彼が合宿に参加するとき
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-合宿-13日目-某所ホテル-503号室-
「治ると思ってたの…?」
「朝から蒼空がレッスンに向けて色々と準備をしている音で目が覚めた。でも実際目覚ましをセットしたのにそれで起きれず、なおかつ蒼空より遅く目が覚める時点でこの体に相当疲れがたまっているってわかってた。」
「うん」
「とはいえ体はだるいとか重いと思っても、絶対熱があるとは限らない。だからそのまま起きて、蒼空が部屋を出た後に俺もレッスンに向かう準備をして、」
「それで部屋から出ようとしてたってこと。」
全てを説明する前に、言われたことに素直に頷く。こういうこと、昔もあった気がする。
今まさに部屋の前のドアで仁王立ちしてにっこりと笑みを浮かべているのは何を隠そう嶺二である。一足遅かった。俺がもう少し早く準備して部屋から出ていれば…
「ベッド戻って。」
「…はぁ」
あからさまに溜め息を吐くもいつもと違う本気で怒ったような気迫に渋々来た道を戻る。
「僕のこと嶺ちゃんって呼ぶ気になった?」
先ほどまで確実に怒っていたのに俺がベッドに座るとなぜか嬉しそうに笑みを浮かべる相手に首を傾げる。
「まぁ…そうだな。でも、昔俺嶺ちゃんって呼んでない気がする。」
「そうだね、僕のことお兄ちゃんって呼んでた。」
だよな。と予想通りの答えに目を逸らす。俺の前で嘘をついたことがないその目が俺は少し苦手だ。だからこそ、お兄ちゃんなのだが。嘘や作り笑いばかりの大人の世界を見てきた俺にとって、寿嶺二という人物は革命に等しかった。他人を心から気にかけて、心配して、気の利く人。上っ面だけだと俺は思っていたのにこの人は違い、それがこの人を慕う理由になった。自分もこんな人になりたいと思ったのかもしれない。
「お兄ちゃん」
「…!えっと、なに?」
「いや、やっぱり気持ち悪いな。この歳でお兄ちゃんは…嶺ちゃんも正直俺は呼びたくない」
「あー…そう?じゃあなんでもいいよ。嶺二とかでも!」
「…兄さん。でいい。」
「…黒斗!!なんていい子!」
ちょっと前まで落ち込んでいたくせに途端に大袈裟に言う嶺二はベッドに飛び込んできてその勢いで俺を抱きしめる。あっつ…。こいつが熱いのか?いや、俺の体温か…
「ちょ…風邪うつる」
「黒斗からうつる風邪なら問題ないよ!お兄ちゃんが看病した証だからね」
嬉しそうにするところじゃないだろ。やっぱり変な人だ。そう思い苦笑いを浮かべると嶺二は、あ!と言い放って思い付いたら行動とでも言いたげに俺の額に手を伸ばす。
「…っ?」
「冷えピタ変えよっか」
ぺりっとはがした後鼻歌まじりに離れていく。おかしい、怖くなかった。今までは目を閉じててもびくびくしてしまうほどだったのに…
「はいはい、ちゃちゃーっと貼るからね!あと僕ちん適当に寝間着だすから、それに着替えてね。」
曖昧に返事をしつつ額に冷えピタを貼ろうとする嶺二の手から少し距離を置く。どうしたの?とか怖い?とか気を遣ってくれるのはありがたい。だが、何度やってもそこに恐怖は感じられず、不思議に思いながらおとなしく目を閉じ待機する。
「…」
「…ん?」
ぴと。と冷えピタが貼られたかと思ったが何か別の違和感が額に触れた。俺がうっすらと目を開けると冷えピタを持ったままの嶺二は相変わらずにっこりと笑みを浮かべていて、俺は対抗して作り笑いを浮かべる。
「今何した?兄さん」
「え。えぇぇー?何かなぁー」
とぼけても無駄なのわかってるんだろうか、いや、わかっててやってるとすればさらに意味が解らないのだが。
「…あのな…」
「わかってる!わかってるって!でも、なんか、目の前でこう、目閉じて。なんてさぁ…いわゆる…キス待ち顔?になってたから」
「待ってない」
「っていうか!黒斗はなんでそんな冷静なの!?額だったから!?口じゃないと動揺してくれないの!?」
嶺二が必死に俺の肩を掴み問いかけてくる。これでも結構動揺してるんだが!?急にキスされて動揺しない方がおかしいだろ。悪かったな表情筋が死んでて。
一度落ち着いた嶺二はため息と一緒にううん…と唸りだす。
「口はさすがにまずいと思うが…なんで急にキスしてきたんだ…」
「…え?」
「え?」
「黒斗本当に恋愛感情知らないまま育っちゃったんだ…うわぁ…ええ?嶺ちゃんもしかして純粋な心に泥ぶっかけちゃった?」
1人でぶつぶつと呟く嶺二の心を見ると動揺が顔やら口やら出ていてまぁ見る必要はない。恋愛感情…か。
「兄さん…え?あ、ってことはもしかして」
「う、今猛烈に失恋した気分だからそれ以上僕の心えぐりに来ないで」
「あー…いや…そんな…だって急に?してくるから」
俺もいまだについていけないところがある。嶺二が俺を好きだったとして、それがいつからなのかも気になるし、そもそも思いを伝えないでいきなり額にキスしてくるのも不思議だ。泉との二人三脚と違って事故なんてことはまずありえない。
ともあれ…恋愛感情なんて理解できていない俺に何かする力はないし。とりあえず…
「…元気出してくれ。その…よくわかってない俺が悪かった。兄さん…?」
「うん、うん…。あややんに言わないでね。きっと僕殺されちゃう。」
「言わない。あと、気持ちはありがたくもらっておく」
嶺二を慰めるように頭を撫でてやるとまた抱きしめられる。いや、暑いんだが、割と本気で。
「黒斗は本当にいい子。そして相変わらず博愛主義なんだねー」
「まぁ…他人を平等に見ているつもりだ。」
「きっと、だから黒斗は人に弱味を見せたりしないんだね。言ったでしょ。もっと甘えていいんだよって。」
どうして俺はそう言った人間味のある感情をなくしてしまっているんだろうと昔から考えていた。それこそ…甘えるとか、恋愛感情ももちろん…俺には足りていない。最も心動かされるための感情が俺にはない。
「兄さん、俺は人間らしい人になれるだろうか。」
「もっちのろん!嶺ちゃんに任せて!愛というのがなんなのか!長年生きてきた大人の魅力で教えちゃうよー!」
俺をやっとハグから解放し、ウインクを飛ばしてくる嶺二に呆れるしかない。
「失恋も経験したしな…」
「黒斗って本当鬼!そう思うなら僕と付き合ってくれてもいいのに!」
「シャイニング事務所じゃ恋愛禁止なんだってな…」
「黒斗が僕と付き合ってくれる気になったら恋愛OKなところに移籍しちゃうかもー!?」
「さすがにそこまで想われると恥ずかしいだろ。自分で言ってて照れないのか?」
「黒斗に愛情が伝わるなら万事解決ー」
俺に愛情を教えるにしてもその方法では無駄だと思うんだが…、それでも嶺二の想いはわかるし見える。悪い気はしないのだからこれも一歩進んでいるんだと考えることにしよう。俺がなりたいアイドルに近づけていると信じよう。
「今回の特別合宿が終わって、そのあとにライブがあるんだ。まぁ…学院関連のだが、もしこれたら…来てほしい。」
「そうだね。アイドルはファンや誰か特別な1人でもいい、思いを伝えたいとか、見てほしいって相手がいると輝くんだよ。そのライブでは僕が特別な1人ってことかなー?」
「調子乗るな。…まぁでも、それは頭に入れておく。」
ありがとう、と伝えると真剣な顔でどういたしましてーと返される。その後切り替わったようにぼふりとベッドに寝かされ体温計を渡される。体温計にいい思い出はないんだが…と呟きながら熱を測る。
「愛情…かぁ」
そう口に出したのは俺か嶺二か、熱のあるぼやけた頭では判断することは難しかった。
::Love? Like? don't know yet.
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