悪魔と殺人鬼
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「起きるな」
「起きろと言ったではないですか」
「ベッドから降りるなということだ」
「起きる意味あるんかそれ」
「口数が減らないヤツだな」
彼女が目を覚ましたあの日からもう1週間が経とうとしている。あれからまた5日ほど眠りから覚めずナースが毎日通い様子を伺っていたが、一度目を覚ましているだけあって次に目覚めるのは早く身体の回復も順調だった。現に今、この私相手に目を尖らせ低い位置から私を睨みあげている。上等な態度だ。
「傷口のチェックをするんだ、黙って身体を起こしてろ。終われば好きに寝てもいい」
「起きるという選択肢は」
「ない」
「帰るという選択肢は」
「好きに言ってろ」
診察のために彼女の白い布を捲し上げればべち、と手のひらで頬を叩かれる。セクハラだなんだと目の前でほざいているが、私はあまりの苛立ちに腰に添えていた金棒で壁を殴りつけた。パラパラと脆い壁が剥がれ落ちる。当然近くに寄り添っていたナースが声を上げ私を止めようとするがそれを遮ったのはこの女だ。
「勝手に脱がそうとしないでよ、変態!」
「仮にも手当てをする側だぞ、お前の肌など見たところでなんとも思わん」
「私だってあんたに見られたところで恥ずかしさなんてないんだけど?この変態サイコパスハゲ野郎」
「早急に殺すか」
「ドクター!」
声を上げるだけの体力はあるのか、褒めてやりたいがそれどころでもない。昨日は目を覚ますや否やすぐに眠ったお陰で勝手に傷口の手当てができたものを、こうも起きられれば何もできん。かといって無理やり剥がそうとすればナースが怒鳴り上げるのだ、これではラチがあかない。
「返してよ」
「何をだ」
「私の服!エブニャン、エブニャンの限定Tシャツ!毎日がNyan Day放送記念1周年の時に数量限定で発売された、あのTシャツ!」
「あんなものは捨てた」
「てめ、お、あぁ?!」
あながち間違いではないが、嘘だ。捨ててなどいない。穴が空いた服を捨てようてした時にナースに取られ、それからなだけだ。思えばあのTシャツを処分しようとした時だ、ナースにこの女の存在を知られたのは。彼女の無駄な元気に呆れた私は持っていた金棒を腰にしまい肺に溜めた息をわざとらしく吐き椅子に腰を下ろした。
口の器具を外し、さてどうやってあの女を診察してやろうかと考えた時だ。彼女はひくひくと息をしゃくりその瞳から小さな粒をぽろぽろと零す。そこまで怒ったつもりはない。なんなら今までもっと他に泣く場面はあったはずだ、今更一体何に対して泣きっ面を見せているんだ。
「あああぁ…ぐ、うえぇ…私の、エブニャンがぁ…ふにゃ吉が、一押しだったから買ったのに、やだ、私もう無理…あれないと生きる価値がないよおぉ」
誰か嘘だといってくれ。まさかあのTシャツごときにこの女は泣いているのだ、しかもそれに生きる意味を見出している。この女は何処までアホを極めているんだ。なんならこの女を世界で一番のアホとなんかの記録に記述しても構わないレベルだ、私が言うのもなんだが相当イかれている。
「ぐえぇ…えぐ、えぶにゃ…あれがあったら、治療だろうがなんだろうが、受けるのに、もう死にたいよぉ」
「何?」
ナース。私は声をかけることもなく彼女に視線を向ける、勿論彼女も同じ考えのようでその場からブリンクして何処かへ消えて行った。
二人きりの空間な筈なのにヒルビリーがいるよりも胸騒ぎがする、耳障りで他のことに集中できないのだ。このままではストレスが溜まる、この女を実験する前に私の限界がくる。乾燥する目に薬を指し、どうにかひと段落つけようと近くに置いていた彼女のカルテルに手を伸ばした。
「本来ならそんなに叫べない筈だ」
「ぐへ…何がだよ、あほ、ハゲ」
「前にも言った筈だ。お前の肺に穴が空いたんだ、今は多少塞がっているが…本来よりずっと小さい臓器になっている、少しは大人しくしてろ」
「煩いよぉ」
「お前の方がだ」
頭が痛くなってきた、煩すぎてとかではない、本当にただこの女がウザいのだ。視線を向ければ簪でまとめた髪が緩み、絶望と言わんばかりに両手で顔を覆って身体を丸めている。私にこいつの相手はできん、こいつに私の相手ができようと…こればかりは耐えられん。カルテルを持った両手がビリビリと疼く、ひと思いに殺ってしまえればいいものを。
いや、何故私はここまで我慢をしているんだ…?今からでも遅くない、ひと思いに。
「ドクター」
もっと早く帰ってこい、私は初めてこの殺人鬼にそう思った。耐えられない空間を切るようにブリンクして戻ってきた彼女の手の中には、やはりお目当ての品が抱えられていた。彼女はそれを塞ぎ込んでいるあのクズにそっと渡した。
「ぐぅ…え、えぶにゃん?エブニャンだ!」
「ごめんなさい、ドクター意地悪だから捨てたなんて嘘ついて」
「お、お嫁さぁん…ありがとう好きぃ!」
そう言ってあの女はあろうことか殺人鬼に抱き着いた。ナースも満更でもない様子であの女の頭を撫でるのだ、やめろ、反吐がでる。私は見てられない光景に耐えられなくなり二人を引き剥がし、ナースに下がっているように伝えた。もちろんこの女は私の対応に至極不満げに不貞腐れ、再び睨みつけてくる。だが私もそうもいってられない。
強引な手段で手を打つことにした。私は彼女の腕を後ろ手に縛り頭を片手で乱暴に掴む。彼女は歯向かおうと口を開くが暴れるな、と喉の奥から唸るような声で脅した。びくりと震えた彼女は何処か悔しそうに唇を噛んで大人しくなり、私はそれを確認した後に服を捲し上げ診察を始めた。傷の縫い目を指先でなぞればまだ痛みがあるのか小さく喉を鳴らす。
「痛いか」
「そりゃまぁ」
「まだ運がいいな」
何処がだよ。頭の上から聞こえてくる声に私は応えなかったが、傷口に塗り薬を塗れば彼女は再び大人しくなった。諦めたのか、そういう様子ではなかったが何にせよ私にとっては都合のいい状態になったことに変わりはない。明日また確認する、そう言い残して私はその部屋を後にした。
通路に出ればナースが心配そうに此方へ寄ってきた。少し怒った様子で、またあの女に対する態度を説教されるのかと悟ればそれから逃げるように私は中央のモニタールームへと向かった。後ろでは私を呼ぶナースの声が聞こえたが、どうせすぐに彼女は諦めてあの女の見張りに移るだろう。
それにしても減らず口な女だ。殺人鬼である私にあろうことか声を上げ、なんなら私に一発食らわせてきた。
こんなにも苛立ちを覚えたのは一体いつぶりだろうか。生前の記憶の中に、小さくある程度だ。
気持ち悪い、私が生かされている気がしてならないのだ。あの女のせいで。
「起きろと言ったではないですか」
「ベッドから降りるなということだ」
「起きる意味あるんかそれ」
「口数が減らないヤツだな」
彼女が目を覚ましたあの日からもう1週間が経とうとしている。あれからまた5日ほど眠りから覚めずナースが毎日通い様子を伺っていたが、一度目を覚ましているだけあって次に目覚めるのは早く身体の回復も順調だった。現に今、この私相手に目を尖らせ低い位置から私を睨みあげている。上等な態度だ。
「傷口のチェックをするんだ、黙って身体を起こしてろ。終われば好きに寝てもいい」
「起きるという選択肢は」
「ない」
「帰るという選択肢は」
「好きに言ってろ」
診察のために彼女の白い布を捲し上げればべち、と手のひらで頬を叩かれる。セクハラだなんだと目の前でほざいているが、私はあまりの苛立ちに腰に添えていた金棒で壁を殴りつけた。パラパラと脆い壁が剥がれ落ちる。当然近くに寄り添っていたナースが声を上げ私を止めようとするがそれを遮ったのはこの女だ。
「勝手に脱がそうとしないでよ、変態!」
「仮にも手当てをする側だぞ、お前の肌など見たところでなんとも思わん」
「私だってあんたに見られたところで恥ずかしさなんてないんだけど?この変態サイコパスハゲ野郎」
「早急に殺すか」
「ドクター!」
声を上げるだけの体力はあるのか、褒めてやりたいがそれどころでもない。昨日は目を覚ますや否やすぐに眠ったお陰で勝手に傷口の手当てができたものを、こうも起きられれば何もできん。かといって無理やり剥がそうとすればナースが怒鳴り上げるのだ、これではラチがあかない。
「返してよ」
「何をだ」
「私の服!エブニャン、エブニャンの限定Tシャツ!毎日がNyan Day放送記念1周年の時に数量限定で発売された、あのTシャツ!」
「あんなものは捨てた」
「てめ、お、あぁ?!」
あながち間違いではないが、嘘だ。捨ててなどいない。穴が空いた服を捨てようてした時にナースに取られ、それからなだけだ。思えばあのTシャツを処分しようとした時だ、ナースにこの女の存在を知られたのは。彼女の無駄な元気に呆れた私は持っていた金棒を腰にしまい肺に溜めた息をわざとらしく吐き椅子に腰を下ろした。
口の器具を外し、さてどうやってあの女を診察してやろうかと考えた時だ。彼女はひくひくと息をしゃくりその瞳から小さな粒をぽろぽろと零す。そこまで怒ったつもりはない。なんなら今までもっと他に泣く場面はあったはずだ、今更一体何に対して泣きっ面を見せているんだ。
「あああぁ…ぐ、うえぇ…私の、エブニャンがぁ…ふにゃ吉が、一押しだったから買ったのに、やだ、私もう無理…あれないと生きる価値がないよおぉ」
誰か嘘だといってくれ。まさかあのTシャツごときにこの女は泣いているのだ、しかもそれに生きる意味を見出している。この女は何処までアホを極めているんだ。なんならこの女を世界で一番のアホとなんかの記録に記述しても構わないレベルだ、私が言うのもなんだが相当イかれている。
「ぐえぇ…えぐ、えぶにゃ…あれがあったら、治療だろうがなんだろうが、受けるのに、もう死にたいよぉ」
「何?」
ナース。私は声をかけることもなく彼女に視線を向ける、勿論彼女も同じ考えのようでその場からブリンクして何処かへ消えて行った。
二人きりの空間な筈なのにヒルビリーがいるよりも胸騒ぎがする、耳障りで他のことに集中できないのだ。このままではストレスが溜まる、この女を実験する前に私の限界がくる。乾燥する目に薬を指し、どうにかひと段落つけようと近くに置いていた彼女のカルテルに手を伸ばした。
「本来ならそんなに叫べない筈だ」
「ぐへ…何がだよ、あほ、ハゲ」
「前にも言った筈だ。お前の肺に穴が空いたんだ、今は多少塞がっているが…本来よりずっと小さい臓器になっている、少しは大人しくしてろ」
「煩いよぉ」
「お前の方がだ」
頭が痛くなってきた、煩すぎてとかではない、本当にただこの女がウザいのだ。視線を向ければ簪でまとめた髪が緩み、絶望と言わんばかりに両手で顔を覆って身体を丸めている。私にこいつの相手はできん、こいつに私の相手ができようと…こればかりは耐えられん。カルテルを持った両手がビリビリと疼く、ひと思いに殺ってしまえればいいものを。
いや、何故私はここまで我慢をしているんだ…?今からでも遅くない、ひと思いに。
「ドクター」
もっと早く帰ってこい、私は初めてこの殺人鬼にそう思った。耐えられない空間を切るようにブリンクして戻ってきた彼女の手の中には、やはりお目当ての品が抱えられていた。彼女はそれを塞ぎ込んでいるあのクズにそっと渡した。
「ぐぅ…え、えぶにゃん?エブニャンだ!」
「ごめんなさい、ドクター意地悪だから捨てたなんて嘘ついて」
「お、お嫁さぁん…ありがとう好きぃ!」
そう言ってあの女はあろうことか殺人鬼に抱き着いた。ナースも満更でもない様子であの女の頭を撫でるのだ、やめろ、反吐がでる。私は見てられない光景に耐えられなくなり二人を引き剥がし、ナースに下がっているように伝えた。もちろんこの女は私の対応に至極不満げに不貞腐れ、再び睨みつけてくる。だが私もそうもいってられない。
強引な手段で手を打つことにした。私は彼女の腕を後ろ手に縛り頭を片手で乱暴に掴む。彼女は歯向かおうと口を開くが暴れるな、と喉の奥から唸るような声で脅した。びくりと震えた彼女は何処か悔しそうに唇を噛んで大人しくなり、私はそれを確認した後に服を捲し上げ診察を始めた。傷の縫い目を指先でなぞればまだ痛みがあるのか小さく喉を鳴らす。
「痛いか」
「そりゃまぁ」
「まだ運がいいな」
何処がだよ。頭の上から聞こえてくる声に私は応えなかったが、傷口に塗り薬を塗れば彼女は再び大人しくなった。諦めたのか、そういう様子ではなかったが何にせよ私にとっては都合のいい状態になったことに変わりはない。明日また確認する、そう言い残して私はその部屋を後にした。
通路に出ればナースが心配そうに此方へ寄ってきた。少し怒った様子で、またあの女に対する態度を説教されるのかと悟ればそれから逃げるように私は中央のモニタールームへと向かった。後ろでは私を呼ぶナースの声が聞こえたが、どうせすぐに彼女は諦めてあの女の見張りに移るだろう。
それにしても減らず口な女だ。殺人鬼である私にあろうことか声を上げ、なんなら私に一発食らわせてきた。
こんなにも苛立ちを覚えたのは一体いつぶりだろうか。生前の記憶の中に、小さくある程度だ。
気持ち悪い、私が生かされている気がしてならないのだ。あの女のせいで。