悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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【おいで】
まただ。あの声が聞こえる。
【扉は開けたぞ、怖いか】
「違う」
私はリハビリ中に無意識にここへ来てしまった、悲しくも開いた扉の奥には私を誘うように黒い闇が広がっている。それはきっと恐ろしいとかそういう類ではなく、すでに無の存在な気がしてならない。私の望むものが手に入るけれど、それと同時にきっと失うものも出てくる。だからこうして声の主に何度呼びかけられても、この扉を一人で潜ることができないでいた。
彼がいなければ私はきっと消えてしまう。
【おいで、私が誰か知りたいだろう】
「うん、でも嫌だ…ごめん」
何に対して謝っているのだろうか。まるで私に人権がないように、相手の考えと違うことをする自分に対し、こうして謝る癖はいつ治るんだ。サイドのちょろりと出た黒髪が、彼女の唸り声のような風で揺らされるのが酷く苦しい。彼女が何度も私を呼ぶ理由はなんだろうか、もう私にはあなたが誰であろうと構わないというのに。いや、気になりはするしあなたがもしエンティティなら山のような質問をぶつけるだろうが、同時にそうでないようにと願う自分もいるんだ。真実を知るのが怖く、でもそれにしか縋ることができないような生き方。やはり私は哀れなんだ。
【残念な蛆虫め、代わりだ】
戸惑いに視線をそらしていた私は再び扉を凝視した。いや、せざるを得なかった。
いつここへ来たのだろうか、あの男は私の視線の先に佇んでいる。扉からウヨウヨと伸びる黒い靄に今にも包まれそうになりながら、決して私の方を向かずその白衣のコートを揺らしていた。嫌だ、行かないで。あなたがここにいるから私は存在し続けているのに、どうしてそのあなたが行ってしまう。私が行かなかったから、私が彼女に従わなかったから、だからあなたが代わりに犠牲になるの?もしあなたが行くのなら私もそこに連れて行って、あなたとなら真実を聞く覚悟ができる、そんな気がするんです。
【行くぞハーマン・カーター】
あの男は彼女の声かけとともに闇の中へ歩いて行く。止めたくて、連れて行って欲しくて、行かないで欲しくて、私の声を聞いて、そんな沢山の混乱が私を支配した。もしこのまま彼に二度と会えなくなるとすれば、私はこの世界で存在価値を与えて貰えない。
「や、ドクター!」
2.3歩ほど駆け足になり後ろ姿の彼に手を伸ばした。どこか冷たくて、でもなぜかそこに広がる無になんのためらいもなく行ってしまう彼に必死に声をかけて走り出そうとした。
私は走れなかった。体が動かないとか、まだ回復しきってないとかそういう類の走れないではなく、私の体を見慣れた手が捕まえていた。腰より上に両手が添えられ私はその主に地面に足がつかないギリギリで持ち上げられていた。おかしい、さっきまでこの男は私の世界の前にいて、私はそれを止めようとしていたのに。どうしてそんな彼に私が止められているのだ。つきそうでつかないつま先からピリピリと光がチラついている。それが彼から発せられる電気だとわかればゾッとした。
「あの、ドク」
「_________」
それからのことはまともに覚えていない。ただ確実に言えることは、あの男の怒りを買った私は彼の電撃をもろに食らったということ。一瞬だけ見えたその顔が怒りとか悲しみとかそういう表情ではなく、ただただ無を示していた。怖かった、この男に対してあそこまでの恐怖を感じたのは初めてだった。高く乾いた笑い声をあげながら、しかしその表情は笑ってなどなく本当に狂ったような様子で腹部に刺激を与える。痛みと痺れとまともに回らない思考の中、私は叫び声が声と認識できないくらいのものを上げ続けた。施設内に私の叫び声と彼の笑い声が疎らに響くのが気持ちが悪く、それから私は気を失ったんだと思う。こうしてベッドの上で痺れた体を横たわらせているのが何よりの証拠、夢ではないと体が悲鳴をあげてアピールしてくるのが今の私に確信を与えた。
冷静に考えればやはり彼女はエンティティなのだろう。まだ憶測でしかないが、彼女は私が苦しむ様を楽しんでいた気がする。おじさまが以前言っていた通り、この世界の住人全てが彼女の手札のような存在だとすれば、私は彼女の満足のためにゲームを強いられ彼の怒りを買わさせられたのだ。幻影まで使って私をおびき出して、あたかも私が自らこの場所を捨てようとしている様に見せた。結果彼女が望んだ通り彼はそう捉え私に醜い怒りをぶつけたのだろう。
何より気にくわないのは、今目の前にいる男が何処か申し訳なさそうに私の様子を伺っていることだ。まだ意識がはっきりと戻った訳ではない。本当にうっすらと視界の隙間で彼を確認できる程度で、額に彼の手の甲がコツコツと当たっているのだけがわかる。眉をピクピクと動かせばすかさず私の名を何度も呼んで、しかしその声ですら私にはぼやけて聞こえた。
きっと誤解が解けることはないだろう。誰も彼女の仕業だとは思わないだろうし、こうしてまたこの場所に置いてもらえるだけ、命まで持って行かれなかったことにありがたいと思わなければならない。だってここはそういう世界なのだろう?この世界で生きると決めてからはそういう覚悟はできているよ。
だからさ、お願い。気にくわないから、そんな顔しないで。
そんな悲しげな顔、ずるい。
(無意識に手は出したくないはずなんだがな)
まただ。あの声が聞こえる。
【扉は開けたぞ、怖いか】
「違う」
私はリハビリ中に無意識にここへ来てしまった、悲しくも開いた扉の奥には私を誘うように黒い闇が広がっている。それはきっと恐ろしいとかそういう類ではなく、すでに無の存在な気がしてならない。私の望むものが手に入るけれど、それと同時にきっと失うものも出てくる。だからこうして声の主に何度呼びかけられても、この扉を一人で潜ることができないでいた。
彼がいなければ私はきっと消えてしまう。
【おいで、私が誰か知りたいだろう】
「うん、でも嫌だ…ごめん」
何に対して謝っているのだろうか。まるで私に人権がないように、相手の考えと違うことをする自分に対し、こうして謝る癖はいつ治るんだ。サイドのちょろりと出た黒髪が、彼女の唸り声のような風で揺らされるのが酷く苦しい。彼女が何度も私を呼ぶ理由はなんだろうか、もう私にはあなたが誰であろうと構わないというのに。いや、気になりはするしあなたがもしエンティティなら山のような質問をぶつけるだろうが、同時にそうでないようにと願う自分もいるんだ。真実を知るのが怖く、でもそれにしか縋ることができないような生き方。やはり私は哀れなんだ。
【残念な蛆虫め、代わりだ】
戸惑いに視線をそらしていた私は再び扉を凝視した。いや、せざるを得なかった。
いつここへ来たのだろうか、あの男は私の視線の先に佇んでいる。扉からウヨウヨと伸びる黒い靄に今にも包まれそうになりながら、決して私の方を向かずその白衣のコートを揺らしていた。嫌だ、行かないで。あなたがここにいるから私は存在し続けているのに、どうしてそのあなたが行ってしまう。私が行かなかったから、私が彼女に従わなかったから、だからあなたが代わりに犠牲になるの?もしあなたが行くのなら私もそこに連れて行って、あなたとなら真実を聞く覚悟ができる、そんな気がするんです。
【行くぞハーマン・カーター】
あの男は彼女の声かけとともに闇の中へ歩いて行く。止めたくて、連れて行って欲しくて、行かないで欲しくて、私の声を聞いて、そんな沢山の混乱が私を支配した。もしこのまま彼に二度と会えなくなるとすれば、私はこの世界で存在価値を与えて貰えない。
「や、ドクター!」
2.3歩ほど駆け足になり後ろ姿の彼に手を伸ばした。どこか冷たくて、でもなぜかそこに広がる無になんのためらいもなく行ってしまう彼に必死に声をかけて走り出そうとした。
私は走れなかった。体が動かないとか、まだ回復しきってないとかそういう類の走れないではなく、私の体を見慣れた手が捕まえていた。腰より上に両手が添えられ私はその主に地面に足がつかないギリギリで持ち上げられていた。おかしい、さっきまでこの男は私の世界の前にいて、私はそれを止めようとしていたのに。どうしてそんな彼に私が止められているのだ。つきそうでつかないつま先からピリピリと光がチラついている。それが彼から発せられる電気だとわかればゾッとした。
「あの、ドク」
「_________」
それからのことはまともに覚えていない。ただ確実に言えることは、あの男の怒りを買った私は彼の電撃をもろに食らったということ。一瞬だけ見えたその顔が怒りとか悲しみとかそういう表情ではなく、ただただ無を示していた。怖かった、この男に対してあそこまでの恐怖を感じたのは初めてだった。高く乾いた笑い声をあげながら、しかしその表情は笑ってなどなく本当に狂ったような様子で腹部に刺激を与える。痛みと痺れとまともに回らない思考の中、私は叫び声が声と認識できないくらいのものを上げ続けた。施設内に私の叫び声と彼の笑い声が疎らに響くのが気持ちが悪く、それから私は気を失ったんだと思う。こうしてベッドの上で痺れた体を横たわらせているのが何よりの証拠、夢ではないと体が悲鳴をあげてアピールしてくるのが今の私に確信を与えた。
冷静に考えればやはり彼女はエンティティなのだろう。まだ憶測でしかないが、彼女は私が苦しむ様を楽しんでいた気がする。おじさまが以前言っていた通り、この世界の住人全てが彼女の手札のような存在だとすれば、私は彼女の満足のためにゲームを強いられ彼の怒りを買わさせられたのだ。幻影まで使って私をおびき出して、あたかも私が自らこの場所を捨てようとしている様に見せた。結果彼女が望んだ通り彼はそう捉え私に醜い怒りをぶつけたのだろう。
何より気にくわないのは、今目の前にいる男が何処か申し訳なさそうに私の様子を伺っていることだ。まだ意識がはっきりと戻った訳ではない。本当にうっすらと視界の隙間で彼を確認できる程度で、額に彼の手の甲がコツコツと当たっているのだけがわかる。眉をピクピクと動かせばすかさず私の名を何度も呼んで、しかしその声ですら私にはぼやけて聞こえた。
きっと誤解が解けることはないだろう。誰も彼女の仕業だとは思わないだろうし、こうしてまたこの場所に置いてもらえるだけ、命まで持って行かれなかったことにありがたいと思わなければならない。だってここはそういう世界なのだろう?この世界で生きると決めてからはそういう覚悟はできているよ。
だからさ、お願い。気にくわないから、そんな顔しないで。
そんな悲しげな顔、ずるい。
(無意識に手は出したくないはずなんだがな)