悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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もうここへ来て半年が過ぎようとしている。拝啓母よ、お元気ですか。手紙を書くことすら許されないこの世界で私はこの先本当に永遠を誓わなければなりませんか?そちらの世界で私はどうなってますか。行方不明ですか、死んだことにでもなってますか。それとも、元からその世界にいなかったことにでもなってますか。苦しい、どんな形でもお母さんが悲しむのは辛いし、忘れられていても辛いです。エンティティという存在は私をどうしたいのか未だにわかりませんが、私以外の人間たちはどうなっているんですか。こうしてこちら側の人間として生きる私の役目とはなんですか。私は、私は…
「桔梗ちゃん」
気付いた時にはお嫁さんとあの男の姿が目の前にあった。考えことに浸りすぎて意識が飛んでいたのか、それともうたた寝でもしていたのかわからないが二人は診察だと言って私の元へやって来た。
珍しい、いつもなら診察中はなぜかお嫁さんを外に出すのに今日はこうして側で診察の様子を見てくれている。まさか、この半年で起きた彼からのセクハラ紛いなことを監視するためとか、もしかして私に対する研究がもう始まっているとか。もし後者だとすればその研究にはお嫁さんも携わっていて、そして、一体私はどうなるの?前者だとしたら対策が遅すぎて泣けてきますよ、何にせよ怒りますよ私は。
「もういいだろう」
彼の言葉に察しがつく。私にはもう待つ時間を与えられない、その価値すらない、そういうことだ。頃合いなのだきっと、私が研究材料になる。今まで何度も考えた、モルモットだと言われるたびに私は再確認するように自分の終わりを感じこの半年を過ごした。半年、なんて聞けば長いような短いようなよくわからない時間だがその半年の中で幾多もの死を間近に感じれば必然とその時間は長く感じていた。
そんな中途半端な時間ももう終わり。彼がまれに見せる優しさをもう感じることもないしお嫁さんの優しい笑い声を聞くこともない、記憶がなくなるかもしれないし私という存在そのものが消えるかもしれない。何度だって覚悟したそのことを今大きく感じた私は堪らない恐怖と焦りに手汗を握った。生きていたい。でも生きても死んだのと変わらないのなら、もう私は今この数分を必死に後悔で埋めなければならない。それしか私にはできないのだ、せめてもの足掻きと思ってほしい。
「なら先ほどの話通りね」
「ああ」
「桔梗ちゃん」
「はひ」
「退院、おめでとう〜!」
彼女はそう言って私に飛びついてきた。初めて彼女に出会った時に、良かったと言ってもらえた温もりと全く同じ、暖かくて冷たい感覚。彼女の声色がいつもより明るいのを私は違和感と捉える、あんなにも今から死を覚悟して己に説得しなければと考えていた時間が嘘のように頭から消えた。退院ということはつまりそういうことなはずなのに、こんな悠長な気持ちになっていいのか。
「あなたの身体はそれだけ回復したの、だからもうここにいなくていいのよ」
「…へ?」
「あとは自宅で回復と行きたいけれど、桔梗ちゃんはお家がないでしょう?だから私の元で一緒に暮らしましょう」
神様、やはりあなたは存在したんですね。いや、彼女こそ神様に違いありません。私は先ほどまでの闇が吹っ飛んだせいか嬉しさのあまりにじわじわと目頭が熱くなる、お嫁さんはそれを心配するように私を撫でてくれるのだがそれが今の私をたまらない幸福で満たした。もし仮に、この先研究の材料として私が選ばれたとしても、少なくとも彼女が関わることはないと思いたい。こんなにも優しい殺人鬼なんだ、私はこの人の元でこの世界を生きるんだ。不幸中の超絶の幸せなんだ。
「お、お嫁さんの」
「そうよ、アサイラム。ここより融通は利かないかもしれないけれど、あなたは私が守るわ」
天使かな?天使ですね。私知ってます、この方は殺人鬼ではありません、天使です。もし私が村の長とかそういう偉い人だとしたら、この人を村のシンボルとして讃えて一生の幸せを捧げたい。
私は彼女に抱きつこうと両手を伸ばした。
「お、お嫁さんがい」
「お前は私の住処へ連れて帰る」
「へぇ?」
「はい?」
伸ばした腕を見慣れた手が掴む、先程まで黙ってこちらの様子を見ていたこの男の突然の言葉にお嫁さんの声色が変わった。私だって驚く、彼の言う通りになるなら私は彼の家に住むということになる。いやちょっと待て、昔ビリーくんから聞いたことが正しいなら彼の住処はここなはず。おかしいな、急な展開が目の前に沢山現れて私は混乱した。お嫁さんもどういうことだと言わんばかりに彼に突っかかっているが全くもってその通りだと思う。
「ドクター、話が違い」
「勘違いしているのはナース、お前だ」
「桔梗ちゃんは」
「関係ない、こいつは私のモルモットだ」
「まだ言ってるんですか…!」
今日はどういう日だ、厄日か、全力幸せdayか。二人が言い合いをしているのを見るのは初めてだった。いつも何かあってもどちらかが身を引いて諦めるというのに、今日はこの有様。なんの取り合いをしているんだ、いや私の取り合いなんだけど。私なんかでそんな、二人が言い合いをしなくてもいいではないか。二人が言い合う姿を見るのは、少し苦しいよ。
「帰るぞ」
「ドクター!桔梗ちゃんの意見は」
「必要ない」
いやそんなことはない、必要です。私に多少の人権をください。私一応ここに来るまで人権あった生活送ってたんです、ちょっとくらいいいではないですか。
しかしそんなことを考えても無駄なのは確かで、彼は私の体を白い布団で包んで肩に担ぎ上げた。いや、非常に動きにくくて気持ちが悪い。だが凡そは理解できる、私の身を隠したということは外に出るということ。つまり彼の住処はこことは別に存在するということだ。視界の外で二人が言い合いをしているのが聞こえるのだが、布団が邪魔でその言葉一つ一つを正確に聞き取ることができなかった。わかったことはこれから先お嫁さんと会えなくなるわけではないことと、私は自分の意思でこの場所に来ることができるということ。それが一体どういう方法でとか、そういったことまではうまく聞こえなかったが私が気になっていた少しの疑問がここで解決して安堵する。もう二度とお嫁さんと会えないなんて言われたら、本当に絶望しかなかったからだ。
それから私は担がれた体が揺れたことにより、彼が彼女との会話を切って歩き出したということに気が付いた。お嫁さんの不満そうな声が薄らと聞こえるのに私はそれに応えることができない。また会えるんだよね?ねぇ、その時にまたちゃんというから、そんな悲しそうな声で私を呼ばないで。
「ごめんなさい」
彼女に向けた私の声はこの男にすら届かないまま布団に吸収されて消えていった。
(ドクター、いい加減気付いたらどうなの)
「桔梗ちゃん」
気付いた時にはお嫁さんとあの男の姿が目の前にあった。考えことに浸りすぎて意識が飛んでいたのか、それともうたた寝でもしていたのかわからないが二人は診察だと言って私の元へやって来た。
珍しい、いつもなら診察中はなぜかお嫁さんを外に出すのに今日はこうして側で診察の様子を見てくれている。まさか、この半年で起きた彼からのセクハラ紛いなことを監視するためとか、もしかして私に対する研究がもう始まっているとか。もし後者だとすればその研究にはお嫁さんも携わっていて、そして、一体私はどうなるの?前者だとしたら対策が遅すぎて泣けてきますよ、何にせよ怒りますよ私は。
「もういいだろう」
彼の言葉に察しがつく。私にはもう待つ時間を与えられない、その価値すらない、そういうことだ。頃合いなのだきっと、私が研究材料になる。今まで何度も考えた、モルモットだと言われるたびに私は再確認するように自分の終わりを感じこの半年を過ごした。半年、なんて聞けば長いような短いようなよくわからない時間だがその半年の中で幾多もの死を間近に感じれば必然とその時間は長く感じていた。
そんな中途半端な時間ももう終わり。彼がまれに見せる優しさをもう感じることもないしお嫁さんの優しい笑い声を聞くこともない、記憶がなくなるかもしれないし私という存在そのものが消えるかもしれない。何度だって覚悟したそのことを今大きく感じた私は堪らない恐怖と焦りに手汗を握った。生きていたい。でも生きても死んだのと変わらないのなら、もう私は今この数分を必死に後悔で埋めなければならない。それしか私にはできないのだ、せめてもの足掻きと思ってほしい。
「なら先ほどの話通りね」
「ああ」
「桔梗ちゃん」
「はひ」
「退院、おめでとう〜!」
彼女はそう言って私に飛びついてきた。初めて彼女に出会った時に、良かったと言ってもらえた温もりと全く同じ、暖かくて冷たい感覚。彼女の声色がいつもより明るいのを私は違和感と捉える、あんなにも今から死を覚悟して己に説得しなければと考えていた時間が嘘のように頭から消えた。退院ということはつまりそういうことなはずなのに、こんな悠長な気持ちになっていいのか。
「あなたの身体はそれだけ回復したの、だからもうここにいなくていいのよ」
「…へ?」
「あとは自宅で回復と行きたいけれど、桔梗ちゃんはお家がないでしょう?だから私の元で一緒に暮らしましょう」
神様、やはりあなたは存在したんですね。いや、彼女こそ神様に違いありません。私は先ほどまでの闇が吹っ飛んだせいか嬉しさのあまりにじわじわと目頭が熱くなる、お嫁さんはそれを心配するように私を撫でてくれるのだがそれが今の私をたまらない幸福で満たした。もし仮に、この先研究の材料として私が選ばれたとしても、少なくとも彼女が関わることはないと思いたい。こんなにも優しい殺人鬼なんだ、私はこの人の元でこの世界を生きるんだ。不幸中の超絶の幸せなんだ。
「お、お嫁さんの」
「そうよ、アサイラム。ここより融通は利かないかもしれないけれど、あなたは私が守るわ」
天使かな?天使ですね。私知ってます、この方は殺人鬼ではありません、天使です。もし私が村の長とかそういう偉い人だとしたら、この人を村のシンボルとして讃えて一生の幸せを捧げたい。
私は彼女に抱きつこうと両手を伸ばした。
「お、お嫁さんがい」
「お前は私の住処へ連れて帰る」
「へぇ?」
「はい?」
伸ばした腕を見慣れた手が掴む、先程まで黙ってこちらの様子を見ていたこの男の突然の言葉にお嫁さんの声色が変わった。私だって驚く、彼の言う通りになるなら私は彼の家に住むということになる。いやちょっと待て、昔ビリーくんから聞いたことが正しいなら彼の住処はここなはず。おかしいな、急な展開が目の前に沢山現れて私は混乱した。お嫁さんもどういうことだと言わんばかりに彼に突っかかっているが全くもってその通りだと思う。
「ドクター、話が違い」
「勘違いしているのはナース、お前だ」
「桔梗ちゃんは」
「関係ない、こいつは私のモルモットだ」
「まだ言ってるんですか…!」
今日はどういう日だ、厄日か、全力幸せdayか。二人が言い合いをしているのを見るのは初めてだった。いつも何かあってもどちらかが身を引いて諦めるというのに、今日はこの有様。なんの取り合いをしているんだ、いや私の取り合いなんだけど。私なんかでそんな、二人が言い合いをしなくてもいいではないか。二人が言い合う姿を見るのは、少し苦しいよ。
「帰るぞ」
「ドクター!桔梗ちゃんの意見は」
「必要ない」
いやそんなことはない、必要です。私に多少の人権をください。私一応ここに来るまで人権あった生活送ってたんです、ちょっとくらいいいではないですか。
しかしそんなことを考えても無駄なのは確かで、彼は私の体を白い布団で包んで肩に担ぎ上げた。いや、非常に動きにくくて気持ちが悪い。だが凡そは理解できる、私の身を隠したということは外に出るということ。つまり彼の住処はこことは別に存在するということだ。視界の外で二人が言い合いをしているのが聞こえるのだが、布団が邪魔でその言葉一つ一つを正確に聞き取ることができなかった。わかったことはこれから先お嫁さんと会えなくなるわけではないことと、私は自分の意思でこの場所に来ることができるということ。それが一体どういう方法でとか、そういったことまではうまく聞こえなかったが私が気になっていた少しの疑問がここで解決して安堵する。もう二度とお嫁さんと会えないなんて言われたら、本当に絶望しかなかったからだ。
それから私は担がれた体が揺れたことにより、彼が彼女との会話を切って歩き出したということに気が付いた。お嫁さんの不満そうな声が薄らと聞こえるのに私はそれに応えることができない。また会えるんだよね?ねぇ、その時にまたちゃんというから、そんな悲しそうな声で私を呼ばないで。
「ごめんなさい」
彼女に向けた私の声はこの男にすら届かないまま布団に吸収されて消えていった。
(ドクター、いい加減気付いたらどうなの)