悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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自慢ではないが私は運動能力が優れていると思う。そりゃ小学生の頃はリレーは常に一位、中高と陸上部で上位の成績をおさめ数々の賞状やトロフィーを手に入れてきた。別にそれは達成感を求めるためとかではない、ただ走ること、運動することがこの上ないほど好きだったのだ。沢山抱えたストレスも走って汗をかいてがむしゃらになればスッキリした。
ただ、それだけで周りから何度も恨みを向けられることもあったし、なんなら友達と思っていた子に陰口を言われたこともあった。だからこそ、大学に入って私は部活にも入らずただゆっくり家で過ごして気が向くままに一人外で走ることをしていた。こうすれば無駄にストレスもたまらなかったし、何より中高と厳かにしていた家族との団欒もできたから私にとっては何一つとして問題がなかった。
その時の体力があるおかげでこうしてこの傷の外部が早い段階で治り、あとはただ日々を安静に過ごし完治させればいいだけだった。長かったように思えたが、よく考えて欲しい。あんなぶっといフックが自分の肺や胃に貫通して、それがたったの4ヶ月ほどで治るというのなら私はこの上ない幸せだと思う。正直死んでいてもなんらおかしくないのだから。そう、だからこそ今この命を無駄にしてはいけないのだ、この目の前の男から守らなくてはならない。
「…」
「…」
沈黙だ。お互い目を合わせてから何一つとして話していない、私に関しては油汗が背中を支配していた。白いマスクを被った黒髪の男…男?いや多分男だ。片手には私は殺人鬼ですと言わんばかりに血のこびりついたナイフを持っている、これはあれだ…以前あの男が言っていた殺人鬼に違いない。こりゃ見境なく殺す、トラッパーさんやビリーくんと違うんだ。逃げなくてはならない、こんなところでリハビリだと言い訳唱えて歩いている暇なんてない。
ズズ、ズズ…
おーまいぐっねす!
こんなことを口に出したらきっと首が飛ぶ、なんなら続けざまにジージーと言ってやりたいレベルだ。彼は足を引きずるように私に近づいてくる。せめてそのナイフをどこかに隠すか置くかしてくれるなら私に対する殺意を否定できるというのに、彼はただ見つめながら私にジリジリと寄ってきているのだ。
馬鹿野郎、考えている暇なんてない、逃げるんだ。私は何を今まで実況のように考え込んでいたのか、それに気付いた時にはもうすでに彼に背を向けて走り出していた。この施設は何度も歩いてきた、何度も迷子になってきた。だからこそどこにいけばいいかなんて分かっているのに、私はあまりの焦りで訳がわからない方向ばかりに行ってしまっていた。窓枠を飛び越え、台車で道を塞いで、きっとこの通路を見ればあの男は私にご自慢の金棒を投げつけてくるだろう。そりゃ私だって申し訳なさでいっぱいだ、お嫁さんが片付けて回るのを目の前に私は彼に怒鳴られるのだから。
「っは、は」
そういえば久しぶりに走った。いくら体力があるとはいえ数ヶ月ぶりに走った私は息継ぎの仕方を忘れていたかのように雑な呼吸をして、時折後ろを向いてこのマスク男の場所を確認する。あんなに足を引きずっていた彼は後ろを振り向けば必ず近くにいるのだ、どれだけ走っても物で邪魔をしても、ただ常に私の後ろを追いかけてくる。
こりゃだめだ、私は怒られることを覚悟で研究室に飛び込んだ。当然あの男は何事かと言わんばかりにこちらを凝視していたが、今はもうそれに何かをいう余裕がない。私はその勢いで男の後ろに身を隠した。
「お前、そんな身体で走」
「あれあれあれあれ私死ぬ」
「シェイプ…何の真似だ」
「…」
「お前には関係ない、だが殺すな」
「…」
「ダメだ」
この男はとうとう狂ったのか?いや、元から狂っているよな、知ってた、知ってたぞ。何も喋りもしない男に対してただ一人で彼は会話をしているのだ、気味が悪いに決まっている。それでもいい、今はただ自分が助かりさえすればそれでよかった。私は白衣を両手できゅ、と握り驚いたせいで暴れる心臓を沈めようと彼にくっついた。…あれ、なんで私そのために彼にくっついたの?
「おい」
「は、はい」
「走っただろう」
「すいません、すいません!あとでいくらでも金棒くらいますから、今だけ生かしてもらえませんか!」
「アホか」
もうここまできたら神がいなくても神頼みがしたい、生きた心地がしないんだ。シェイプと呼ばれた男は未だ口を閉じたまま私を見てくる、ああ見ないで、やめて、こんなひどい人生をもっと地獄にしないでほしい。
「シェイプ、これは前に言っていたエンティティからの譲りものだ」
「え、それどういう意味のもの?」
「お前…」
やめてください、左腰に添えた金棒で私を殴ろうとしないでほしい。きゅっと目を瞑ってただただ生きていることを願えば一番最初に動いたのはシェイプだった。彼は私の目の前まで来てそっとしゃがんだ、ただその手には手放してないナイフがあるのだから心臓が止まりそうになる。物理的にもだ。
「…」
「ど、どうも、私生きたいです」
「お前は自分が生きることに必死だな」
「そりゃ私生きたいですから」
「感心する」
「でしょ?」
「…」
「ひぃ!」
感覚が気持ち悪くてたまらない。例えるなら飛行機から落ちて永遠に地上に叩きつけられることなくただただ落ち続ける感じ、ずっと死にそうで生きているのに死が近くに見えている状態だ。それが私の心を締め付けて息をするのが窮屈になる。離れて欲しいのに彼はそのまま数刻離れることなく私を眺めるのだ、ここまでくると一週回って死にたい。
「…」
結局彼はそのまま何も喋らず帰ってしまった。帰るときほどあっさりなものはなくて、ただ黙って立ち上がり誰かを見ることもなく部屋を出て行く、それだけ。私はたまりにたまった緊張感が一気に抜けてその場に丸まってしまった。普通に怖すぎる、しかもありえないほど長い時間喋ることなくずっと見ていたのだ。
「おい」
「ひぃ、もう少しお待ち」
ああ、この男が待てるはずがなかった。彼は安心したばかりの私を担ぎ上げて研究室を後にした。
生きていてよかった、それと同時にもし死んでいたらそのまま元の世界に戻れるのかもしれない、なんてことも少しだけ考えた。こうして肩に担がれながら私はそんなくだらないことを思い出して深いため息をついた。肺いっぱいに空気を溜めて、それを目一杯吐き出す。それが先ほどまでためこんだ沢山の感情を捨てるのにはちょうど良かった。
「シェイプって方ですか?」
「は?」
「いえ、以前会ったら死ぬかもしれないと言われていた方です」
「…ああ、違うがあいつの方がもっと危ないな」
「なんで言わないの?その人より危ない人来るって言えば絶対でないんですけど」
「…」
「あー!」
神様、誰相手であろうと沈黙は怖いです。
ただ、それだけで周りから何度も恨みを向けられることもあったし、なんなら友達と思っていた子に陰口を言われたこともあった。だからこそ、大学に入って私は部活にも入らずただゆっくり家で過ごして気が向くままに一人外で走ることをしていた。こうすれば無駄にストレスもたまらなかったし、何より中高と厳かにしていた家族との団欒もできたから私にとっては何一つとして問題がなかった。
その時の体力があるおかげでこうしてこの傷の外部が早い段階で治り、あとはただ日々を安静に過ごし完治させればいいだけだった。長かったように思えたが、よく考えて欲しい。あんなぶっといフックが自分の肺や胃に貫通して、それがたったの4ヶ月ほどで治るというのなら私はこの上ない幸せだと思う。正直死んでいてもなんらおかしくないのだから。そう、だからこそ今この命を無駄にしてはいけないのだ、この目の前の男から守らなくてはならない。
「…」
「…」
沈黙だ。お互い目を合わせてから何一つとして話していない、私に関しては油汗が背中を支配していた。白いマスクを被った黒髪の男…男?いや多分男だ。片手には私は殺人鬼ですと言わんばかりに血のこびりついたナイフを持っている、これはあれだ…以前あの男が言っていた殺人鬼に違いない。こりゃ見境なく殺す、トラッパーさんやビリーくんと違うんだ。逃げなくてはならない、こんなところでリハビリだと言い訳唱えて歩いている暇なんてない。
ズズ、ズズ…
おーまいぐっねす!
こんなことを口に出したらきっと首が飛ぶ、なんなら続けざまにジージーと言ってやりたいレベルだ。彼は足を引きずるように私に近づいてくる。せめてそのナイフをどこかに隠すか置くかしてくれるなら私に対する殺意を否定できるというのに、彼はただ見つめながら私にジリジリと寄ってきているのだ。
馬鹿野郎、考えている暇なんてない、逃げるんだ。私は何を今まで実況のように考え込んでいたのか、それに気付いた時にはもうすでに彼に背を向けて走り出していた。この施設は何度も歩いてきた、何度も迷子になってきた。だからこそどこにいけばいいかなんて分かっているのに、私はあまりの焦りで訳がわからない方向ばかりに行ってしまっていた。窓枠を飛び越え、台車で道を塞いで、きっとこの通路を見ればあの男は私にご自慢の金棒を投げつけてくるだろう。そりゃ私だって申し訳なさでいっぱいだ、お嫁さんが片付けて回るのを目の前に私は彼に怒鳴られるのだから。
「っは、は」
そういえば久しぶりに走った。いくら体力があるとはいえ数ヶ月ぶりに走った私は息継ぎの仕方を忘れていたかのように雑な呼吸をして、時折後ろを向いてこのマスク男の場所を確認する。あんなに足を引きずっていた彼は後ろを振り向けば必ず近くにいるのだ、どれだけ走っても物で邪魔をしても、ただ常に私の後ろを追いかけてくる。
こりゃだめだ、私は怒られることを覚悟で研究室に飛び込んだ。当然あの男は何事かと言わんばかりにこちらを凝視していたが、今はもうそれに何かをいう余裕がない。私はその勢いで男の後ろに身を隠した。
「お前、そんな身体で走」
「あれあれあれあれ私死ぬ」
「シェイプ…何の真似だ」
「…」
「お前には関係ない、だが殺すな」
「…」
「ダメだ」
この男はとうとう狂ったのか?いや、元から狂っているよな、知ってた、知ってたぞ。何も喋りもしない男に対してただ一人で彼は会話をしているのだ、気味が悪いに決まっている。それでもいい、今はただ自分が助かりさえすればそれでよかった。私は白衣を両手できゅ、と握り驚いたせいで暴れる心臓を沈めようと彼にくっついた。…あれ、なんで私そのために彼にくっついたの?
「おい」
「は、はい」
「走っただろう」
「すいません、すいません!あとでいくらでも金棒くらいますから、今だけ生かしてもらえませんか!」
「アホか」
もうここまできたら神がいなくても神頼みがしたい、生きた心地がしないんだ。シェイプと呼ばれた男は未だ口を閉じたまま私を見てくる、ああ見ないで、やめて、こんなひどい人生をもっと地獄にしないでほしい。
「シェイプ、これは前に言っていたエンティティからの譲りものだ」
「え、それどういう意味のもの?」
「お前…」
やめてください、左腰に添えた金棒で私を殴ろうとしないでほしい。きゅっと目を瞑ってただただ生きていることを願えば一番最初に動いたのはシェイプだった。彼は私の目の前まで来てそっとしゃがんだ、ただその手には手放してないナイフがあるのだから心臓が止まりそうになる。物理的にもだ。
「…」
「ど、どうも、私生きたいです」
「お前は自分が生きることに必死だな」
「そりゃ私生きたいですから」
「感心する」
「でしょ?」
「…」
「ひぃ!」
感覚が気持ち悪くてたまらない。例えるなら飛行機から落ちて永遠に地上に叩きつけられることなくただただ落ち続ける感じ、ずっと死にそうで生きているのに死が近くに見えている状態だ。それが私の心を締め付けて息をするのが窮屈になる。離れて欲しいのに彼はそのまま数刻離れることなく私を眺めるのだ、ここまでくると一週回って死にたい。
「…」
結局彼はそのまま何も喋らず帰ってしまった。帰るときほどあっさりなものはなくて、ただ黙って立ち上がり誰かを見ることもなく部屋を出て行く、それだけ。私はたまりにたまった緊張感が一気に抜けてその場に丸まってしまった。普通に怖すぎる、しかもありえないほど長い時間喋ることなくずっと見ていたのだ。
「おい」
「ひぃ、もう少しお待ち」
ああ、この男が待てるはずがなかった。彼は安心したばかりの私を担ぎ上げて研究室を後にした。
生きていてよかった、それと同時にもし死んでいたらそのまま元の世界に戻れるのかもしれない、なんてことも少しだけ考えた。こうして肩に担がれながら私はそんなくだらないことを思い出して深いため息をついた。肺いっぱいに空気を溜めて、それを目一杯吐き出す。それが先ほどまでためこんだ沢山の感情を捨てるのにはちょうど良かった。
「シェイプって方ですか?」
「は?」
「いえ、以前会ったら死ぬかもしれないと言われていた方です」
「…ああ、違うがあいつの方がもっと危ないな」
「なんで言わないの?その人より危ない人来るって言えば絶対でないんですけど」
「…」
「あー!」
神様、誰相手であろうと沈黙は怖いです。