどより大げさに瞼を動かしてうすらとその瞳を開ければやはりそれは彼そのもので、少しだけ安心を得た。よし、このまま目が覚めるところまでいってもらおう。
「おはようございます」
「…ああ」
彼はおそらくだが低血圧ではなさそうだ、目を開けてから完全に覚めるまでの感覚が非常に短い。羨ましい、私なら後10分と言いながら布団の中でゴロゴロするのに。
彼は一言返事をして私の額に一瞬だけ顔を擦り寄らせすぐに身体を起こした。本当に一瞬の出来事で目が点になりながらも、やっと解放された幸せに浸れば私も同時に身体を起こそうとした。
「どわあぁぁあ!?」
それどころではない。この男、何も着てないのだ。寝るときにそのごちゃごちゃした頭の器具を外すのはまだわかる、せめて上半身裸で寝るのも多少はわかる、だがまさかパンツを履いてないとは思わまい。立ち上がった男の尻を見て私は情けない声を上げ全力で背を向けた。見てはいけないものとか、そういう類ではない。男女が同じベッドで寝た上に相手は裸で、そしてそれはこの先一生続くかもしれないのだ。私は本当にこの男の元で暮らさなければならないのか?やはり無理を言ってでもお嫁さんのところに行った方が命はあったのではなかろうか。
「煩い、さっさと起きろ」
いいやさっさと起きろはこちらのセリフだったんですよ、あなたがなかなか起きない上に私を起こさせてくれなかったんですよ。しかもすでに服着てるの早すぎませんか、シャツ着てるってことはこれから研究のお仕事ですか、それともそれ私服にもなり得るということですか。もう一から全て説明してほしい、心臓に悪いし分からないことしかない。もし本当に一緒に住むことをあなたがお考えだとしたら本当に全てを紙に書いて私に提示してくれ。
ああ、そう考えると私は自分が思う以上にこの男のことを知らないのだ。半年この男と長い時間を共にしたというのに、こんなにも知らないことばかりなのか。少し胸がヂクヂクするではないか、やめてくれ。
「理不尽極まりない」
「内装の説明をしてやる」
さっさとしろと言わんばかりに扉の前で待つこの男、生前の名はハーマン・カーター。いつの日かにフレディおじさまから聞いたこの名はどうやら本物だったみたいだ。先日訪れた他の殺人鬼がそう呼んでいたから偽りではないはず。そしてその殺人鬼と、私はこれから…どう暮らしたら生きた心地がする?
「さっさとしろ」
とうとうその言葉を口に出して不機嫌そうにない眉を潜めてくる。
そうか、機嫌を損ねなければいい、ただそれだけ。よく考えればそれは施設で暮らしていた時とさほど変わらない。下手に意識しないほうがいい。いや、下手に意識したらダメなんだ。昨日までと同じ、彼の機嫌を保って極力自分の好きなようにする、それでいい。なんだ、半年も同じことをしたんだ、簡単ではないか。ただ場所が変わっただけ、少し覚えることが増えただけ。ゲームで言えば大まかな攻略法を知っている状況、強くてニューゲームとなんら変わらない。
私はベッドから降りて刺したまま寝てしまった簪を丁寧に刺し直す。パシリと顔を両手で叩いて大きく目を見開けば大体の準備は完了した。もしエンティティが私たちでゲームをしているのなら、それに抵抗することすら許されないのなら、せめてその盤面で私は私のゲームをしてやる。生きることほど強いことはないんだ、私を示してやる。
さあ行かなければ、彼のご機嫌を取り戻すために。
これから彼と安全に暮らすための攻略法を探すために。
誰ですか?
目が覚めたら背後に感じる温もりと身体に回された腕に戸惑いが生じる。そもそもここはどこだ。いつものように目が覚めたらお嫁さんがいて、私は朝の診察をしてから彼女が持ってきたご飯を食べるはず。なのに彼女はどこにもいなくて、なんならここは…
おっと思い出した、私思い出しましたよ。ここはあの男のもう一つの住処だ。ということはやはり私を抱きしめるこの腕はあの男のものだ、よく見れば改造しましたと言わんばかりの電気のコードが体に埋め込んである。何がどうなってこの状況になったのかはわからないが、とにかく私は身体を捩って抜け出そうとした。
うん、動かない。ちょっともがこうものならこのゴツゴツとした腕が私を痛めつけてくる。私は溜息を吐いて渋々顔だけあげて男の顔を拝んでやろうと思った。
いや誰やねん。
ハゲている、ハゲてはいるんだがあの男らしい器具をつけることもなければその瞳は珍しく閉じている。別人か、もしかしなくともトラッパーさんか。一瞬そう思ったが顔の傷跡からしてやはりあの男なのだろう。こんな寝顔するのかこいつ、寝てる時はどんな殺人鬼でも大人しいのな。
ちょっと待てよ。私は何を動じずに考察をしているんだ、よく考えろ。この男私のこと抱きしめて眠っているんだぞ、一緒のベッドで寝ているということだ…いや、この男の意思で一緒に寝たとすれば、この生活は今後一生続く可能性があるということ。私今前代未聞のピンチを迎えようとしているのではなかろうか。神様私の質問に答えてくれ。
「私の童貞が…」
いや童貞ではなかった、貞操だ。一歩間違えばセクハラまがいな事をしてくる男だ、そこまで致すことはしなくとも可能性の一つとして自分の身を守る手段を見つけなければならない。ああダメだ、そう考えると落ち着いていられなくなった、今すぐここから抜け出して顔を洗うなりなんなりしないと気が済まない。
私は彼の腕の中で必死に藻搔いた。大きい腕を両手で持ち上げてのそのそと抜け出そうとすれば、後少しのところで抱き寄せられる。顔を見る限り起きているわけではなさそうで、何度か抜け出すことに挑戦をするのだがやはり同じことの繰り返し。ついには先ほどより強い締め付けで両手ごと抱きしめられればまともに動くことすらできなくなった。ダメだ、私が起きる前にこの男を起こさなければならない。いいや寧ろこれだけ動いたんだから起こさなくとも自らの力で起きてほしい。
「あの」
ドクターと呼べばいいのか、ハーマン・カーターと呼べばいいのか、未だ分からない彼をこういう呼び方でしか呼べないのは致し方ないと思う。咄嗟にドクターと呼ぶことはあっても意識的に呼ぶのは未だ苦しいものだ、きっと彼も私の名を呼ばないのはそういうことなのだろう。だからこそ頼む、これで目覚めてほしい。
「あーのー」
顔を上げて彼の様子を下から眺めれば少しだけ瞼がピクリとしたのを確認し、そのまま何度か声をかけて身体を揺さぶってみた。起きろ、あなたのせいで私動けないんです。何してくれてるんですか。
「ドクター」
「ん」
少しぎこちなかったがその名を呼べば彼は応えるように唸り声をあげた。先ほどより大げさに瞼を動かしてうすらとその瞳を開ければやはりそれは彼そのもので、少しだけ安心を得た。よし、このまま目が覚めるところまでいってもらおう。
「おはようございます」
「…ああ」
彼はおそらくだが低血圧ではなさそうだ、目を開けてから完全に覚めるまでの感覚が非常に短い。羨ましい、私なら後10分と言いながら布団の中でゴロゴロするのに。
彼は一言返事をして私の額に一瞬だけ顔を擦り寄らせすぐに身体を起こした。本当に一瞬の出来事で目が点になりながらも、やっと解放された幸せに浸れば私も同時に身体を起こそうとした。
「どわあぁぁあ!?」
それどころではない。この男、何も着てないのだ。寝るときにそのごちゃごちゃした頭の器具を外すのはまだわかる、せめて上半身裸で寝るのも多少はわかる、だがまさかパンツを履いてないとは思わまい。立ち上がった男の尻を見て私は情けない声を上げ全力で背を向けた。見てはいけないものとか、そういう類ではない。男女が同じベッドで寝た上に相手は裸で、そしてそれはこの先一生続くかもしれないのだ。私は本当にこの男の元で暮らさなければならないのか?やはり無理を言ってでもお嫁さんのところに行った方が命はあったのではなかろうか。
「煩い、さっさと起きろ」
いいやさっさと起きろはこちらのセリフだったんですよ、あなたがなかなか起きない上に私を起こさせてくれなかったんですよ。しかもすでに服着てるの早すぎませんか、シャツ着てるってことはこれから研究のお仕事ですか、それともそれ私服にもなり得るということですか。もう一から全て説明してほしい、心臓に悪いし分からないことしかない。もし本当に一緒に住むことをあなたがお考えだとしたら本当に全てを紙に書いて私に提示してくれ。
ああ、そう考えると私は自分が思う以上にこの男のことを知らないのだ。半年この男と長い時間を共にしたというのに、こんなにも知らないことばかりなのか。少し胸がヂクヂクするではないか、やめてくれ。
「理不尽極まりない」
「内装の説明をしてやる」
さっさとしろと言わんばかりに扉の前で待つこの男、生前の名はハーマン・カーター。いつの日かにフレディおじさまから聞いたこの名はどうやら本物だったみたいだ。先日訪れた他の殺人鬼がそう呼んでいたから偽りではないはず。そしてその殺人鬼と、私はこれから…どう暮らしたら生きた心地がする?
「さっさとしろ」
とうとうその言葉を口に出して不機嫌そうにない眉を潜めてくる。
そうか、機嫌を損ねなければいい、ただそれだけ。よく考えればそれは施設で暮らしていた時とさほど変わらない。下手に意識しないほうがいい。いや、下手に意識したらダメなんだ。昨日までと同じ、彼の機嫌を保って極力自分の好きなようにする、それでいい。なんだ、半年も同じことをしたんだ、簡単ではないか。ただ場所が変わっただけ、少し覚えることが増えただけ。ゲームで言えば大まかな攻略法を知っている状況、強くてニューゲームとなんら変わらない。
私はベッドから降りて刺したまま寝てしまった簪を丁寧に刺し直す。パシリと顔を両手で叩いて大きく目を見開けば大体の準備は完了した。もしエンティティが私たちでゲームをしているのなら、それに抵抗することすら許されないのなら、せめてその盤面で私は私のゲームをしてやる。生きることほど強いことはないんだ、私を示してやる。
さあ行かなければ、彼のご機嫌を取り戻すために。
これから彼と安全に暮らすための攻略法を探すために。