悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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「はぁ…」
「望んでこうなったわけではありません」
「ナースか」
「よくおわかりで」
先日私はあの男にあろうことか二人で出かけないかと話したことがある。別にそれは彼を誘いたかったわけではなく、ただその場の空気が気持ち悪くて必死に考えた言い訳に過ぎない。そもそも考えてほしい、あの男がその誘いに頷くなんてことしないだろう。案の定、彼は考えておくと一言置いて誤魔化していたくらいだ、はなから期待などしていないし、あくまでその場凌ぎのだけ…なはずだったんだ。
いつも通り朝からお嫁さんが私に栄養食を食べさせにきてくれた。最近はただ煮込むだけのものではなく固形のものがだいぶ多くなったが、それでもやはり一つ一つはとても柔らかいものに加工されていて、どれだけ食べてもガッツリ食べた気にはならないのだ。それでも私のためにこの食事を考えてくれていると思えば、私はそれに感謝しなければならない。文句など言えない立場なのだから。
「もう少ししたらケーキくらい食べれるかしら」
「え、まじすか?」
「柔らかいし、いい加減甘いもの食べないとイライラしない?」
「しないけど、まぁ…食べたいとは思います」
「おい」
これだ。この、人がせっかく盛り上がっている空気を踏みにじるような声、この男は毎回私たちの楽しい話を邪魔してくるのだ。朝の診察にしてはまだ早い、一体この男は何をしにきというのだ。確かにここの施設はこの男のものかもしれないが、少なくともここの病室でゆっくりしてもいいという権限を持っている(であろう)者はこの私だぞ…なんて、調子に乗って言った日には本当にこの首が飛ぶ。仮に首が飛ばなくてもメメントモリとかいう怪しい道具か何かで殺される可能性はある。この男ならやりかねない。
「あら、ヤキモチかしら?」
「戯言を…おい」
「…あ、私?」
「今日は夕方までアサイラムという地へ向かうが」
アサイラム。お嫁さんが生前なんかいろんなことをしてうにゃうにゃしてとにかく頑張ったんだけどムカつくからそこに縛られて今は住処になってる的な場所だ、お嫁さんが少し怒りながらそのようなことを言っていた気がする。それとももう一つのアサイラムの方だろうか、同じ地の名前でも、少しだけ場所が違えば住む殺人鬼も違うと聞いた。
まぁ、そもそも外に出ることを許されていない私はそれを知ったところで何にもならないのだけれど。
「まさか土産?」
「毒草が欲しいのか」
「毒草!?」
「違うのか。まあいい、お前も行くんだ」
一体何が、とお嫁さんに視線を向けると何故か嬉しそうな雰囲気で目の前をゆらゆらしている。なんだなんだ、何が起こっている。あれか、この間私が勢いでここから出るところを見られたか何かしてここから別の場所へ移されるのか。それともあまりに私がグズすぎて、モルモットとして価値がなくなったからと捨てる気なのか。
そりゃそうだ。私が超最強天才知的博士だとすれば、私みたいな人材を実験にするのは間違っていると思う。自分で言うのもなんだが人となんかどっかが違う。ネジは外れてないけれど外れていると思い込めるような、人間離れしたようでしてないこの頭だ。実験の面白みの一つになり得ども、基礎的なデータ上に何かを残すことはできない。
ああ終わりか、ここでの生活も。お嫁さんが今喜んでいるのはきっともう、私なんかの世話をしなくてもいいことに祝福を感じているんだ。くそ、卑屈に考えてしまう自分が悔しいぞ。
「なるほど…」
「何の話だ。とりあえず準備をしろ」
「どういった準備を」
「出かける準備だ、そもそもお前が誘ったんだろう。一緒に外へ行けと」
「おっとまじか」
心底驚いている、まさかその場凌ぎのあの誘いを今になっておーけーカモンと言ってくるのだ。想定外すぎてどういう反応が正しいのかわからなくなる、そもそもその準備というのは何をすればいいのだ。
この男はそれだけを私に伝えて私の診察をするわけでもなくそそくさとこの部屋を出ていった。
私が一つだけ文句を言っていいのなら言わせてくれ、当日に誘う奴がいるか。
このことを知っていたかのようにお嫁さんが黒い布を片手にこちらへすす、と寄ってきた。なんだなんだとその布を受け取ればどうやらワンピースのようだ。今着ている病衣とは少し違う、見た目こそそこまで変わらないが、それはシルクの上品な素材でできていた。お嫁さんはこれを着て外に出て、と嬉しそうに私の着替えを急かしてくる。二人して一体どうしたんだ、お嫁さんに関してはそんなに喜ばしいことなのか。まさか、私は着せ替え人形として…いやいや、人形にされるほどの顔持ってないし。でも別に顔とか関係ないならいくらでも…いや関係なくても着せ替え人形にはならないけど。
「あとこの帽子も」
「あのあの、別にこの格好でもいい気が」
「だめよ、この世界に白は目立つ」
「…ああ」
なるほど、だから黒い服に黒い帽子と…魔女のような格好だけど多少はそれで誤魔化せるということか?いやどう考えても無茶な気もするんだが。
とりあえず私は彼女の言う通りそれに着替えた、彼女が私へ向ける多少の配慮なのだろう。あの男が望む準備とやらができたかは知らないが、セットした髪にお嫁さんからもらった白の花飾りを一輪差してあの男が来るのを待った。何故だ、妙に緊張する。でも仕方ない。こうも出掛けることを意識して着替えをすれば、誰だって心がドギマギしてしまうと思うのだ。ああこれならあの世界で私はもっと男を作ることに専念してまともな道を歩いてみたかった。
あの男が再びここへ戻って来た時にやっと冒頭のセリフへ戻る。
それもそうだ、まるで張り切っているような格好でこんなズボラな私に待たれていれば、ため息の一つや二つ、なんなら三つくらい出したい。だいたいこの男の格好もなんだ。エセ迷彩柄みたいなコートを着て…普段よりは目立たないかもしれないが、そのガタイの良さによる圧倒的存在感で十分目立つのだ。もし仮にカモフラージュとしてそれを着たとしたらただただ怪しいだけだぞ。いや、そもそも目立たないようにとかこの男は考えなくていいのではないだろうか、殺人鬼である彼が誰に気付かれようと関係ないだろう。
「歩けるか」
「何のためのリハビリですか」
「ついてこい」
お嫁さんが行ってらっしゃいと背を押してくれる。あれあれ、この世界にこんな優しい見送りがあったのか。私は思わず笑いながら彼の後ろを懸命について行った。
たまにこちらを見てくれる彼に、私はここにいると言わんばかりに微笑めば、驚いた様子で前を向かれる。それでいい…
あれ、いつから私この男に笑うようになったっけ。
「望んでこうなったわけではありません」
「ナースか」
「よくおわかりで」
先日私はあの男にあろうことか二人で出かけないかと話したことがある。別にそれは彼を誘いたかったわけではなく、ただその場の空気が気持ち悪くて必死に考えた言い訳に過ぎない。そもそも考えてほしい、あの男がその誘いに頷くなんてことしないだろう。案の定、彼は考えておくと一言置いて誤魔化していたくらいだ、はなから期待などしていないし、あくまでその場凌ぎのだけ…なはずだったんだ。
いつも通り朝からお嫁さんが私に栄養食を食べさせにきてくれた。最近はただ煮込むだけのものではなく固形のものがだいぶ多くなったが、それでもやはり一つ一つはとても柔らかいものに加工されていて、どれだけ食べてもガッツリ食べた気にはならないのだ。それでも私のためにこの食事を考えてくれていると思えば、私はそれに感謝しなければならない。文句など言えない立場なのだから。
「もう少ししたらケーキくらい食べれるかしら」
「え、まじすか?」
「柔らかいし、いい加減甘いもの食べないとイライラしない?」
「しないけど、まぁ…食べたいとは思います」
「おい」
これだ。この、人がせっかく盛り上がっている空気を踏みにじるような声、この男は毎回私たちの楽しい話を邪魔してくるのだ。朝の診察にしてはまだ早い、一体この男は何をしにきというのだ。確かにここの施設はこの男のものかもしれないが、少なくともここの病室でゆっくりしてもいいという権限を持っている(であろう)者はこの私だぞ…なんて、調子に乗って言った日には本当にこの首が飛ぶ。仮に首が飛ばなくてもメメントモリとかいう怪しい道具か何かで殺される可能性はある。この男ならやりかねない。
「あら、ヤキモチかしら?」
「戯言を…おい」
「…あ、私?」
「今日は夕方までアサイラムという地へ向かうが」
アサイラム。お嫁さんが生前なんかいろんなことをしてうにゃうにゃしてとにかく頑張ったんだけどムカつくからそこに縛られて今は住処になってる的な場所だ、お嫁さんが少し怒りながらそのようなことを言っていた気がする。それとももう一つのアサイラムの方だろうか、同じ地の名前でも、少しだけ場所が違えば住む殺人鬼も違うと聞いた。
まぁ、そもそも外に出ることを許されていない私はそれを知ったところで何にもならないのだけれど。
「まさか土産?」
「毒草が欲しいのか」
「毒草!?」
「違うのか。まあいい、お前も行くんだ」
一体何が、とお嫁さんに視線を向けると何故か嬉しそうな雰囲気で目の前をゆらゆらしている。なんだなんだ、何が起こっている。あれか、この間私が勢いでここから出るところを見られたか何かしてここから別の場所へ移されるのか。それともあまりに私がグズすぎて、モルモットとして価値がなくなったからと捨てる気なのか。
そりゃそうだ。私が超最強天才知的博士だとすれば、私みたいな人材を実験にするのは間違っていると思う。自分で言うのもなんだが人となんかどっかが違う。ネジは外れてないけれど外れていると思い込めるような、人間離れしたようでしてないこの頭だ。実験の面白みの一つになり得ども、基礎的なデータ上に何かを残すことはできない。
ああ終わりか、ここでの生活も。お嫁さんが今喜んでいるのはきっともう、私なんかの世話をしなくてもいいことに祝福を感じているんだ。くそ、卑屈に考えてしまう自分が悔しいぞ。
「なるほど…」
「何の話だ。とりあえず準備をしろ」
「どういった準備を」
「出かける準備だ、そもそもお前が誘ったんだろう。一緒に外へ行けと」
「おっとまじか」
心底驚いている、まさかその場凌ぎのあの誘いを今になっておーけーカモンと言ってくるのだ。想定外すぎてどういう反応が正しいのかわからなくなる、そもそもその準備というのは何をすればいいのだ。
この男はそれだけを私に伝えて私の診察をするわけでもなくそそくさとこの部屋を出ていった。
私が一つだけ文句を言っていいのなら言わせてくれ、当日に誘う奴がいるか。
このことを知っていたかのようにお嫁さんが黒い布を片手にこちらへすす、と寄ってきた。なんだなんだとその布を受け取ればどうやらワンピースのようだ。今着ている病衣とは少し違う、見た目こそそこまで変わらないが、それはシルクの上品な素材でできていた。お嫁さんはこれを着て外に出て、と嬉しそうに私の着替えを急かしてくる。二人して一体どうしたんだ、お嫁さんに関してはそんなに喜ばしいことなのか。まさか、私は着せ替え人形として…いやいや、人形にされるほどの顔持ってないし。でも別に顔とか関係ないならいくらでも…いや関係なくても着せ替え人形にはならないけど。
「あとこの帽子も」
「あのあの、別にこの格好でもいい気が」
「だめよ、この世界に白は目立つ」
「…ああ」
なるほど、だから黒い服に黒い帽子と…魔女のような格好だけど多少はそれで誤魔化せるということか?いやどう考えても無茶な気もするんだが。
とりあえず私は彼女の言う通りそれに着替えた、彼女が私へ向ける多少の配慮なのだろう。あの男が望む準備とやらができたかは知らないが、セットした髪にお嫁さんからもらった白の花飾りを一輪差してあの男が来るのを待った。何故だ、妙に緊張する。でも仕方ない。こうも出掛けることを意識して着替えをすれば、誰だって心がドギマギしてしまうと思うのだ。ああこれならあの世界で私はもっと男を作ることに専念してまともな道を歩いてみたかった。
あの男が再びここへ戻って来た時にやっと冒頭のセリフへ戻る。
それもそうだ、まるで張り切っているような格好でこんなズボラな私に待たれていれば、ため息の一つや二つ、なんなら三つくらい出したい。だいたいこの男の格好もなんだ。エセ迷彩柄みたいなコートを着て…普段よりは目立たないかもしれないが、そのガタイの良さによる圧倒的存在感で十分目立つのだ。もし仮にカモフラージュとしてそれを着たとしたらただただ怪しいだけだぞ。いや、そもそも目立たないようにとかこの男は考えなくていいのではないだろうか、殺人鬼である彼が誰に気付かれようと関係ないだろう。
「歩けるか」
「何のためのリハビリですか」
「ついてこい」
お嫁さんが行ってらっしゃいと背を押してくれる。あれあれ、この世界にこんな優しい見送りがあったのか。私は思わず笑いながら彼の後ろを懸命について行った。
たまにこちらを見てくれる彼に、私はここにいると言わんばかりに微笑めば、驚いた様子で前を向かれる。それでいい…
あれ、いつから私この男に笑うようになったっけ。