悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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気付いた時にはこの密閉空間に自分を閉じ込めて丸2日経とうとしていた。口元の器具を外し口を閉じて黙々とする作業は己の欲を満足させた。
今のこの研究に腕を上げる私は寝る間も惜しく、食事をとることも面倒になりただその研究に没頭していた。時折ナースの声が聞こえた気がしたが、私は答えなかったのを薄らと覚えている。ひと段落ついた頃、研究室内にあるシャワーを浴びてろくに片付けもしない資料を適当に手に取る、コートを着るのを忘れていたがそれに気づいた時には私はすでにその部屋から立ち去っていた。
実を言うと少し心配だった。というのも普段なら2日だろうが一週間だろうがあの空間に篭っていても何の変化もないのだが、あの女が来てから毎日の診断は欠かさず行い彼女の監視を怠らなかったからだ。ナースが代わりに傷口のチェックと塗り薬を付与しているはずだが私がその現状を見なければどうにもならない、もしかしたら何度か聞こえたナースの声はあの女に何かあったという知らせだったかもしれない。心配する必要などないはずなのに心が不安定になる、私はそれに苛立ちながら通路を歩いた。
パタ……パタ……
軽い足取りが通路の先から聞こえる、またあの女がリハビリだと言いながら出歩いているのだ。私は呆れてため息を吐く、すると不思議と体が一気に疲労感に襲われ重くなるのを感じた。取らなかった睡眠と空腹が今になって体に影響を出したのだ。器具により見開いたままの眼球がブレるのが自分でもわかる、きっと私の視点は今どこにも合わせることができないのだ。
まずい、それでもあの女の様子を、確かめなければ。私の今の仕事の一つなのだ。
「おい」
私は先にいるであろう人物に声をかける。間抜けな返事がどこからか聞こえてくるが私の意識はそこで止まった。頭が真っ白になり見ていた世界が消えていくような、そんな感覚に私は身体を委ねたのを覚えている。
次に気付いた時には目を見開かせていた器具が外され疲労感を得た身体は横に倒れていた、私はあのまま眠ってしまったのだ。私のベッドではないということだけが瞼を閉じていても感覚でわかる、少しだけ柔らかくほんのり暖かさを感じる。
問題はそれが、あの女のベッドだということだ。私は目を開けてゆっくりと身体を起こしモニターで時間を確認する。おおよそだが私が眠って5時間近くは経っただろう、もう夜が更けてナースもアサイラムへ帰宅している。
「…んぁ………」
微かに聞こえた寝息がこの冷たい空間に暖かく響く。視線を向けた先にはあの女が私の椅子に座り今にも首が寝違えそうな体勢で眠っていた。簪で纏めている漆黒の髪が椅子の背もたれに擦れたせいか、無造作に飛び出て顔にかかりその胸元は規則正しい運動を繰り返している。長い睫毛が稀にぴくりと動くもその瞳は決して開かれることはなく、紅を塗らない唇がこの乾燥のせいでガサガサになっていた。
私はその様子を長いこと眺めていた、彼女の一つ一つの動きを、寝起きの頭に焼き付けながらずっと見続けた。起きている時こそあんなにも煩く面倒な彼女だが、眠っている姿はこんなにも…綺麗というよりかは凛々しかった。もったいないほどの艶やかな黒髪が、宝石のような黒い瞳が、その凛々しい顔立ちとそれに見合った態度が私に興味を持たせたことに違いなかった。
「桔梗」
彼女に起きて欲しいわけではない、ただ呼んだだけのその名を私は何度も心で呼んだ。
それから彼女をそっと抱き上げて私の代わりにこのベッドへ寝かせ、私はそのまま彼女の上に跨れば再び眠る様子を眺める。簪を抜いてまとまった髪を自由にする、黒いカーテンが白いシーツに絡まりより一層にその黒を引き立てた。
「ん"…」
濁ったような唸り声とともに唇を動かして頬が緩む、ふわりと笑う彼女の姿をこんなに間近で見るのは初めてだった。私はその頬に指先を当てる、暖かさが微かに感じられるがこの負荷をかけすぎた肌にその柔らかさが伝わってこない。指先を頬の中に埋めるように少し強く押す、彼女は何処か嫌そうに眉を潜めたが目を覚ますことはなかった。柔らかい、感じる暖かさと変わらないほどに微かだったがそれを感じる。今はまだ体力が回復せず血色が悪いが元に戻ればきっとこの顔色も明るくなるだろう。
「お前は、その時どうするんだ」
逃がさない、私のモルモットだ。選択の余地などないはずの実験体に語りかける、無意味だとわかっていながらも。
頬をいじる手でフェイスラインをなぞり、去り際に彼女のその柔らかな頬へそっと唇を押し付けた。
指から感じるよりずっと柔らかい感覚が私の顔に当たる。香水のような甘さではない、ただの人間の匂いなはずなのにその香りは私の脳を甘いと洗脳した。
私はそれらの温もりに少しの恐怖を覚えてその部屋を後にした。
そういえばなぜ私は彼女にキスをしたのだろうか。
ああそうか、あの柔らかさを確認するためか。
(柔らかい、今にも壊れそうなほど、脆い証拠)
今のこの研究に腕を上げる私は寝る間も惜しく、食事をとることも面倒になりただその研究に没頭していた。時折ナースの声が聞こえた気がしたが、私は答えなかったのを薄らと覚えている。ひと段落ついた頃、研究室内にあるシャワーを浴びてろくに片付けもしない資料を適当に手に取る、コートを着るのを忘れていたがそれに気づいた時には私はすでにその部屋から立ち去っていた。
実を言うと少し心配だった。というのも普段なら2日だろうが一週間だろうがあの空間に篭っていても何の変化もないのだが、あの女が来てから毎日の診断は欠かさず行い彼女の監視を怠らなかったからだ。ナースが代わりに傷口のチェックと塗り薬を付与しているはずだが私がその現状を見なければどうにもならない、もしかしたら何度か聞こえたナースの声はあの女に何かあったという知らせだったかもしれない。心配する必要などないはずなのに心が不安定になる、私はそれに苛立ちながら通路を歩いた。
パタ……パタ……
軽い足取りが通路の先から聞こえる、またあの女がリハビリだと言いながら出歩いているのだ。私は呆れてため息を吐く、すると不思議と体が一気に疲労感に襲われ重くなるのを感じた。取らなかった睡眠と空腹が今になって体に影響を出したのだ。器具により見開いたままの眼球がブレるのが自分でもわかる、きっと私の視点は今どこにも合わせることができないのだ。
まずい、それでもあの女の様子を、確かめなければ。私の今の仕事の一つなのだ。
「おい」
私は先にいるであろう人物に声をかける。間抜けな返事がどこからか聞こえてくるが私の意識はそこで止まった。頭が真っ白になり見ていた世界が消えていくような、そんな感覚に私は身体を委ねたのを覚えている。
次に気付いた時には目を見開かせていた器具が外され疲労感を得た身体は横に倒れていた、私はあのまま眠ってしまったのだ。私のベッドではないということだけが瞼を閉じていても感覚でわかる、少しだけ柔らかくほんのり暖かさを感じる。
問題はそれが、あの女のベッドだということだ。私は目を開けてゆっくりと身体を起こしモニターで時間を確認する。おおよそだが私が眠って5時間近くは経っただろう、もう夜が更けてナースもアサイラムへ帰宅している。
「…んぁ………」
微かに聞こえた寝息がこの冷たい空間に暖かく響く。視線を向けた先にはあの女が私の椅子に座り今にも首が寝違えそうな体勢で眠っていた。簪で纏めている漆黒の髪が椅子の背もたれに擦れたせいか、無造作に飛び出て顔にかかりその胸元は規則正しい運動を繰り返している。長い睫毛が稀にぴくりと動くもその瞳は決して開かれることはなく、紅を塗らない唇がこの乾燥のせいでガサガサになっていた。
私はその様子を長いこと眺めていた、彼女の一つ一つの動きを、寝起きの頭に焼き付けながらずっと見続けた。起きている時こそあんなにも煩く面倒な彼女だが、眠っている姿はこんなにも…綺麗というよりかは凛々しかった。もったいないほどの艶やかな黒髪が、宝石のような黒い瞳が、その凛々しい顔立ちとそれに見合った態度が私に興味を持たせたことに違いなかった。
「桔梗」
彼女に起きて欲しいわけではない、ただ呼んだだけのその名を私は何度も心で呼んだ。
それから彼女をそっと抱き上げて私の代わりにこのベッドへ寝かせ、私はそのまま彼女の上に跨れば再び眠る様子を眺める。簪を抜いてまとまった髪を自由にする、黒いカーテンが白いシーツに絡まりより一層にその黒を引き立てた。
「ん"…」
濁ったような唸り声とともに唇を動かして頬が緩む、ふわりと笑う彼女の姿をこんなに間近で見るのは初めてだった。私はその頬に指先を当てる、暖かさが微かに感じられるがこの負荷をかけすぎた肌にその柔らかさが伝わってこない。指先を頬の中に埋めるように少し強く押す、彼女は何処か嫌そうに眉を潜めたが目を覚ますことはなかった。柔らかい、感じる暖かさと変わらないほどに微かだったがそれを感じる。今はまだ体力が回復せず血色が悪いが元に戻ればきっとこの顔色も明るくなるだろう。
「お前は、その時どうするんだ」
逃がさない、私のモルモットだ。選択の余地などないはずの実験体に語りかける、無意味だとわかっていながらも。
頬をいじる手でフェイスラインをなぞり、去り際に彼女のその柔らかな頬へそっと唇を押し付けた。
指から感じるよりずっと柔らかい感覚が私の顔に当たる。香水のような甘さではない、ただの人間の匂いなはずなのにその香りは私の脳を甘いと洗脳した。
私はそれらの温もりに少しの恐怖を覚えてその部屋を後にした。
そういえばなぜ私は彼女にキスをしたのだろうか。
ああそうか、あの柔らかさを確認するためか。
(柔らかい、今にも壊れそうなほど、脆い証拠)