彼がステージに上がる時
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9
「ここだっけ?」
「の、はずだ」
出来上がった曲を片手に防音室の前で、俺と蒼空は突っ立っていた。
例の日から一週間後、Trickstarが全員集まるとは聞いたが、まったくどこでどうレッスンを始めるのか何も聞いてなかった俺たちは放課後に入ってから小一時間学院内を歩き回っていた。
疲れきっていた蒼空が、天の救いだ!なんて言ってガーデンテラスにいる転校生を見つけた。もちろん蒼空に場所を聞きに行かせ、今に至る。
「これで間違ってたら恥だぞ。」
と藁にすがる思いでドアを開ける。
「あ!黒斗さんだぁ!」
聞き覚えのある声に安堵する。あぁ、スバルの声だ。
スバルの反応に周りの3人もドアの方を振り返る。
「目良先輩、と…そ、蒼空まで…?」
「久し振り、ほっちゃ…北斗!良い子にしてたかなー?お兄ちゃんがきたからにはもう大丈夫だ!」
「久し振り、です…まさか、帰ってきてるなんて知らなかった」
俺は軽く頭を抱えながら蒼空と北斗のやりとりを見る。まぁいわゆる幼馴染みというやつで北斗と蒼空お互いに良い関係なのだが、見た感じだと真を追いかける時の泉に、蒼空がちょっと似ている。
「…って、なんか曲流れてんのにお前ら何やってんだ?」
「今は、軽音部の双子からもらっためぼしい曲を聞きながら清掃です。」
「…ふーん、あ、じゃあ俺結局2,3曲位でよかったのかよ。くそ零、ちゃんと情報共有しろってのに」
真緒の口から出た双子はよく暇潰しに曲を作っているらしい。
とはいえ、自分たちがステージに上がることは数少ないため、未発表曲も多々あるそうだ。
それをTrickstarに数曲提供し、自分たちに合ったものを貰う、ということらしい。
「えと、もしかして黒斗さん、曲作ってくれたんすか?」
「ん、まぁな。ここ一週間、もともと作ってやろうとは思ってたけど零にも作ってやれって言われたから。5曲、本当は6あればS1でも客が飽きないくらいにはローテーションできるんだけどな。」
「い、一週間で5曲?」
真緒が天才だ…とかなんとかぼそりと呟くと同時に真緒の後ろからひょこりと顔を出す真。その目はきらきらと輝き俺に対する期待の眼差しとなっている。
「黒斗さん、歌ったんですか?」
「ん、まぁ、聞き流しやすいように。一応これ歌詞な。枚数あるからかさばるだろうけど。データ、今から移せるか?」
「もちろんです!…あと、個人的に貰っても良いですか?事務所の許可とか要ります?」
「…あー、別に」
適当に返事をすると嬉しそうにデータを受け取りパソコンへと駆けていく真。その様子を無心で見つめていると真緒が遠慮気味に声をかけてくる。
「真って、黒斗さんの事好きなんすかね」
「…お前どっからそんな発想沸いてくるんだよ。俺が好きなんじゃなくて俺の声が好きなんじゃないのか?つっても、滅多に歌わないからレアに見えるだけで…」
「でも、あんなに嬉しそうなの見たことないですよ。俺は親の影響で黒斗さんのこと知って、でも俺まだ小さかったから何だかんだ黒斗さんの実力、知らないんですよね」
実力。それはアイドルとしてなのだろうか、それともモデルとしてなのか。いずれにせよ今の自分はステージに上がらないため証明できない。だが、
「ここでなら、実力を見せれる気がするな」
「え?」
「蒼空、お前その格好で踊れるか?」
「んー?何急に、別に制服だろうとなんだろうと踊れるよ。俺たちユニット衣装スーツの時もあるじゃん」
今は蒼空も俺も2人揃って制服だ。
動き辛い可能性は大だが、できないことはない。それに曲調も青春ばかりだし、制服の方が似合うかもしれない。俺たちのユニット衣装は大人っぽいのばかりだし新鮮か。
「蒼空、アイドルするか?」
「えっ…する!」
目を見開いて今にも飛び込んできそうな勢いで蒼空は飛び跳ねる。
新曲を作る時、一緒に踊ってるのにも関わらずこんなに嬉しそうにされるとどこかむず痒い。
「黒斗さん!?踊るんですか?」
俺と蒼空のハイタッチを見ると真がぎょっとした顔で俺を見る。なんだ屍が踊り出した時みたいな顔しやがって。
しかしその言葉を皮切りにスバルが俺と蒼空の前に座る。続いて俺の横にいた真緒もスバルの後ろに立つ。
「黒斗さんとホシノ先輩の躍り見たい!!真っ正面!特等席!」
「実力、見せてくれるってわけか!」
「いつもおちゃらけてる蒼空の躍り、勉強させてもらおう」
恐らく蒼空にしばらく顔を会わせていない北斗は憧れの眼差しで蒼空を見る。
蒼空は既にスイッチが入っているのかひらひらと手を振りファンサービスをしている。俺はそういうの、そもそも知らないけど。
「えっと、じゃあとりあえずこれ、掛けて良いですか?」
「何でもこーい!努力の天才とノリの天才に不可能はないよ!黒斗と一緒に躍るの、それを誰かに見てもらうのは初めてだ!」
「躍るのは家で良くやってるだろ。つうかちゃんと躍れるよな?アドリブとかいれんなよ。これがこの曲の振り付けだってのも教えんのもあるんだからな。」
固いなぁー。なんて愚痴をこぼされたがもうこの際気にしない。何より曲が掛かったのだから私語はできない。
スポットライトもないし、ステージもない。前を見れば全身が映る鏡と、Trickstarの4人。真緒に実力と言われた時、少し腹が立ったのは事実。
自分で言うのもなんだが、レッスンもしっかりやっているし蒼空と家で踊るときもお互いがお互いを褒めるほど実力はある。
それを知られていないのがむかついた。俺はこんなに上手いんだがなぁ。なんて、そう思ったら見せつけたくなるもので、ここに過激なファンはいない。女もいない。なら踊れる。そんな馬鹿らしい思考回路だった。
まぁ実際、躍ってみて、歌ってみて、良かったと思うのと悪かったと思うのがある。
「黒斗…大丈夫か?」
「いっ、てぇ…」
歌ってる途中から左目がずきずきとしていたのだ、奥の奥を針で刺されたような。気にしないで無視していると終わり頃には痺れたような、いや…あれは、刺された時と同じ…。
「黒斗、痛い思いをしてまで俺と躍ってくれてありがとう。」
「別に。礼なんていらない、俺の自己満足だからな」
「でも俺を誘ってくれたのは嬉しかった。誰かの前で、俺と躍ろうと思ってくれて」
躍り終わった後、みんな揃えて拍手をしてくれた。真は大袈裟にも抱きついてきて泣いて、今も格好良いと言ってくれた。たしか最後に躍ったのを見てもらったのはいつだったか。
ずきずきする左目を隠そうとレッスン室の隅に座った時転校生が入ってきて、女を見てフラッシュバックしたのか左目の痛さが異常だった。
叫んだとまではないと思うが、蒼空が俺の声に反応して駆け寄って来て今の今までずっと慰めてくれている。
「あー、せっかく良いとこ見せようと思ったんだがな。逆効果だ」
「黒斗の実力はみんな納得してたよ。躍りもさっき教えたしさ、あとは黙って見てよー?」
「まぁ、それもそうだが。蒼空、後で何か奢ってやる、俺の看病とあいつらに振り付けを教えてやってた分」
「奢られるよりその左目が心配」
心配なんて珍しいな。なんて苦笑いを浮かべながら蒼空を見ると視界の隅で転校生が近づいてきているのが見える。何か、持っている。
「待ってて」
そんな軽い一言を告げて蒼空が立ち上がる。
多分必要以上に俺に女を近付けないように、自分から向かっていったんだろう。
「あいつは本当、変なところで気が利く…」
俺の呟きは聞こえていないようで、遠くから、クッキーと板チョコどっちが良い?なんて声を掛けてくる蒼空。クッキーは見たところ手作り、板チョコは市販の物のようだ。迷うことはない。
予測できた俺の返答に転校生が僅かに眉を下げたが、残念ながら俺には手作りクッキーなんてハードルが高すぎる。
「やっぱり、黒斗の女嫌いが気になってしょうがないなー」
「それは、克服しろってことか?」
チョコを受け取りながらの問いかけに目を逸らす蒼空に納得する。気になるのは昔話か、と。ここ最近やたらと俺の昔話に繋がる出来事が起きるせいかあの忘れやすい蒼空がなかなか忘れてくれないのだ。今なら言えそうな気もするが、何かもう一押し必要な気もしてお互い沈黙に包まれたままチョコを口にした。
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「ここだっけ?」
「の、はずだ」
出来上がった曲を片手に防音室の前で、俺と蒼空は突っ立っていた。
例の日から一週間後、Trickstarが全員集まるとは聞いたが、まったくどこでどうレッスンを始めるのか何も聞いてなかった俺たちは放課後に入ってから小一時間学院内を歩き回っていた。
疲れきっていた蒼空が、天の救いだ!なんて言ってガーデンテラスにいる転校生を見つけた。もちろん蒼空に場所を聞きに行かせ、今に至る。
「これで間違ってたら恥だぞ。」
と藁にすがる思いでドアを開ける。
「あ!黒斗さんだぁ!」
聞き覚えのある声に安堵する。あぁ、スバルの声だ。
スバルの反応に周りの3人もドアの方を振り返る。
「目良先輩、と…そ、蒼空まで…?」
「久し振り、ほっちゃ…北斗!良い子にしてたかなー?お兄ちゃんがきたからにはもう大丈夫だ!」
「久し振り、です…まさか、帰ってきてるなんて知らなかった」
俺は軽く頭を抱えながら蒼空と北斗のやりとりを見る。まぁいわゆる幼馴染みというやつで北斗と蒼空お互いに良い関係なのだが、見た感じだと真を追いかける時の泉に、蒼空がちょっと似ている。
「…って、なんか曲流れてんのにお前ら何やってんだ?」
「今は、軽音部の双子からもらっためぼしい曲を聞きながら清掃です。」
「…ふーん、あ、じゃあ俺結局2,3曲位でよかったのかよ。くそ零、ちゃんと情報共有しろってのに」
真緒の口から出た双子はよく暇潰しに曲を作っているらしい。
とはいえ、自分たちがステージに上がることは数少ないため、未発表曲も多々あるそうだ。
それをTrickstarに数曲提供し、自分たちに合ったものを貰う、ということらしい。
「えと、もしかして黒斗さん、曲作ってくれたんすか?」
「ん、まぁな。ここ一週間、もともと作ってやろうとは思ってたけど零にも作ってやれって言われたから。5曲、本当は6あればS1でも客が飽きないくらいにはローテーションできるんだけどな。」
「い、一週間で5曲?」
真緒が天才だ…とかなんとかぼそりと呟くと同時に真緒の後ろからひょこりと顔を出す真。その目はきらきらと輝き俺に対する期待の眼差しとなっている。
「黒斗さん、歌ったんですか?」
「ん、まぁ、聞き流しやすいように。一応これ歌詞な。枚数あるからかさばるだろうけど。データ、今から移せるか?」
「もちろんです!…あと、個人的に貰っても良いですか?事務所の許可とか要ります?」
「…あー、別に」
適当に返事をすると嬉しそうにデータを受け取りパソコンへと駆けていく真。その様子を無心で見つめていると真緒が遠慮気味に声をかけてくる。
「真って、黒斗さんの事好きなんすかね」
「…お前どっからそんな発想沸いてくるんだよ。俺が好きなんじゃなくて俺の声が好きなんじゃないのか?つっても、滅多に歌わないからレアに見えるだけで…」
「でも、あんなに嬉しそうなの見たことないですよ。俺は親の影響で黒斗さんのこと知って、でも俺まだ小さかったから何だかんだ黒斗さんの実力、知らないんですよね」
実力。それはアイドルとしてなのだろうか、それともモデルとしてなのか。いずれにせよ今の自分はステージに上がらないため証明できない。だが、
「ここでなら、実力を見せれる気がするな」
「え?」
「蒼空、お前その格好で踊れるか?」
「んー?何急に、別に制服だろうとなんだろうと踊れるよ。俺たちユニット衣装スーツの時もあるじゃん」
今は蒼空も俺も2人揃って制服だ。
動き辛い可能性は大だが、できないことはない。それに曲調も青春ばかりだし、制服の方が似合うかもしれない。俺たちのユニット衣装は大人っぽいのばかりだし新鮮か。
「蒼空、アイドルするか?」
「えっ…する!」
目を見開いて今にも飛び込んできそうな勢いで蒼空は飛び跳ねる。
新曲を作る時、一緒に踊ってるのにも関わらずこんなに嬉しそうにされるとどこかむず痒い。
「黒斗さん!?踊るんですか?」
俺と蒼空のハイタッチを見ると真がぎょっとした顔で俺を見る。なんだ屍が踊り出した時みたいな顔しやがって。
しかしその言葉を皮切りにスバルが俺と蒼空の前に座る。続いて俺の横にいた真緒もスバルの後ろに立つ。
「黒斗さんとホシノ先輩の躍り見たい!!真っ正面!特等席!」
「実力、見せてくれるってわけか!」
「いつもおちゃらけてる蒼空の躍り、勉強させてもらおう」
恐らく蒼空にしばらく顔を会わせていない北斗は憧れの眼差しで蒼空を見る。
蒼空は既にスイッチが入っているのかひらひらと手を振りファンサービスをしている。俺はそういうの、そもそも知らないけど。
「えっと、じゃあとりあえずこれ、掛けて良いですか?」
「何でもこーい!努力の天才とノリの天才に不可能はないよ!黒斗と一緒に躍るの、それを誰かに見てもらうのは初めてだ!」
「躍るのは家で良くやってるだろ。つうかちゃんと躍れるよな?アドリブとかいれんなよ。これがこの曲の振り付けだってのも教えんのもあるんだからな。」
固いなぁー。なんて愚痴をこぼされたがもうこの際気にしない。何より曲が掛かったのだから私語はできない。
スポットライトもないし、ステージもない。前を見れば全身が映る鏡と、Trickstarの4人。真緒に実力と言われた時、少し腹が立ったのは事実。
自分で言うのもなんだが、レッスンもしっかりやっているし蒼空と家で踊るときもお互いがお互いを褒めるほど実力はある。
それを知られていないのがむかついた。俺はこんなに上手いんだがなぁ。なんて、そう思ったら見せつけたくなるもので、ここに過激なファンはいない。女もいない。なら踊れる。そんな馬鹿らしい思考回路だった。
まぁ実際、躍ってみて、歌ってみて、良かったと思うのと悪かったと思うのがある。
「黒斗…大丈夫か?」
「いっ、てぇ…」
歌ってる途中から左目がずきずきとしていたのだ、奥の奥を針で刺されたような。気にしないで無視していると終わり頃には痺れたような、いや…あれは、刺された時と同じ…。
「黒斗、痛い思いをしてまで俺と躍ってくれてありがとう。」
「別に。礼なんていらない、俺の自己満足だからな」
「でも俺を誘ってくれたのは嬉しかった。誰かの前で、俺と躍ろうと思ってくれて」
躍り終わった後、みんな揃えて拍手をしてくれた。真は大袈裟にも抱きついてきて泣いて、今も格好良いと言ってくれた。たしか最後に躍ったのを見てもらったのはいつだったか。
ずきずきする左目を隠そうとレッスン室の隅に座った時転校生が入ってきて、女を見てフラッシュバックしたのか左目の痛さが異常だった。
叫んだとまではないと思うが、蒼空が俺の声に反応して駆け寄って来て今の今までずっと慰めてくれている。
「あー、せっかく良いとこ見せようと思ったんだがな。逆効果だ」
「黒斗の実力はみんな納得してたよ。躍りもさっき教えたしさ、あとは黙って見てよー?」
「まぁ、それもそうだが。蒼空、後で何か奢ってやる、俺の看病とあいつらに振り付けを教えてやってた分」
「奢られるよりその左目が心配」
心配なんて珍しいな。なんて苦笑いを浮かべながら蒼空を見ると視界の隅で転校生が近づいてきているのが見える。何か、持っている。
「待ってて」
そんな軽い一言を告げて蒼空が立ち上がる。
多分必要以上に俺に女を近付けないように、自分から向かっていったんだろう。
「あいつは本当、変なところで気が利く…」
俺の呟きは聞こえていないようで、遠くから、クッキーと板チョコどっちが良い?なんて声を掛けてくる蒼空。クッキーは見たところ手作り、板チョコは市販の物のようだ。迷うことはない。
予測できた俺の返答に転校生が僅かに眉を下げたが、残念ながら俺には手作りクッキーなんてハードルが高すぎる。
「やっぱり、黒斗の女嫌いが気になってしょうがないなー」
「それは、克服しろってことか?」
チョコを受け取りながらの問いかけに目を逸らす蒼空に納得する。気になるのは昔話か、と。ここ最近やたらと俺の昔話に繋がる出来事が起きるせいかあの忘れやすい蒼空がなかなか忘れてくれないのだ。今なら言えそうな気もするが、何かもう一押し必要な気もしてお互い沈黙に包まれたままチョコを口にした。
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