悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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こんなにも殺風景な施設は私の世界にはなかった気がする。夏になればよく友達に廃墟や心霊スポットやらに誘われたが、私はそれを頑なに断ってきた。別にそういう存在を信じていたわけではないが、普通に考えて怖いものにわざわざ手を出すこともないだろうと思ったからだ。高校を出てからほとんど引きこもりになった私は家で心温まるアニメを見て暖かな空間で幸せな日々を過ごした、どれだけ遅い時間に外出しても必要以上に夜のトンネルなどに入る事もなかったから余計にこういった寒い建物に縁がない。当時の自分はあまり何も考えていなかったが、今思えばよくここにきた当初怖がりもせずにあの男に何の疑いもなく話しかけたものだ、私の行動力を疑いたい。いや、もしかしたら人間というのは死を直前にすればそれ以外に怖いものがなくなるのかもしれない。
そういえばこの頃あの男は変わった気がする、というより人間じみてきた感じがする。ついこの間のことだが、目こそ笑っていなかったがその唇に笑みを浮かべていたことがある。初めてだった、怪しかろうが何だろうがここにきてもう4ヶ月近く経つが彼の笑う姿は一度も見たことがなかった。私と話そうがお嫁さんと話そうが他の殺人鬼達と一緒にいようが、他の者達が笑おうと彼は決まってどうでもよさそうにため息を吐いていたからだ。私は肩にある傷跡に手を置きながら彼のことを考えた…いや、何故私は彼のことを考えているのだろうか。あんなに私に酷いことをするのに、気にする事もないのに。
「食え」
「わぁ!?」
考え込んでいたのか、私は彼の入室に気付かず目の前に差し出された栄養食に驚いてしまった。もちろん普段何の反応もない私に彼も驚いたようにこちらを見つめてくる、私は空咳を一つしてそっとそれを受け取った。
「ん、お、お嫁さんは」
「今日は休みだろう」
「あ、あれ、そうだったっけなぁ」
何と誤魔化すのが下手なのだろうか。恥ずかしい、あんな姿を見せてしまって。これ以上下手なことを言うのはやめようと私は渡された栄養食を口にした。お嫁さんが休みの日はこうしてこの男が栄養食を作ってくれるのだが…認めたくはないが、日に日にちゃんとした味になっている気がする。自分の臓器の回復を示すように最近は固形のものが多くなったがそれでもしっかり煮込んでいるのが、悔しいくらいに嬉しくて思わず笑ってしまった。
「…なんだ」
「んあ!いいえ」
私の独り笑いに気味が悪いとでも思ったのか彼は再び驚いたように私を見てくる。必死に訂正して誤魔化すように栄養食を食べれば、あまり噛んでいなかったのか時間感覚が思考に邪魔されたのか、気付いた時には皿が空になっていた。
ごちそうさま、と資料とにらめっこする彼に空の皿を差し出せば少し不機嫌そうにそれを受け取り私の頭を拳で殴ってきた。
「ったなんじゃおい」
「いくら固形物が出るようになったとはいえ、回復しているわけではないのだ。そんな勢いで食う奴がいるか」
「へぇ…」
軽く殴られた頭にわざとらしく手を添えごめんなさいと呟けば彼は口角をあげる、やはりごく稀だが彼は笑うようになっていた。笑う、と言うよりは揶揄うような嗤いなのだが、私はそれでも彼が人間味のある殺人鬼だということに少しだけ安心している。適当な返事をする私に呆れるようなため息を吐いてその空の皿を机の端に置いて再び資料に向かう。こうしてみれば横顔ほど整っているものはないのに、口を開けばやれ馬鹿にして、手を出せばやれ暴力と非常に残念なやつだな。
「だからなんだ」
「あー、いえいえ何も」
思わずその横顔を眺めていた私にしかめっ面を向けてくる彼。ああこういうのが残念だな、と思いながら急いでそっぽを向いた。
いつからか彼を哀れに思うようになって、そして気付いた時には彼をひとりの人としてみるようになった。別にそれは彼をどうこう思っているわけではなく、ただ少しずつ変わっている彼に興味を持っただけ。それ以上でもなんでもない。こうして彼なりの優しさを見せる時もあれば、先日みたいに私を傷つける事もある。彼は躾というし、私のことをモルモットとして扱っているが、多分それは不器用な彼の表現なのではと私は思う。気付きたくない、私はこの感情に…自分が彼に向けるたった少しのこの気持ちに。きっとそれは、こんな絶望の世界で微かに与えられる優しさに期待してしまう哀れな自分の勘違いでしかないのだから。
「そんなに見られては気が散る」
「いやもう見てないですよ」
「先ほどまでずっとガン見だっただろ、言いたいことがあるなら早くいえ」
「のーのー、何もないです」
必死にそういえば彼は残念だ、と呟いて資料を両手に持ちとんとん、と整えた。なんだその残念って、私が何か言った方が殴る理由ができるって?殴られてたまるか。
私はお嫁さんという話し相手もおらず、何もすることがなくなれば簪を刺したまま体を横にした。布団に潜ってただひたすらに彼がいなくなることを考えれば、本人は資料を数枚持って立ち上がり私の元までやってきた。何だろうか、早くいなくなってくれないと簪を刺したまま眠ることになる。そんなことをしたら頭に簪が刺さって、朝起きた時に血の塊がオマケのようについてくるのだ。昔経験したがあれはなかなか痛かったな。
「寝るのか」
「んまぁ」
「おやすみ」
彼はそういって乱暴に私の頭を掻き乱して病室を出ていった。残されたのは乱れたせいで緩んでしまった簪と頭の中まで掻き乱された私だけ。
(あの女、やっと私の前で笑うようになったな)
そういえばこの頃あの男は変わった気がする、というより人間じみてきた感じがする。ついこの間のことだが、目こそ笑っていなかったがその唇に笑みを浮かべていたことがある。初めてだった、怪しかろうが何だろうがここにきてもう4ヶ月近く経つが彼の笑う姿は一度も見たことがなかった。私と話そうがお嫁さんと話そうが他の殺人鬼達と一緒にいようが、他の者達が笑おうと彼は決まってどうでもよさそうにため息を吐いていたからだ。私は肩にある傷跡に手を置きながら彼のことを考えた…いや、何故私は彼のことを考えているのだろうか。あんなに私に酷いことをするのに、気にする事もないのに。
「食え」
「わぁ!?」
考え込んでいたのか、私は彼の入室に気付かず目の前に差し出された栄養食に驚いてしまった。もちろん普段何の反応もない私に彼も驚いたようにこちらを見つめてくる、私は空咳を一つしてそっとそれを受け取った。
「ん、お、お嫁さんは」
「今日は休みだろう」
「あ、あれ、そうだったっけなぁ」
何と誤魔化すのが下手なのだろうか。恥ずかしい、あんな姿を見せてしまって。これ以上下手なことを言うのはやめようと私は渡された栄養食を口にした。お嫁さんが休みの日はこうしてこの男が栄養食を作ってくれるのだが…認めたくはないが、日に日にちゃんとした味になっている気がする。自分の臓器の回復を示すように最近は固形のものが多くなったがそれでもしっかり煮込んでいるのが、悔しいくらいに嬉しくて思わず笑ってしまった。
「…なんだ」
「んあ!いいえ」
私の独り笑いに気味が悪いとでも思ったのか彼は再び驚いたように私を見てくる。必死に訂正して誤魔化すように栄養食を食べれば、あまり噛んでいなかったのか時間感覚が思考に邪魔されたのか、気付いた時には皿が空になっていた。
ごちそうさま、と資料とにらめっこする彼に空の皿を差し出せば少し不機嫌そうにそれを受け取り私の頭を拳で殴ってきた。
「ったなんじゃおい」
「いくら固形物が出るようになったとはいえ、回復しているわけではないのだ。そんな勢いで食う奴がいるか」
「へぇ…」
軽く殴られた頭にわざとらしく手を添えごめんなさいと呟けば彼は口角をあげる、やはりごく稀だが彼は笑うようになっていた。笑う、と言うよりは揶揄うような嗤いなのだが、私はそれでも彼が人間味のある殺人鬼だということに少しだけ安心している。適当な返事をする私に呆れるようなため息を吐いてその空の皿を机の端に置いて再び資料に向かう。こうしてみれば横顔ほど整っているものはないのに、口を開けばやれ馬鹿にして、手を出せばやれ暴力と非常に残念なやつだな。
「だからなんだ」
「あー、いえいえ何も」
思わずその横顔を眺めていた私にしかめっ面を向けてくる彼。ああこういうのが残念だな、と思いながら急いでそっぽを向いた。
いつからか彼を哀れに思うようになって、そして気付いた時には彼をひとりの人としてみるようになった。別にそれは彼をどうこう思っているわけではなく、ただ少しずつ変わっている彼に興味を持っただけ。それ以上でもなんでもない。こうして彼なりの優しさを見せる時もあれば、先日みたいに私を傷つける事もある。彼は躾というし、私のことをモルモットとして扱っているが、多分それは不器用な彼の表現なのではと私は思う。気付きたくない、私はこの感情に…自分が彼に向けるたった少しのこの気持ちに。きっとそれは、こんな絶望の世界で微かに与えられる優しさに期待してしまう哀れな自分の勘違いでしかないのだから。
「そんなに見られては気が散る」
「いやもう見てないですよ」
「先ほどまでずっとガン見だっただろ、言いたいことがあるなら早くいえ」
「のーのー、何もないです」
必死にそういえば彼は残念だ、と呟いて資料を両手に持ちとんとん、と整えた。なんだその残念って、私が何か言った方が殴る理由ができるって?殴られてたまるか。
私はお嫁さんという話し相手もおらず、何もすることがなくなれば簪を刺したまま体を横にした。布団に潜ってただひたすらに彼がいなくなることを考えれば、本人は資料を数枚持って立ち上がり私の元までやってきた。何だろうか、早くいなくなってくれないと簪を刺したまま眠ることになる。そんなことをしたら頭に簪が刺さって、朝起きた時に血の塊がオマケのようについてくるのだ。昔経験したがあれはなかなか痛かったな。
「寝るのか」
「んまぁ」
「おやすみ」
彼はそういって乱暴に私の頭を掻き乱して病室を出ていった。残されたのは乱れたせいで緩んでしまった簪と頭の中まで掻き乱された私だけ。
(あの女、やっと私の前で笑うようになったな)