ロノくん
とある朝ー
「……」
キッチンにいる彼を見つめる。真剣な表情でフライパンを振るいながら料理を炒めている。バスティンは材料でも取りに行ってるのかな。
彼…ロノを廊下から覗き込んでる私自身もすごく眠いくらいにロノの朝は早い。13人+私とムーのご飯を作るんだからそりゃ早いよね。
「…ふわあ…」
ロノが大きなあくびをする。
フライパンを持つ手に力が抜けたのか一瞬でバランスを崩したフライパンがロノの手から離れた。私が声をあげるよりも先にフライパンが床へと落ちて驚いたロノが焦って拾い上げる。
「あっちぃ!」
『ロノ!?』
持ち手の上の方を持ったのか熱い部分に触れてしまったようだ。
苦痛に顔をゆがめるロノに駆け寄るとロノがこちらを見た。
「主様!どうしたこんな朝早くに…っていうか見られちまったのか」
『大丈夫?!すぐ冷やして!!』
ロノの腕を掴んでシンクの蛇口をひねって水を出した。
引っ張られるロノはされるがままに私の動きに合わせてシンクの方へと来た。火傷で少し赤くなった部分に水を当てる。
「火傷なんてしょっちゅうですよ主様」
『もう!何回したって痛いものは痛いでしょ!』
「へへっすんません主様」
とある昼ー
「バスティン、今日こそは決着つけてやる」
「できるものならやってみろ」
「ッケ、余裕ぶっこきやがって…!!うらぁああ!!!」
ロノがバスティンに突っ込んでいく。大剣をかまえたバスティンがそれを迎え撃つ。ふたりの武器がぶつかり合うとけたたましい音がした。
少し離れたところから見ているハウレスはやれやれと言った表情で傍観している。今日はもう止めることをあきらめたようだ。
ふたりはお互いの体力が底を尽きるまで剣を交えあった。大怪我こそはしていないが本気でぶつかり合ったため傷は負っていた。
「はぁ……はぁ…くそっ…」
「…ふんっ。もうバテたのか」
「んだと…俺はまだまだだっつの。…お前こそ肩で息してんじゃねぇか」
「剣はまだ振るえる。諦めろ」
武器を握りなおしたロノが足に力を込めたのがわかった。
『ロノ…!』
明らかに体力が尽きてるのも、疲れで正常な判断ができていないのもずっと見てきた私にはわかる。これ以上続けても怪我につながってしまう。制止しようと声を上げた時、私の視界に2人以外に動くものが見えた。
「そこまでだ。ふたりとも」
「…ぐっ…ハウレスさん」
「邪魔、すんなハウレス!」
ふたりの間でふたりの武器を受け止めたハウレス。
驚くバスティンと怒るロノ。そんなふたりをハウレスが弾くと不意を突かれたふたりは急な反動に対応できずのけぞってそのまま倒れ込んだ。
「…くそっ」
『ロノ!!バスティン!!!』
「…主様」
私が駆け寄ると3人がいっせいにこっちをみた。
「主様。こんにちは。トレーニング見てくださっていたんですね」
『あ…うん。いつもと違う光景が見えたから…』
「ふたりがまた喧嘩をし始めたので今日は思い切ってぶつけさせようと思ったんです。心配をかけてしまったようですね。申し訳ありません」
『怪我…大丈夫そう?』
「はい。多少は切ってしまっていると思いますが日常に支障がでるほどではありません。一応ルカスさんには診てもらいます」
『うん、お願い』
ハウレスと話しながら横目にロノを見る。悔しそうにうつむいている。その手はギリギリと武器を握りつぶしそうなほどに力が込められていた。
『私も、巡回が終わったらルカスのところに行くよ』
「わざわざありがとうございます。…ふたりとも、ルカスさんのところにいくぞ」
夕方ー
コンコンッ
「おや、誰かな」
『私!』
「こんにちは、主様。ふたりのお見舞いかな?」
『うん。一応確認しに』
ルカスが部屋の扉を開けて私を招き入れる。消毒や薬の匂いが漂うこの部屋はいかにも医務室といった雰囲気。
椅子に腰かけるバスティンは居眠りをしている。ロノの姿をキョロキョロと見回すとベッドに腰かけているロノがみえた。
『ロノ…』
「…ああ、主様。こんにちは」
心なしか少し元気が無いロノ。笑っているけれど表情には影が見える。
ルカスがそっと私の背中に手を当て押した。ルカスにはロノに元気が無い原因をわかっているのだろうか。
「バスティンくんはもう大丈夫そうだから部屋まで送り届けてくるよ。バスティンくん起きて」
そう言ってルカスはバスティンを起こして部屋を出て行った。
取り残された私とロノ。とりあえずベットの横にある椅子に腰かけてロノの方を見た。
『大丈夫?』
「すみません主様。怪我は大丈夫なんすけど、身体を休めなさいってルカスさんが言ってて…」
『うん、ロノはずっと頑張りすぎてるから休めるときに休もう?』
「でも俺…もっと努力しないと。勝負でもバスティンに勝てない。ハウレスにもボスキさんにも勝てなくて……料理だって俺が好きだからしているだけで…料理ができる執事なんて他にもいるんです…。俺は、他の執事に負けたくない…だから頑張ってるけど…」
『ロノ…』
「俺は、中途半端な努力しかできてない…」
『ねぇ、ロノ。私の世界にある言葉なんだけど…「努力に勝る才能なし」っていう言葉があるの』
「努力に勝る才能なし…?」
『うん、言葉の通りなんだけどね。目標のために努力ができる人は生まれつき才能を持った人よりも優れることができるってこと。もともと才能を持っていたって努力をしなきゃそれを生かすこともできないからね。努力で身に着けたものは何者にも負けないよきっと。努力に勝る天才なしとも言うんだけど…』
「良い言葉っすね」
『あはは…他のみんなが努力をしてないとは思ってないけど…ロノの努力は絶対に報われれるからあきらめないでね。ここで折れて努力をやめちゃうことの方が私はもったいないと思っちゃう』
「…ありがとう、主様」
拙い言葉で一生懸命に伝えると、ロノが少し微笑んだ。
いつもの表情まで戻せなかったのが悔やまれるが、ロノにも自分と向き合う時間が必要かな、と口をつむんだ。
『えっと…今日の夕ご飯はバスティンとベリアンと作ることにするね。私も手伝うし』
「…主様!」
椅子から立ち上がる私の腕をロノが掴んだ。驚いてロノの方を見ると彼はじっと上目遣いで見つめてくる。
「…俺と一緒にいてくれませんか…?」
『……え、あ、うん』
彼の声と思えない弱弱しい声に思わず戸惑う。
「なーんて、冗談ですよ主様」
するっとロノの手が離れた。
私はロノの手を追うように両手を伸ばしてそのままロノに抱き着いた。
「主様…?!」
『朝からみんなのご飯作ってトレーニングしてお昼ご飯も夕ご飯も作って…そのうえ天使狩りだってしてるんだから…そんなに自分を貶めないで。私はずっと見てるから…』
「…へへっ。主様にこんなこといわせちゃったら俺ももっと頑張らなきゃだな」
『うんっ』
ロノが笑うと、私も笑った。
やっぱり好きな人には笑っていてほしい。誰よりも笑顔が似合う彼だから。
「主様、これからも俺だけを見ててくれよな」
『…しょーがないなぁ』
「主様が、主様で本当に良かったぜ」
私もこの笑顔を見続けるために努力をしていこう。
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