悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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週に4日、決められた時間のみだかあの女の看病をするのが今のナースの仕事になっていた。内容は普段私の元でする仕事より遥かに楽であったと思う。あの女と会話をし、寝付かせ、餌をやる。まだ体力も胃の機能も回復しない女のために栄養食を作るのも彼女の仕事なのだが、今日はその週に3日ある休みのうちの1日だった。そういう日は私が代わりに餌を作るのだが、持っていったところで決まってこの女は私の前でそれを食べることを拒んだ。呆れた私が苛立ちながらその場を去り、次に部屋へ戻る時には空の皿が足元に置かれている、これがナースがいない時の我々の日常であり距離感だった。それは以前私が強引にも食べさせたことが影響しているのか、それともただ私の前で食べたくないだけなのか、また他に理由があるのかは私にはわからないが何にせよ言うことの聞かないモルモットが気に食わなくて仕方がなかったことには違いない。特に最近は気付いた時には別の台車で眠っていたり、稀にくるヒルビリーとリハビリだと言いながら通路で遊びナースを困らせたりと活躍的になっているせいで余計に食を取らせなければならなくなった。
夕方を過ぎた頃、私はナースがハントレスから譲ってもらった食材で栄養食を作っていた。内容は動物の肉と野菜に似た何かだったが食えないものをナースに寄越すことはないのでそれを使い調理を進める。別に苦ではなかった。正直こんなもの実験と何ら変わりがない、今後の研究に役立つ何かが見つかるかもしれない単なる暇つぶしの一つに過ぎなかったからだ。ミルクで固形が崩れるほど煮込み出来上がったものを乱暴に皿へぶち込む、皿の周りに散らばる液など気にもとめずその雑なままの餌を片手に私はその場を離れた。
今日もまたいつもと同じように繰り返す、それをわかっているはずなのに私は思い出すたびにその苛立ちを思い出す。もし仮にあの女が実験体でなければもっと早い段階でその命は無くなっていたというのに、実の彼女は何とも反抗的で且つ呑気なものだ。私は思い出した苛立ちを心の片隅に置いて勢いよく扉を開けた。中にいた彼女は驚くように体を起こしてキョドッていた。その瞳を見開いて、しかし私に恐れる様子はなくただ私をその漆黒で眺めているだけで。
「食え」
身体を起こしたことを好都合にその膝の上に皿を置いてスプーンを投げるように渡す。彼女は皿が倒れないように片手で支えスプーンを手にする、そして私に視線を向けた。また始まるのだ、きっと今日もいつものように言い合いになり私が呆れてここを出て行く、約束のように時が過ぎるのだ。それでも私が食えと言うのはある意味此方も懲りたわけではないというわけだ。
「あの」
「食え」
「聞きたいことがぁ」
「聞こえなかったのか?さっさと食え」
「これ、人肉ですか?」
「そんなもの食わせるわけがないだろう」
「いやわかんないっすよ、ね?」
そういえば彼女がこの世界に来て初めての肉の塊だ、言いたいこともわからなくはなかったが、私はこれから始まる劇のような決まり事に苛立っていた。自ら離れてしまえばいいものを何故か私はいつもどこかで期待していたのだ、己の前でもナースと同じように普通でいてくれることを。
私は近くの椅子に腰をかけてカルテルを確認する。本当に小さな期待だが、それでよかった。ただ疑問なのは何故私がそんなくだらない期待を抱くのか、だ。簡単にいうならそれはただの興味というやつでしかない、そう思いたい。このモルモットの飼い主は私だ、こいつの体調も行動も全て把握してその時思いついた実験をすれば良いと思っている。それが私の暇つぶしになるのなら、そのために彼女はエンティティからもらったのだ。
そんなことを考えていればカチカチと耳に障る金属音が聞こえる、私はカルテルから彼女に視線を向ければ少しずつ口にスプーンを運んでいる姿が見えた。初めて私の前で食事を取ったのだ。肉の塊をふぅ、と冷ましながら口に含みその頬をゆっくり動かす、煮えたミルクを啜るように飲む姿に私は満足感を覚えた。何に満足したのかはわからない、ただ私は彼女から目を背けることはなくその様子を眺め続けた。当の本人はどこか眠そうに目を半開きにして何度も口に食を運ぶ。
「あ、ふ…おにふ、やわらかひ、ですへ」
「…そうか」
彼女はこちらに視線を向けることはなく同じことを繰り返しながら私に話しかけ、私はそれをただ眺めているだけの空間。何か長いこと会話するわけでもなければ、互いに何か合図するわけでもないこの空気が本来なら気持ち悪いはずなのに私は彼女から目が離せなかった。背凭れに体を預けてカルテルを机に投げ出す、膝置きに手をついてそこに頭を乗せれば彼女が食事を終えるまで黙って眺めた。
「ご、ごちそうさま、です」
カランと皿にスプーンを置いておずおずと私に空のそれを渡してくる、怯えているわけでもなくただ此方を慎重に伺うように。私はそれを片手で受け取って机に乱暴に置く。私の用は終わった、このままこの空の皿を持っていき次の事に手をつける、いやそうすればよかった。彼女が食事を終えて尚私は彼女に視線を向け続けた、意味などなくただ彼女を観察する側としてそれは当たり前だと思い込んだ。当然、終わったのにここから立ち去らずその上ずっと自分を見てくることに疑問を持った彼女も此方に視線を向けてきた。目が合ったのはいつぶりだろうか、もしかしたら我々が出会った時以来かもしれない。彼女の黒い瞳が私を離さない、飲まれそうなほど強い黒が私を伺っている。
「なんだ」
「い、いえ、ナースさんが作り置きしてくださってたんですか?」
「腐ったものが食いたいのか?」
「滅相もございません!」
顔の器具が引き攣るのを感じる、深くため息をついてコートを引っ張り整えれば過ぎる時間を許せず席を立つ。去り際に小さくなにかを呟いていたがどうせまたくだらぬことだろう、私はそのまま部屋を後にした。
(ありがとう、ございます…)
夕方を過ぎた頃、私はナースがハントレスから譲ってもらった食材で栄養食を作っていた。内容は動物の肉と野菜に似た何かだったが食えないものをナースに寄越すことはないのでそれを使い調理を進める。別に苦ではなかった。正直こんなもの実験と何ら変わりがない、今後の研究に役立つ何かが見つかるかもしれない単なる暇つぶしの一つに過ぎなかったからだ。ミルクで固形が崩れるほど煮込み出来上がったものを乱暴に皿へぶち込む、皿の周りに散らばる液など気にもとめずその雑なままの餌を片手に私はその場を離れた。
今日もまたいつもと同じように繰り返す、それをわかっているはずなのに私は思い出すたびにその苛立ちを思い出す。もし仮にあの女が実験体でなければもっと早い段階でその命は無くなっていたというのに、実の彼女は何とも反抗的で且つ呑気なものだ。私は思い出した苛立ちを心の片隅に置いて勢いよく扉を開けた。中にいた彼女は驚くように体を起こしてキョドッていた。その瞳を見開いて、しかし私に恐れる様子はなくただ私をその漆黒で眺めているだけで。
「食え」
身体を起こしたことを好都合にその膝の上に皿を置いてスプーンを投げるように渡す。彼女は皿が倒れないように片手で支えスプーンを手にする、そして私に視線を向けた。また始まるのだ、きっと今日もいつものように言い合いになり私が呆れてここを出て行く、約束のように時が過ぎるのだ。それでも私が食えと言うのはある意味此方も懲りたわけではないというわけだ。
「あの」
「食え」
「聞きたいことがぁ」
「聞こえなかったのか?さっさと食え」
「これ、人肉ですか?」
「そんなもの食わせるわけがないだろう」
「いやわかんないっすよ、ね?」
そういえば彼女がこの世界に来て初めての肉の塊だ、言いたいこともわからなくはなかったが、私はこれから始まる劇のような決まり事に苛立っていた。自ら離れてしまえばいいものを何故か私はいつもどこかで期待していたのだ、己の前でもナースと同じように普通でいてくれることを。
私は近くの椅子に腰をかけてカルテルを確認する。本当に小さな期待だが、それでよかった。ただ疑問なのは何故私がそんなくだらない期待を抱くのか、だ。簡単にいうならそれはただの興味というやつでしかない、そう思いたい。このモルモットの飼い主は私だ、こいつの体調も行動も全て把握してその時思いついた実験をすれば良いと思っている。それが私の暇つぶしになるのなら、そのために彼女はエンティティからもらったのだ。
そんなことを考えていればカチカチと耳に障る金属音が聞こえる、私はカルテルから彼女に視線を向ければ少しずつ口にスプーンを運んでいる姿が見えた。初めて私の前で食事を取ったのだ。肉の塊をふぅ、と冷ましながら口に含みその頬をゆっくり動かす、煮えたミルクを啜るように飲む姿に私は満足感を覚えた。何に満足したのかはわからない、ただ私は彼女から目を背けることはなくその様子を眺め続けた。当の本人はどこか眠そうに目を半開きにして何度も口に食を運ぶ。
「あ、ふ…おにふ、やわらかひ、ですへ」
「…そうか」
彼女はこちらに視線を向けることはなく同じことを繰り返しながら私に話しかけ、私はそれをただ眺めているだけの空間。何か長いこと会話するわけでもなければ、互いに何か合図するわけでもないこの空気が本来なら気持ち悪いはずなのに私は彼女から目が離せなかった。背凭れに体を預けてカルテルを机に投げ出す、膝置きに手をついてそこに頭を乗せれば彼女が食事を終えるまで黙って眺めた。
「ご、ごちそうさま、です」
カランと皿にスプーンを置いておずおずと私に空のそれを渡してくる、怯えているわけでもなくただ此方を慎重に伺うように。私はそれを片手で受け取って机に乱暴に置く。私の用は終わった、このままこの空の皿を持っていき次の事に手をつける、いやそうすればよかった。彼女が食事を終えて尚私は彼女に視線を向け続けた、意味などなくただ彼女を観察する側としてそれは当たり前だと思い込んだ。当然、終わったのにここから立ち去らずその上ずっと自分を見てくることに疑問を持った彼女も此方に視線を向けてきた。目が合ったのはいつぶりだろうか、もしかしたら我々が出会った時以来かもしれない。彼女の黒い瞳が私を離さない、飲まれそうなほど強い黒が私を伺っている。
「なんだ」
「い、いえ、ナースさんが作り置きしてくださってたんですか?」
「腐ったものが食いたいのか?」
「滅相もございません!」
顔の器具が引き攣るのを感じる、深くため息をついてコートを引っ張り整えれば過ぎる時間を許せず席を立つ。去り際に小さくなにかを呟いていたがどうせまたくだらぬことだろう、私はそのまま部屋を後にした。
(ありがとう、ございます…)