悪魔と殺人鬼
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「ーー……でして、……ふむ-……あー」
あの女、とうとう頭が狂ったか。
私はここ数日まともに手をつけていなかった研究を終わらせ、診察のために彼女の病室へ向かおうとしていた。今日はナースも休みで今朝栄養食を食ったはいいものの…いや、食うまでは普通だった。今日は別にヒルビリーが来る予定などなかったはず。勢いで来ることも可能性としてはあるが、もしそうだとしたら最初にチェーンソーの音がこの施設に響くだろう。ただこの通路に響くのが彼女の声だけということは、無口なトラッパーでも来たかあるいは本当に彼女がバカになってしまったかの二択しかない。トラッパーだとしたらまたかとため息しか出ない、もう怒るのも体に毒だと思い私は呆れながら目の前の扉を開けた。
「いやい…あー!待って逃げて逃げて!」
「…」
「…」
前言撤回、やはり怒るのは必要かもしれない。目の前にいるのはあろうことか白いマスクの男だった。先日こいつは彼女を追いかけ回し、彼女に恐怖を与えたため手を出すなと念を押して言ったはずなのたが、どうやら効かなかったらしい。というより、何故この二人は仲良く話をしているのだ、おかしいだろこの間まで敵対していたはずのシェイプと何をきっかけに彼女は心を開いたのだ。
「…」
「シェイプさん、早めに逃げた方が身のためです」
「な、」
シェイプさん、とはなんだ。いつからそんな名前で呼びあうようになった、だいたいその距離はなんだ。あの女のベッドに腰をかけて近距離で互いに見つめ合うのは、ヒルビリーですらない進展の速さだぞ。
シェイプもシェイプだ。彼女の頭にその手を置いて優しく撫でている、マスクこそ笑っていないがどこか微笑んでいる雰囲気のそれに私は歯をぎり、と鳴らした。何が楽しくてこんな光景を見なければならない。
「いつからそうなった」
「え、と…多分一週間ほど前かと」
「お前追い回されたのに悠長なやつだな」
「いやいや!これでも殺人鬼ということは忘れてませんよ」
「その時は私達に泥を塗るのと同じ、お前を始末してやる」
「ご勘弁を!」
あの女は必死に私に許しを請おうとしてくるが、そもそもこの女には怒っていない。手を出すなと言ったにも関わらず彼女と仲良くなったこの男に私は不満を抱いているのだ。
だがこれ以上何もできないもどかしさに私は溜息を吐いて椅子に腰を下ろした。気にしてはいけない、こういうことに手を出したらきりがないことを私は知っている。あのフレディだろうがトラッパーだろうがそれは変わらない。いや、むしろその二人のせいで私はこのことを学んだのだ。
「シェイプ、要件はなんだ」
「…」
「え、そんなことのために来たの?電話とかないのここ」
「おい」
ちょっと待て、何故お前はこの男の言っていることがわかるのだ。こいつと意思疎通ができる者は殺人鬼間でも限られている、なのに何故この女はこいつの言うことが。そもそも電話なんてここにあるわけがないだろう、この施設にあったとしても他所に設置できるかどうかすら危うい。
「んへぇ」
「シェイプお前は何がしたい」
「…」
「もう一度忠告すべきだったか?そいつは私の獲物だ」
「…」
「何?」
この女のことは元々フレディから聞いていた、だと。一歩間違えればこの男は彼女を殺すかもしれないのに、あの男は何をしているのだ。ああだめだ、ここまで資料に集中できないとらちがあかない。ナースにしろこいつらにしろ何故こうも私の集中力を切らそうとする。
私はシェイプに用があるから今日は帰れと伝えるが、彼は彼女を抱きしめて離すつもりはないらしい。この光景を見せつけられる私は一体どうすればいいんだ。殺せばいいのか、ああそうか殺したらよかったのか。クソが。
「シェイプ、診察をするから出て行け」
「…」
「彼女が気に入っているのならそいつのために今は出て行け」
彼女のため、そう言えば彼はあっさりとその場を退いて部屋を出て行った。なんなんだ一体、お前もそんな表情であの男を心配するな、一度はお前を殺そうとした男にどういう目を向けるんだ。
落ち着こう、そう思いながら私は彼女の前まで椅子を引いて診察に取り掛かった。傷口はもう完全に塞がっていて、あとは臓器の機能のみになったがこれがなかなか治らないのだから仕方がない。なるべく安静にしろと伝えても彼女がそれに従ってくれないのだ、私はその点はもう諦めているが…いや、状況的に諦めざるを得ないのだ。
「あの」
「なんだ」
「シェイプさんがいても問題なかったですよね」
「お前は肩に懲りず首にも傷をつけられたいか」
遠回しな言い方だったが彼女は察したようにピクリと怯える、顔を近づけ圧をかければ首を横に振り黙りこくる彼女に私は満足した。いい子だ、私のモルモット、このままずっと…誰の元へも行くな。これは所謂独占欲というやつなのか、いや違うな。私の所有物をただ自分の元に置いておくための行動だ、独占とかそういうものではない。そもそもが私のものなのだ。
(勘違いするな)
「最近はリハビリする前に眠くなってしまうんです」
「それでいい、寝てろ」
「私少しだけ外に出たいです」
「ダメだ」
「一緒に」
一緒に、とはなんだ。彼女に視線を向ければ私の目の前で珍しく頬を紅潮させてどこか気まずそうに他所へ視線を送っている。聴診器を彼女から離して片耳だけそれを取る、なんだ、と詰めるように問いかければちらりとこちらを見てきた。
「一緒に、外に出ませんか」
「…なんの意味がある」
「私は外の空気が吸えます、あなたは私が逃げられないので安心します。絶対に無理はしません」
揺らいだ、これだけは素直に認めよう。彼女の誘いに初めて私を入れてもらえるようになったのだ。普段はこんな煩いやつと一緒には居たくないが、こうも誘われると心が揺らぐのは致し方ないことだと思う。ただ逃げる訳でもなくそれを示すために私を呼び、彼女も私も互いに互いの満足を得ようとしているのだ。悪いことではない、ただ心配なのは他の殺人鬼共に会うという偶然に当たること。今までたまたまそれを許せる仲間に出会っていただけで、他の奴らに会えばあっさりと殺されるかもしれない。それに、逃げるためではないとはいえ私の隙をついて逃げ出そうとするかもしれない。いや、その場合は私がこいつに罰を与えればいいだけのことだしそもそも隙を見せることもしない。ナースを誘うわけでもなく、この飼い主である私を誘うあたり少しは利口になったというわけだ。
「あの、ダメですかね?」
「考えておいてやる」
そう答えれば彼女は嬉しそうに笑った。私は確かにナースに言われた通り変わったのかもしれない、少し甘い気がする。でもそれは決して心の変化があったわけではない、ただ彼女は私の実験台としてこれから大いに励んでもらうための一歩でもあるのだ。要するに、私は"ナースが望む"ほど変わったわけではないというわけだ。
「よかった、希望があるだけましです」
「ダメだと後に言われても知らないぞ」
「言いませんよね?」
「さあな」
(少しだけでもいい、外に出られるならどんな手段でも。窮屈すぎて苦しいの)
あの女、とうとう頭が狂ったか。
私はここ数日まともに手をつけていなかった研究を終わらせ、診察のために彼女の病室へ向かおうとしていた。今日はナースも休みで今朝栄養食を食ったはいいものの…いや、食うまでは普通だった。今日は別にヒルビリーが来る予定などなかったはず。勢いで来ることも可能性としてはあるが、もしそうだとしたら最初にチェーンソーの音がこの施設に響くだろう。ただこの通路に響くのが彼女の声だけということは、無口なトラッパーでも来たかあるいは本当に彼女がバカになってしまったかの二択しかない。トラッパーだとしたらまたかとため息しか出ない、もう怒るのも体に毒だと思い私は呆れながら目の前の扉を開けた。
「いやい…あー!待って逃げて逃げて!」
「…」
「…」
前言撤回、やはり怒るのは必要かもしれない。目の前にいるのはあろうことか白いマスクの男だった。先日こいつは彼女を追いかけ回し、彼女に恐怖を与えたため手を出すなと念を押して言ったはずなのたが、どうやら効かなかったらしい。というより、何故この二人は仲良く話をしているのだ、おかしいだろこの間まで敵対していたはずのシェイプと何をきっかけに彼女は心を開いたのだ。
「…」
「シェイプさん、早めに逃げた方が身のためです」
「な、」
シェイプさん、とはなんだ。いつからそんな名前で呼びあうようになった、だいたいその距離はなんだ。あの女のベッドに腰をかけて近距離で互いに見つめ合うのは、ヒルビリーですらない進展の速さだぞ。
シェイプもシェイプだ。彼女の頭にその手を置いて優しく撫でている、マスクこそ笑っていないがどこか微笑んでいる雰囲気のそれに私は歯をぎり、と鳴らした。何が楽しくてこんな光景を見なければならない。
「いつからそうなった」
「え、と…多分一週間ほど前かと」
「お前追い回されたのに悠長なやつだな」
「いやいや!これでも殺人鬼ということは忘れてませんよ」
「その時は私達に泥を塗るのと同じ、お前を始末してやる」
「ご勘弁を!」
あの女は必死に私に許しを請おうとしてくるが、そもそもこの女には怒っていない。手を出すなと言ったにも関わらず彼女と仲良くなったこの男に私は不満を抱いているのだ。
だがこれ以上何もできないもどかしさに私は溜息を吐いて椅子に腰を下ろした。気にしてはいけない、こういうことに手を出したらきりがないことを私は知っている。あのフレディだろうがトラッパーだろうがそれは変わらない。いや、むしろその二人のせいで私はこのことを学んだのだ。
「シェイプ、要件はなんだ」
「…」
「え、そんなことのために来たの?電話とかないのここ」
「おい」
ちょっと待て、何故お前はこの男の言っていることがわかるのだ。こいつと意思疎通ができる者は殺人鬼間でも限られている、なのに何故この女はこいつの言うことが。そもそも電話なんてここにあるわけがないだろう、この施設にあったとしても他所に設置できるかどうかすら危うい。
「んへぇ」
「シェイプお前は何がしたい」
「…」
「もう一度忠告すべきだったか?そいつは私の獲物だ」
「…」
「何?」
この女のことは元々フレディから聞いていた、だと。一歩間違えればこの男は彼女を殺すかもしれないのに、あの男は何をしているのだ。ああだめだ、ここまで資料に集中できないとらちがあかない。ナースにしろこいつらにしろ何故こうも私の集中力を切らそうとする。
私はシェイプに用があるから今日は帰れと伝えるが、彼は彼女を抱きしめて離すつもりはないらしい。この光景を見せつけられる私は一体どうすればいいんだ。殺せばいいのか、ああそうか殺したらよかったのか。クソが。
「シェイプ、診察をするから出て行け」
「…」
「彼女が気に入っているのならそいつのために今は出て行け」
彼女のため、そう言えば彼はあっさりとその場を退いて部屋を出て行った。なんなんだ一体、お前もそんな表情であの男を心配するな、一度はお前を殺そうとした男にどういう目を向けるんだ。
落ち着こう、そう思いながら私は彼女の前まで椅子を引いて診察に取り掛かった。傷口はもう完全に塞がっていて、あとは臓器の機能のみになったがこれがなかなか治らないのだから仕方がない。なるべく安静にしろと伝えても彼女がそれに従ってくれないのだ、私はその点はもう諦めているが…いや、状況的に諦めざるを得ないのだ。
「あの」
「なんだ」
「シェイプさんがいても問題なかったですよね」
「お前は肩に懲りず首にも傷をつけられたいか」
遠回しな言い方だったが彼女は察したようにピクリと怯える、顔を近づけ圧をかければ首を横に振り黙りこくる彼女に私は満足した。いい子だ、私のモルモット、このままずっと…誰の元へも行くな。これは所謂独占欲というやつなのか、いや違うな。私の所有物をただ自分の元に置いておくための行動だ、独占とかそういうものではない。そもそもが私のものなのだ。
(勘違いするな)
「最近はリハビリする前に眠くなってしまうんです」
「それでいい、寝てろ」
「私少しだけ外に出たいです」
「ダメだ」
「一緒に」
一緒に、とはなんだ。彼女に視線を向ければ私の目の前で珍しく頬を紅潮させてどこか気まずそうに他所へ視線を送っている。聴診器を彼女から離して片耳だけそれを取る、なんだ、と詰めるように問いかければちらりとこちらを見てきた。
「一緒に、外に出ませんか」
「…なんの意味がある」
「私は外の空気が吸えます、あなたは私が逃げられないので安心します。絶対に無理はしません」
揺らいだ、これだけは素直に認めよう。彼女の誘いに初めて私を入れてもらえるようになったのだ。普段はこんな煩いやつと一緒には居たくないが、こうも誘われると心が揺らぐのは致し方ないことだと思う。ただ逃げる訳でもなくそれを示すために私を呼び、彼女も私も互いに互いの満足を得ようとしているのだ。悪いことではない、ただ心配なのは他の殺人鬼共に会うという偶然に当たること。今までたまたまそれを許せる仲間に出会っていただけで、他の奴らに会えばあっさりと殺されるかもしれない。それに、逃げるためではないとはいえ私の隙をついて逃げ出そうとするかもしれない。いや、その場合は私がこいつに罰を与えればいいだけのことだしそもそも隙を見せることもしない。ナースを誘うわけでもなく、この飼い主である私を誘うあたり少しは利口になったというわけだ。
「あの、ダメですかね?」
「考えておいてやる」
そう答えれば彼女は嬉しそうに笑った。私は確かにナースに言われた通り変わったのかもしれない、少し甘い気がする。でもそれは決して心の変化があったわけではない、ただ彼女は私の実験台としてこれから大いに励んでもらうための一歩でもあるのだ。要するに、私は"ナースが望む"ほど変わったわけではないというわけだ。
「よかった、希望があるだけましです」
「ダメだと後に言われても知らないぞ」
「言いませんよね?」
「さあな」
(少しだけでもいい、外に出られるならどんな手段でも。窮屈すぎて苦しいの)