悪魔と殺人鬼
名を刻もう
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何処だ此処は、私は確かあの男に…そういえば胸元に刺さったあの太いのは、あの穴は。
気付いた時には私は草むらにいた。風もなく生き物もおらず、あるのは死んでいるように止まったままの緑、そしてこの薄暗い霧。私はあの後どうなったんだろうか、もしかしなくてもこれは死んだとかそういうやつではなかろうか。いや、多分あっている。今確信できた、私の後ろにはそこだけ時間が動いていると思わせるような流れのある川があった。ああこれが、世に言う三途の川というやつか。死後の世界など一度も信じたことはなかったが、まさかこうもあっさり若いうちに此処に来られるのか。
私はもっと焦りを持つはずが、ここまで不可解な事ばかりが起きるせいで返って冷静になってしまった、というよりはもう驚くほどの気力もない。胸元に手を置いても傷口がない、失ったものといえばリュックサックと靴くらい、あと命か。ああメガネ男よ、今なら君の言葉を理解できる気がする。あの時は本当にすまなかった。今からでもやり直そうと彼に会えるのならそう言ってやりたいが、会えたとしたらその時は彼も死んでいるということ。今更な話である。私は軽く溜息をついて立ち上がり川へと向かう。もしかしたらこれを渡らなかったら生きることができるかもしれないが、どちらにせよこんな境目にいたところで多分私が目覚めることはないだろう。早い所天国でも地獄でもいって、大好きだったおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶でもしてこよう。そう思いながら川を渡ろうとした。
「へいお嬢ちゃん」
「へい?」
私の肩を掴んだその声の主はそのまま私を後ろに引っ張った。まさか他の人がいると思っていなかった私だ、なんの対応もできずそのままの勢いでどしりと尻餅をついた。痛い、死後の世界でも痛みがあるのかとなんとも呆れたことを考えた。
「なんで渡ろうとするかなぁ」
「ここにいても意味ないんで」
「どうしてだい?」
「どうしてって、私もう死んでるんですよ」
「あっはっは」
尻餅をついたまま私は顔を上げた。そこには赤黒のセーターを着たなんとも小洒落たおじさまの姿、ボルサリーノのような帽子を被ってその顔は火傷か何かで酷く傷ついていた。その帽子の下でギラギラと光る瞳がなんとも今の私には神々しく感じる。
「あら素敵なおじさま」
「ふー、お嬢ちゃんいい趣味してるねぇ」
元々おじさま好きな私がこんなダンディな人を目の前にして冷静でいられるわけがない。ああ生前にこんな人と出会えたら、私の人間観察という名のストーカーは世界トップレベルに君臨するだろう。彼は笑いながら私に手を差し出す、起こしてくれるのだろうか。私は彼の手にそっと右手を乗せればグッと勢いよく引っ張られて起き上がる。そして彼は流れるようにその手の甲へと唇を落とした。
「はじめまして、俺はフレディ・クルーガー。生前はそう呼ばれていたが今はナイトメアとも呼ばれる殺人鬼だ」
「ど、どうも、桔梗です」
「桔梗ちゃん。早速だけどここ、死後の世界じゃないんだよ、まだ渡らないでくれや」
「わっつ?」
彼の女性に対するエスコートに頬を赤らめながら首を傾げる私のために、彼は丁寧に説明してくれた。どうやらここは私が見る夢の世界で、彼は呼ばれている名の通り人の夢に現れることができる。しかし、死後の世界というのもあながち間違いではないらしく、この川を渡ると私はあちらの世界に行ってしまうらしい。それは私が今絶命寸前の状態であることを示し、謂わば皮一枚ということである。殺人鬼と名乗った彼がここへ来た理由は、私が間違っても川を渡らないように見張りをするためらしい。
「でもなんで、私のことを助けに来たんですか」
「それは女王様のご命令的なやつ?」
「まさかおじさん女王様の舎弟なの」
「んまぁ、俺たちみんな舎弟みたいなものだよねぇ」
「まじか」
こんなイケてるおじさま舎弟にするほどの女王様って、さぞかしお美しい…殺人鬼?なんだろう。そもそも俺たちということはほかの殺人鬼達もそうなのだろうか。
それから彼は私が目覚めるまで何日も何日も話し相手になってくれた。私を驚かせる話だったり変な話だったり、時折なんだか危ない話もするのだが私はそれで時間を潰すことができた。ただ、気がかりなのはあの存在、それは彼も同じようだった。
『桔梗、まだ渡らないの?』
彼女は気付いた時には近くに存在した。髪が短くて目が死んでいる、まだ幼い女の子。この子は私の中に存在し続けてしまっている、過去の私。私が高校に上がる頃からこの存在は私の夢の中で生き続けている、人に話したところで信じてもらえっこないのだが…私はこの子が邪魔で仕方がない。どうやらフレディおじさんはこの存在が鳥肌が立つほど嫌いらしく、いつも私に声をかけてくるたびに彼女を殺そうとしていた。しかし、いつ何度も彼女を掻っ切っても彼女は残像を残して消えていくだけでおじさんはムカムカするといった表情を浮かべていた。
「桔梗ちゃん、あれどうにかならねぇかよ」
「私に言われても」
「でもあんたのガキの頃なんだろう?」
「一応」
「何で曖昧なんだ」
「だって」
だってそうだ、私にだってわからないんだ。もしかしたら自分の夢の中で望んで彼女を生み出したのかもしれないし、少なくともあれが私である保証はない。ただ彼女に質問した時に私だと答えた、それしか私にはわからないんだ。彼女も私も、お互いが自分であるのに互いに消えて欲しくてたまらない。でも、わからなくもない。どこかで私も、彼女を羨んでいるんだ。もう笑わなくていい世界、無理しなくていい世界、ただ自分を素直に出せる世界。それと同じように、もしかしたら過去の私も、今の私を羨んでいるのかもしれない。
(ねえねえ)
「え?」
どこからか声が聞こえる。それは今まで聞いたことのない、少し幼い男の子の声。何処だ、何処にいるんだ。今度はいったい誰が私の夢の入って来たんだ。
「お嬢ちゃん、時間だ」
さっきまで横に一緒になって座っていたおじさんがいつもと違う雰囲気で私の目の前に立つ。なにが時間なのか、そう思うよりも先に私の視界が奪われた。彼の片手が私の目を塞いで、手から何か揺れる熱を出している。
「おじさ、何して」
猛烈な眠気が私を襲った。夢の中なのに眠たいという奇妙な感覚、夢の中の夢に落ちるような、そんな恐怖。私は嫌で嫌でたまらずおじさんに手を伸ばした。
「おやすみ桔梗ちゃん、そしておはよう」
意識が消えるギリギリにフレディが呟いた言葉を、私は後に理解した。
気付いた時には私は草むらにいた。風もなく生き物もおらず、あるのは死んでいるように止まったままの緑、そしてこの薄暗い霧。私はあの後どうなったんだろうか、もしかしなくてもこれは死んだとかそういうやつではなかろうか。いや、多分あっている。今確信できた、私の後ろにはそこだけ時間が動いていると思わせるような流れのある川があった。ああこれが、世に言う三途の川というやつか。死後の世界など一度も信じたことはなかったが、まさかこうもあっさり若いうちに此処に来られるのか。
私はもっと焦りを持つはずが、ここまで不可解な事ばかりが起きるせいで返って冷静になってしまった、というよりはもう驚くほどの気力もない。胸元に手を置いても傷口がない、失ったものといえばリュックサックと靴くらい、あと命か。ああメガネ男よ、今なら君の言葉を理解できる気がする。あの時は本当にすまなかった。今からでもやり直そうと彼に会えるのならそう言ってやりたいが、会えたとしたらその時は彼も死んでいるということ。今更な話である。私は軽く溜息をついて立ち上がり川へと向かう。もしかしたらこれを渡らなかったら生きることができるかもしれないが、どちらにせよこんな境目にいたところで多分私が目覚めることはないだろう。早い所天国でも地獄でもいって、大好きだったおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶でもしてこよう。そう思いながら川を渡ろうとした。
「へいお嬢ちゃん」
「へい?」
私の肩を掴んだその声の主はそのまま私を後ろに引っ張った。まさか他の人がいると思っていなかった私だ、なんの対応もできずそのままの勢いでどしりと尻餅をついた。痛い、死後の世界でも痛みがあるのかとなんとも呆れたことを考えた。
「なんで渡ろうとするかなぁ」
「ここにいても意味ないんで」
「どうしてだい?」
「どうしてって、私もう死んでるんですよ」
「あっはっは」
尻餅をついたまま私は顔を上げた。そこには赤黒のセーターを着たなんとも小洒落たおじさまの姿、ボルサリーノのような帽子を被ってその顔は火傷か何かで酷く傷ついていた。その帽子の下でギラギラと光る瞳がなんとも今の私には神々しく感じる。
「あら素敵なおじさま」
「ふー、お嬢ちゃんいい趣味してるねぇ」
元々おじさま好きな私がこんなダンディな人を目の前にして冷静でいられるわけがない。ああ生前にこんな人と出会えたら、私の人間観察という名のストーカーは世界トップレベルに君臨するだろう。彼は笑いながら私に手を差し出す、起こしてくれるのだろうか。私は彼の手にそっと右手を乗せればグッと勢いよく引っ張られて起き上がる。そして彼は流れるようにその手の甲へと唇を落とした。
「はじめまして、俺はフレディ・クルーガー。生前はそう呼ばれていたが今はナイトメアとも呼ばれる殺人鬼だ」
「ど、どうも、桔梗です」
「桔梗ちゃん。早速だけどここ、死後の世界じゃないんだよ、まだ渡らないでくれや」
「わっつ?」
彼の女性に対するエスコートに頬を赤らめながら首を傾げる私のために、彼は丁寧に説明してくれた。どうやらここは私が見る夢の世界で、彼は呼ばれている名の通り人の夢に現れることができる。しかし、死後の世界というのもあながち間違いではないらしく、この川を渡ると私はあちらの世界に行ってしまうらしい。それは私が今絶命寸前の状態であることを示し、謂わば皮一枚ということである。殺人鬼と名乗った彼がここへ来た理由は、私が間違っても川を渡らないように見張りをするためらしい。
「でもなんで、私のことを助けに来たんですか」
「それは女王様のご命令的なやつ?」
「まさかおじさん女王様の舎弟なの」
「んまぁ、俺たちみんな舎弟みたいなものだよねぇ」
「まじか」
こんなイケてるおじさま舎弟にするほどの女王様って、さぞかしお美しい…殺人鬼?なんだろう。そもそも俺たちということはほかの殺人鬼達もそうなのだろうか。
それから彼は私が目覚めるまで何日も何日も話し相手になってくれた。私を驚かせる話だったり変な話だったり、時折なんだか危ない話もするのだが私はそれで時間を潰すことができた。ただ、気がかりなのはあの存在、それは彼も同じようだった。
『桔梗、まだ渡らないの?』
彼女は気付いた時には近くに存在した。髪が短くて目が死んでいる、まだ幼い女の子。この子は私の中に存在し続けてしまっている、過去の私。私が高校に上がる頃からこの存在は私の夢の中で生き続けている、人に話したところで信じてもらえっこないのだが…私はこの子が邪魔で仕方がない。どうやらフレディおじさんはこの存在が鳥肌が立つほど嫌いらしく、いつも私に声をかけてくるたびに彼女を殺そうとしていた。しかし、いつ何度も彼女を掻っ切っても彼女は残像を残して消えていくだけでおじさんはムカムカするといった表情を浮かべていた。
「桔梗ちゃん、あれどうにかならねぇかよ」
「私に言われても」
「でもあんたのガキの頃なんだろう?」
「一応」
「何で曖昧なんだ」
「だって」
だってそうだ、私にだってわからないんだ。もしかしたら自分の夢の中で望んで彼女を生み出したのかもしれないし、少なくともあれが私である保証はない。ただ彼女に質問した時に私だと答えた、それしか私にはわからないんだ。彼女も私も、お互いが自分であるのに互いに消えて欲しくてたまらない。でも、わからなくもない。どこかで私も、彼女を羨んでいるんだ。もう笑わなくていい世界、無理しなくていい世界、ただ自分を素直に出せる世界。それと同じように、もしかしたら過去の私も、今の私を羨んでいるのかもしれない。
(ねえねえ)
「え?」
どこからか声が聞こえる。それは今まで聞いたことのない、少し幼い男の子の声。何処だ、何処にいるんだ。今度はいったい誰が私の夢の入って来たんだ。
「お嬢ちゃん、時間だ」
さっきまで横に一緒になって座っていたおじさんがいつもと違う雰囲気で私の目の前に立つ。なにが時間なのか、そう思うよりも先に私の視界が奪われた。彼の片手が私の目を塞いで、手から何か揺れる熱を出している。
「おじさ、何して」
猛烈な眠気が私を襲った。夢の中なのに眠たいという奇妙な感覚、夢の中の夢に落ちるような、そんな恐怖。私は嫌で嫌でたまらずおじさんに手を伸ばした。
「おやすみ桔梗ちゃん、そしておはよう」
意識が消えるギリギリにフレディが呟いた言葉を、私は後に理解した。