彼が大人になった時
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13
10月4日。
緊張の一日になるのは覚悟してきたけど、
「ゆう、なんか見たいものある?」
「っ~…えと」
カット!
という言葉にハッとしてまたやってしまったと頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「遊木くんこのシーン入ってからセリフ飛び多いね~。」
「あっ、す、すみません!」
顔を上げて立ち上がると、今回のドラマを監督兼プロデュースする女性に苦笑いされる。
さっきまでのオフィスでのシーンではなかったけど、家に帰ってきてからのシーンだけで4,5回飛んでるもん。そりゃ呆れられるし、これじゃあまるで…
「まぁ、目良くん…かっこいいからねぇ。」
「…っいや、あの…ご、ごめんなさい。」
ちらりと横目で見ると、持っていたリモコンを置いてこちらに近寄ってくる黒斗さん。
その姿はスタッフが用意したとはいえ、新鮮なパジャマ姿。
制服か、ユニット衣装か、さっきまでだって役柄としてスーツだったし。
あまりにも見慣れなさすぎるし、シャワー後の少し濡れた髪とかなんか色気がすごいっ!
「うーん。5分だけ休憩取りましょうか。」
赤べこのように僕が頭を下げていると監督が周りに10分休憩!と伝える。
と、僕が頭を上げた途端、
「俺が何か?」
と、威圧的な声色で黒斗さんが監督に笑顔を向ける。
監督は女性だ。とはいえ仕事上それを今まで見せていなかった黒斗さんが初めてそんな声を出した。
「ん~、目良くんが格好良すぎて困っちゃうよねぇって話。」
「はい?」
「あの、違うんです。僕がセリフ飛んじゃうのが黒斗さんかっこいいからって意味で……いやこれもなんか違う!あの!全部僕がちゃんとセリフ言えないのが悪いんです!」
「あははっ!遊木くん落ち着いて!まぁ役者としてはそこをしっかりやってもらうっていうのが暗黙の了解なんだけど、遊木くんはまだまだ初心だからね。大丈夫だよ。失敗はつきもの!成功の基!」
「いや、あの…監督。俺がどうこうって関係なくないですか…それで言ったら真だって顔整ってるんだしな?っていうか真、お前も明らかに顔赤くしてたらお前のキャラ全然成り立たないだろ。」
さっきの威圧的な声とは違う、明らかに怒っていない声で僕に声をかける黒斗さん。
いや、本当におっしゃる通りで、返す言葉もなくただただ”はい”と返事をする。が
「わぁ、しれっと後輩のこと褒めれちゃう性格だったんだ…。目良くんって意外と優しい人だったんだね」
「意外とって言われると…いやまぁ、見た目に反してとかはよく言われますけど」
監督に言われた言葉に作り笑いで応える。それは僕じゃなくてもわかる作り笑いで、むしろわかるようにぎこちない口角の上げ方をしていて、相手にあまりいい気はしないと伝えているようだ。
「いや!ごめんね!そういうことじゃなくて、アイドルとしての目良くんをテレビで見かけることはあるけど、実際会ったのは初めてだから。とはいえ、私も遊木くんが目良くんを起用したいって言ってきたときはもう二つ返事だったから!ぜひとも大成功させたいんだよ!」
「そう、なんですか?…まぁ、真の誘いが無ければ俺もこんなですし、ドラマとかありえないと思ってましたけど」
すっと何のためらいもなく自分の眼帯を指さす黒斗さん。
まぁ確かに、ドラマでも映画でも眼帯キャラって実際少ない。
漫画の実写でもない限りは声はかからないし、かといってキャラと黒斗さんがぴったり役がはまるとも限らない。
「アイドルの目良くんが素であれ何であれ私は目良くんに演技の力はあると思ってるから。現に今、めちゃくちゃキャラそのものの立ち振る舞いしてくれるしね!」
「あ、ありがとうございます?」
「とにかく、残りちょっとになっちゃったけど、遊木くんはいったんその姿の目良くんに慣れておいてね!」
ぐっと親指を立てて、別のスタッフさんのもとに立ち去っていく監督に僕も黒斗さんも目を丸める。
「正直、腫物扱いするやつもいるが…今の監督の言葉は本心だった。期待に応えて、いい作品にしないとな。それが俺にできる最上の恩返しだ。」
「黒斗さん…」
「ま、そういうわけだから、真も何度もセリフ飛ばすなよ。まだ、これからあと何日もかけて11話分撮るんだからな」
黒斗さんが楽しみで目を輝かせているような表情で僕に笑いかける。
その優しい笑顔には信念のようなものも感じられて、ただ怒られるだけじゃなく一緒に頑張ろうと士気を上げてくれるような笑顔だ。
「俺と普段話してるときから若干緊張してるよな?…んー、例えば、俺を北斗だと思うとか?ほら、今なら髪型も似てるし」
と、つい先日までポニーテールを作っていたはずの髪が今では氷鷹君ほどの髪の長さになっているのを少し自慢するように見せてくる黒斗さん。
いやまぁ、それはウィッグなんだけど…。
「え"っ、それは……でも、そ、そうすれば少しは…」
僕が納得するしかないと思ったところで、あ!と少し大きな声を上げる黒斗さん。
「わかった、何者でもないと思えばいいんじゃないか?」
「…な、何者でもないもの?なんですかそれ…」
「え、そのままの意味だ。俺が女と会話するときによく使う…妄想っつーか、真も苦手なものを相手にしないといけないときは使うだろ?」
なんの淀みもない目でどうだ?と言われるけど…僕そんな手法使ったことないんだよなぁ…
「あ、あの…じゃあ、何だと思って黒斗さんは女性と会話してるんですか?」
「あー…、言葉に表すと、難しいな。……近しいのは~、…マネキン?」
「マネキンっ!?」
「いや、それが一番近しいってだけで、…例えば、AI搭載のロボットとか。あー、マネキンの見た目のAI搭載のロボット…」
「…結構普通に怖くないですか?」
「ははっ、何言ってんだ。女として見て会話するよりずっとましだろ。」
面白いこと言うなぁ。なんて言葉を残して、撮影場所に向かう黒斗さんに何も言い返すことができない。
卒業して、待望の2人での活動!みたいな文言で露出が増えた黒斗さん。
だけど実際は女性は苦手なまま変わってないようで…。
卒業間際の黒斗さんだって、なんか吹っ切れたみたいにステージに上がりだしてたけど、毎回毎回舞台裏に入った途端に倒れこむくらい足が震えていたりしていたし…
今も、監督と会話してることに何の違和感もなかったけど…
本当は僕が想像しているよりも全然克服しているわけじゃなかったんだ…。
「はぁ、…なんかそう考えたら、ますますこんなことでセリフ飛ばしてる場合じゃないやっ…!」
黒斗さんには申し訳ないけど…別の方法で今一度士気を挙げられた僕は、監督に一度合図をして撮影現場に入るのであった。
::END
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10月4日。
緊張の一日になるのは覚悟してきたけど、
「ゆう、なんか見たいものある?」
「っ~…えと」
カット!
という言葉にハッとしてまたやってしまったと頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「遊木くんこのシーン入ってからセリフ飛び多いね~。」
「あっ、す、すみません!」
顔を上げて立ち上がると、今回のドラマを監督兼プロデュースする女性に苦笑いされる。
さっきまでのオフィスでのシーンではなかったけど、家に帰ってきてからのシーンだけで4,5回飛んでるもん。そりゃ呆れられるし、これじゃあまるで…
「まぁ、目良くん…かっこいいからねぇ。」
「…っいや、あの…ご、ごめんなさい。」
ちらりと横目で見ると、持っていたリモコンを置いてこちらに近寄ってくる黒斗さん。
その姿はスタッフが用意したとはいえ、新鮮なパジャマ姿。
制服か、ユニット衣装か、さっきまでだって役柄としてスーツだったし。
あまりにも見慣れなさすぎるし、シャワー後の少し濡れた髪とかなんか色気がすごいっ!
「うーん。5分だけ休憩取りましょうか。」
赤べこのように僕が頭を下げていると監督が周りに10分休憩!と伝える。
と、僕が頭を上げた途端、
「俺が何か?」
と、威圧的な声色で黒斗さんが監督に笑顔を向ける。
監督は女性だ。とはいえ仕事上それを今まで見せていなかった黒斗さんが初めてそんな声を出した。
「ん~、目良くんが格好良すぎて困っちゃうよねぇって話。」
「はい?」
「あの、違うんです。僕がセリフ飛んじゃうのが黒斗さんかっこいいからって意味で……いやこれもなんか違う!あの!全部僕がちゃんとセリフ言えないのが悪いんです!」
「あははっ!遊木くん落ち着いて!まぁ役者としてはそこをしっかりやってもらうっていうのが暗黙の了解なんだけど、遊木くんはまだまだ初心だからね。大丈夫だよ。失敗はつきもの!成功の基!」
「いや、あの…監督。俺がどうこうって関係なくないですか…それで言ったら真だって顔整ってるんだしな?っていうか真、お前も明らかに顔赤くしてたらお前のキャラ全然成り立たないだろ。」
さっきの威圧的な声とは違う、明らかに怒っていない声で僕に声をかける黒斗さん。
いや、本当におっしゃる通りで、返す言葉もなくただただ”はい”と返事をする。が
「わぁ、しれっと後輩のこと褒めれちゃう性格だったんだ…。目良くんって意外と優しい人だったんだね」
「意外とって言われると…いやまぁ、見た目に反してとかはよく言われますけど」
監督に言われた言葉に作り笑いで応える。それは僕じゃなくてもわかる作り笑いで、むしろわかるようにぎこちない口角の上げ方をしていて、相手にあまりいい気はしないと伝えているようだ。
「いや!ごめんね!そういうことじゃなくて、アイドルとしての目良くんをテレビで見かけることはあるけど、実際会ったのは初めてだから。とはいえ、私も遊木くんが目良くんを起用したいって言ってきたときはもう二つ返事だったから!ぜひとも大成功させたいんだよ!」
「そう、なんですか?…まぁ、真の誘いが無ければ俺もこんなですし、ドラマとかありえないと思ってましたけど」
すっと何のためらいもなく自分の眼帯を指さす黒斗さん。
まぁ確かに、ドラマでも映画でも眼帯キャラって実際少ない。
漫画の実写でもない限りは声はかからないし、かといってキャラと黒斗さんがぴったり役がはまるとも限らない。
「アイドルの目良くんが素であれ何であれ私は目良くんに演技の力はあると思ってるから。現に今、めちゃくちゃキャラそのものの立ち振る舞いしてくれるしね!」
「あ、ありがとうございます?」
「とにかく、残りちょっとになっちゃったけど、遊木くんはいったんその姿の目良くんに慣れておいてね!」
ぐっと親指を立てて、別のスタッフさんのもとに立ち去っていく監督に僕も黒斗さんも目を丸める。
「正直、腫物扱いするやつもいるが…今の監督の言葉は本心だった。期待に応えて、いい作品にしないとな。それが俺にできる最上の恩返しだ。」
「黒斗さん…」
「ま、そういうわけだから、真も何度もセリフ飛ばすなよ。まだ、これからあと何日もかけて11話分撮るんだからな」
黒斗さんが楽しみで目を輝かせているような表情で僕に笑いかける。
その優しい笑顔には信念のようなものも感じられて、ただ怒られるだけじゃなく一緒に頑張ろうと士気を上げてくれるような笑顔だ。
「俺と普段話してるときから若干緊張してるよな?…んー、例えば、俺を北斗だと思うとか?ほら、今なら髪型も似てるし」
と、つい先日までポニーテールを作っていたはずの髪が今では氷鷹君ほどの髪の長さになっているのを少し自慢するように見せてくる黒斗さん。
いやまぁ、それはウィッグなんだけど…。
「え"っ、それは……でも、そ、そうすれば少しは…」
僕が納得するしかないと思ったところで、あ!と少し大きな声を上げる黒斗さん。
「わかった、何者でもないと思えばいいんじゃないか?」
「…な、何者でもないもの?なんですかそれ…」
「え、そのままの意味だ。俺が女と会話するときによく使う…妄想っつーか、真も苦手なものを相手にしないといけないときは使うだろ?」
なんの淀みもない目でどうだ?と言われるけど…僕そんな手法使ったことないんだよなぁ…
「あ、あの…じゃあ、何だと思って黒斗さんは女性と会話してるんですか?」
「あー…、言葉に表すと、難しいな。……近しいのは~、…マネキン?」
「マネキンっ!?」
「いや、それが一番近しいってだけで、…例えば、AI搭載のロボットとか。あー、マネキンの見た目のAI搭載のロボット…」
「…結構普通に怖くないですか?」
「ははっ、何言ってんだ。女として見て会話するよりずっとましだろ。」
面白いこと言うなぁ。なんて言葉を残して、撮影場所に向かう黒斗さんに何も言い返すことができない。
卒業して、待望の2人での活動!みたいな文言で露出が増えた黒斗さん。
だけど実際は女性は苦手なまま変わってないようで…。
卒業間際の黒斗さんだって、なんか吹っ切れたみたいにステージに上がりだしてたけど、毎回毎回舞台裏に入った途端に倒れこむくらい足が震えていたりしていたし…
今も、監督と会話してることに何の違和感もなかったけど…
本当は僕が想像しているよりも全然克服しているわけじゃなかったんだ…。
「はぁ、…なんかそう考えたら、ますますこんなことでセリフ飛ばしてる場合じゃないやっ…!」
黒斗さんには申し訳ないけど…別の方法で今一度士気を挙げられた僕は、監督に一度合図をして撮影現場に入るのであった。
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