悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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「変わりましたね」
「は?」
研究室でふつふつと揺れる試験管、決して爆発しないそれを片手に私は午後の研究を進めていた。あの女はここ最近リハビリと称しそこらを動いていたせいか臓器の回復が衰えていたので、ナースに頼んで食事に薬を仕込ませ眠らせている。少々強引だったが、眠ることほど回復に近づく手段はないし、彼女にそれを上手く言ったところで私は強いだ体力があるだと言い出したら聞かないのだ。彼女が眠っているお陰で安心して研究が進められるし、ナースも久方に私の助手として手を焼いてくれるから私としては何も損するものはない。ただこのお喋りさえなければ更に手が進むというのだが。
「何が言いたい」
「ドクター、あなたは変わりましたよ。あの子が来てから」
「馬鹿を言うな、私は自分の都合のいいようにあいつを飼っているだけだ」
「その割には彼女をサンプルとして利用しないんですね」
「回復したらすぐに使ってやる、焦る必要も」
「ドクター、そこが変わったんですよ」
ナース、お前に一体何がわかるんだ。変わったと言うのは戯言にすぎない、変わったのではなくお前たちはただ私に変わってほしいだけではないのか。
私はくだらない言葉に返事をするのも面倒になりわざとため息を彼女に聞かせる。それでも彼女のお喋りは止まないのだ、私は心の苛立ちが…いや、不思議だ。本来なら彼女にこの試験管を投げつけてもいいくらいの面倒な話のはずが、今日はこうも心が動揺しない。聞きたくないはずなのに、彼女が答えを探っているはずなのに、まるで自分の答えを探るようにその言葉に耳を傾けてしまうのは何故だ。
「桔梗ちゃんのこと」
「ナース、くだらんことを言ってないでさっさとそこの資料を進めろ」
「気づいてるんですか」
「聞いていたか?」
聞きたいはずなのに、口が無理に彼女の言葉を遮る。これでいい、本来望むものはこれなはずなのだ、ただ今は少し疲れていて言葉に迷っているだけなのだ。聞く必要もないし、彼女の言っていることは絶対に合ってなどいない。念を押すように仕事を進めろと言えば彼女はどこか残念そうに資料を片手にとる。私はそのまま研究を進めた。
困ったな。最初の頃よりずっと研究が進まず、手が止まる時間の方が少しずつ多くなっている気がする。集中ができない、ああこれも全てナースが戯言を口にしたせいだ。いらいらというよりは、ただこの頃ずっと心を支配するもやのような何かが私を隠して私を誤魔化している。知らないでおいても問題ないはずのことを、必要ではないはずのことを、心がずっと私に問いかけてくる。そしてそこには必ずあの女の姿がうつるのだ、なぜお前は、そうまでして私の中に居続ける?
「ドクター」
「なんだ」
「手が完全に止まってます、今日はもう休まれた方がよろしいかと」
モニターの時間を確認すれば先ほどまで昼過ぎだったはずの時間が、もう夕暮れ時に変わっていた。まさか、ここまで研究が進まないとは思っておらず目頭を指でぐっと押さえる。疲れているはずがない、朝は特別何もしていなかったし、なんなら普段よりずっとゆっくりとした時間を過ごしていたのだ。私の趣味を、心が邪魔していたたけ。
「すまない」
「私はそろそろ帰りますよ」
「ご苦労」
最初こそ手を動かしていなかったのは彼女だったはずなのに、彼女の方が数枚の資料を完成させて時間時間と忙しなくその場を去っていった。今日はやるべきことがあったはずなのにそれすらも頭から消えている。そうか、気付いてないだけで疲れているのだ。そう思い込むしかない。
あの場所に居たくないと思ったことなど、今まで一度たりともなかった。だが今はそう思える、現に私は片付けもせず席を立ち目的もなくその場を後にした。昔から何もない時は決まってあの部屋にいることがあったのに、こうもあの場に嫌気がさすのはきっとナースのせいでもある。彼女が私を乱すような発言をするからだ。モヤモヤが募る中私の足が止まる、目の前には未だ寝ているであろうあの女の病室の扉。無意識にここまで来てしまったのか。丁度いい、もし彼女が目を覚ましているならこの心の乱れを彼女にぶつけて診察でもして気を晴らせばいい。
当然のように彼女は眠っていた。それもそのはず、私が渡した薬を入れたのだ、きっと明日まで目覚めることはないだろう。本来なら好都合なはずなのに、こうも心に隙があるのは何故だ。満たされたい、どういう意味でかはわからないが自分は今失った心の一部を求めている。
「…桔梗、起きろ」
無理な話、薬の効いている今が一番ノンレムの状態のはずだ。特に一度眠るとなかなか起きないような彼女が私の声などで目覚めるわけがない。わかっている、わかっているはずなのに目を覚まさない彼女に不満が募る。起きろ、私のモルモットなら私を満たしてくれ。
「おい」
彼女に近づいて下ろしている髪を撫でる。サラサラとした優しい髪だ、気持ちがいい。普段もこうして下ろしていればいいものを、そんなに取ることを嫌がることはないだろう。
「桔梗」
その手で彼女の頬にそっと触れる、感覚がわからなくて少し強めに押せばその柔らかさが手に吸い付く。まだ未熟な、しかしどこか大人な彼女が稀に愛らしい。
「目を覚ませ」
無理な願いのはずなのに。私は彼女の唇を親指でそっと押す、やはり感覚がわからない。でも強く押すには繊細すぎる。
この時の私はどうかしていたと思う、いややはり疲れていたのだろう。私は彼女の顔の横に手をついて背を丸めるように屈める、そして未だわからない彼女の唇にそっとキスをした。乾燥した唇からでもわかるほどに柔らかく、暖かい。どこか気持ちのいいその感覚が先ほどまでもやもやしていた心を晴らしていく気がする、その上彼女からとても唆る香りがするのだ。
生前こんな気持ちになったことがあっただろうか。誰かに触れたいとか、それこそこうして口付けをしたいだとか…いや、これはただ確認のためにしたことで別にしたくてしたわけではない。
「桔梗」
少し怖かった、だからこそこうして一度唇を離して彼女の寝息を確認した。大丈夫、まだ彼女は眠りから覚めない。私は再び彼女の唇に噛み付いた。何度も至る角度から唇を食むように貪り、時折押し付けるようなキスをしてその柔らかさの確認をした。柔らかい、私とは全く違うまだ生身の人間だという証拠。舌を軽く出してその唇を舐めればおいしいと錯覚させられるほどに暖かくて柔らかな唇、ああ私をこれ以上混乱させないでくれ。
「ん…」
私の胸元が悲鳴をあげる、その勢いで私は身体を一気に起こした。目覚めたと思っていたが、どうやらただの寝言紛いなものだったらしい。酷く安心した。別に悪いことをしているわけではない、私のモルモットを私がどう扱おうと勝手なのだ。ただ、少しだけ残る罪悪感が…自分を踏みにじっている気がしてならなかった、ただそれだけ。
「…わたしも随分と堕ちたな」
明日からこの疲れに影響されないようにしなければ、私は彼女から離れてその部屋を出た。満たされたはずの心が、どこか冷たくなるのを感じながら。
そういえば先ほどまで胸元に溜まっていた不満はどこへ行った。
「は?」
研究室でふつふつと揺れる試験管、決して爆発しないそれを片手に私は午後の研究を進めていた。あの女はここ最近リハビリと称しそこらを動いていたせいか臓器の回復が衰えていたので、ナースに頼んで食事に薬を仕込ませ眠らせている。少々強引だったが、眠ることほど回復に近づく手段はないし、彼女にそれを上手く言ったところで私は強いだ体力があるだと言い出したら聞かないのだ。彼女が眠っているお陰で安心して研究が進められるし、ナースも久方に私の助手として手を焼いてくれるから私としては何も損するものはない。ただこのお喋りさえなければ更に手が進むというのだが。
「何が言いたい」
「ドクター、あなたは変わりましたよ。あの子が来てから」
「馬鹿を言うな、私は自分の都合のいいようにあいつを飼っているだけだ」
「その割には彼女をサンプルとして利用しないんですね」
「回復したらすぐに使ってやる、焦る必要も」
「ドクター、そこが変わったんですよ」
ナース、お前に一体何がわかるんだ。変わったと言うのは戯言にすぎない、変わったのではなくお前たちはただ私に変わってほしいだけではないのか。
私はくだらない言葉に返事をするのも面倒になりわざとため息を彼女に聞かせる。それでも彼女のお喋りは止まないのだ、私は心の苛立ちが…いや、不思議だ。本来なら彼女にこの試験管を投げつけてもいいくらいの面倒な話のはずが、今日はこうも心が動揺しない。聞きたくないはずなのに、彼女が答えを探っているはずなのに、まるで自分の答えを探るようにその言葉に耳を傾けてしまうのは何故だ。
「桔梗ちゃんのこと」
「ナース、くだらんことを言ってないでさっさとそこの資料を進めろ」
「気づいてるんですか」
「聞いていたか?」
聞きたいはずなのに、口が無理に彼女の言葉を遮る。これでいい、本来望むものはこれなはずなのだ、ただ今は少し疲れていて言葉に迷っているだけなのだ。聞く必要もないし、彼女の言っていることは絶対に合ってなどいない。念を押すように仕事を進めろと言えば彼女はどこか残念そうに資料を片手にとる。私はそのまま研究を進めた。
困ったな。最初の頃よりずっと研究が進まず、手が止まる時間の方が少しずつ多くなっている気がする。集中ができない、ああこれも全てナースが戯言を口にしたせいだ。いらいらというよりは、ただこの頃ずっと心を支配するもやのような何かが私を隠して私を誤魔化している。知らないでおいても問題ないはずのことを、必要ではないはずのことを、心がずっと私に問いかけてくる。そしてそこには必ずあの女の姿がうつるのだ、なぜお前は、そうまでして私の中に居続ける?
「ドクター」
「なんだ」
「手が完全に止まってます、今日はもう休まれた方がよろしいかと」
モニターの時間を確認すれば先ほどまで昼過ぎだったはずの時間が、もう夕暮れ時に変わっていた。まさか、ここまで研究が進まないとは思っておらず目頭を指でぐっと押さえる。疲れているはずがない、朝は特別何もしていなかったし、なんなら普段よりずっとゆっくりとした時間を過ごしていたのだ。私の趣味を、心が邪魔していたたけ。
「すまない」
「私はそろそろ帰りますよ」
「ご苦労」
最初こそ手を動かしていなかったのは彼女だったはずなのに、彼女の方が数枚の資料を完成させて時間時間と忙しなくその場を去っていった。今日はやるべきことがあったはずなのにそれすらも頭から消えている。そうか、気付いてないだけで疲れているのだ。そう思い込むしかない。
あの場所に居たくないと思ったことなど、今まで一度たりともなかった。だが今はそう思える、現に私は片付けもせず席を立ち目的もなくその場を後にした。昔から何もない時は決まってあの部屋にいることがあったのに、こうもあの場に嫌気がさすのはきっとナースのせいでもある。彼女が私を乱すような発言をするからだ。モヤモヤが募る中私の足が止まる、目の前には未だ寝ているであろうあの女の病室の扉。無意識にここまで来てしまったのか。丁度いい、もし彼女が目を覚ましているならこの心の乱れを彼女にぶつけて診察でもして気を晴らせばいい。
当然のように彼女は眠っていた。それもそのはず、私が渡した薬を入れたのだ、きっと明日まで目覚めることはないだろう。本来なら好都合なはずなのに、こうも心に隙があるのは何故だ。満たされたい、どういう意味でかはわからないが自分は今失った心の一部を求めている。
「…桔梗、起きろ」
無理な話、薬の効いている今が一番ノンレムの状態のはずだ。特に一度眠るとなかなか起きないような彼女が私の声などで目覚めるわけがない。わかっている、わかっているはずなのに目を覚まさない彼女に不満が募る。起きろ、私のモルモットなら私を満たしてくれ。
「おい」
彼女に近づいて下ろしている髪を撫でる。サラサラとした優しい髪だ、気持ちがいい。普段もこうして下ろしていればいいものを、そんなに取ることを嫌がることはないだろう。
「桔梗」
その手で彼女の頬にそっと触れる、感覚がわからなくて少し強めに押せばその柔らかさが手に吸い付く。まだ未熟な、しかしどこか大人な彼女が稀に愛らしい。
「目を覚ませ」
無理な願いのはずなのに。私は彼女の唇を親指でそっと押す、やはり感覚がわからない。でも強く押すには繊細すぎる。
この時の私はどうかしていたと思う、いややはり疲れていたのだろう。私は彼女の顔の横に手をついて背を丸めるように屈める、そして未だわからない彼女の唇にそっとキスをした。乾燥した唇からでもわかるほどに柔らかく、暖かい。どこか気持ちのいいその感覚が先ほどまでもやもやしていた心を晴らしていく気がする、その上彼女からとても唆る香りがするのだ。
生前こんな気持ちになったことがあっただろうか。誰かに触れたいとか、それこそこうして口付けをしたいだとか…いや、これはただ確認のためにしたことで別にしたくてしたわけではない。
「桔梗」
少し怖かった、だからこそこうして一度唇を離して彼女の寝息を確認した。大丈夫、まだ彼女は眠りから覚めない。私は再び彼女の唇に噛み付いた。何度も至る角度から唇を食むように貪り、時折押し付けるようなキスをしてその柔らかさの確認をした。柔らかい、私とは全く違うまだ生身の人間だという証拠。舌を軽く出してその唇を舐めればおいしいと錯覚させられるほどに暖かくて柔らかな唇、ああ私をこれ以上混乱させないでくれ。
「ん…」
私の胸元が悲鳴をあげる、その勢いで私は身体を一気に起こした。目覚めたと思っていたが、どうやらただの寝言紛いなものだったらしい。酷く安心した。別に悪いことをしているわけではない、私のモルモットを私がどう扱おうと勝手なのだ。ただ、少しだけ残る罪悪感が…自分を踏みにじっている気がしてならなかった、ただそれだけ。
「…わたしも随分と堕ちたな」
明日からこの疲れに影響されないようにしなければ、私は彼女から離れてその部屋を出た。満たされたはずの心が、どこか冷たくなるのを感じながら。
そういえば先ほどまで胸元に溜まっていた不満はどこへ行った。