ベリアン
記憶の中の君
「はぁ…困りましたね…」
眠れない夜は不安が胸いっぱいに広がります。
ベッドから起き上がり、近くに置いてある人形を手に取る。いつもこの人形のおかげで不安が私から遠ざかります。
そして、その人形を胸に抱きながら。私の最愛のお人を思い浮かべます。
「…ふふっ」
最愛の人……主様の笑顔を思い浮かべると、不思議と私の方が笑顔になれます。本当に素敵な笑顔をお持ちの方です。
「明日は…今日よりも主様とお話ができたら嬉しいです」
月に照らされた窓を眺めながら、思わず心の中でつぶやいたつもりがぽつりと口から呟いてしまいます。
こんなにも主様のことを考えていると嬉しくて幸せなはずなのにどうしてかいつも胸が苦しくなります。主様が元の世界に帰られた後のこの会えない時間が本当に泣きそうになるくらい寂しいです。
この気持ちはなんなのでしょう。
「主様。おかえりなさいませ。今日も主様のお顔が見れて…ふふ、嬉しいです」
『ただいま、ベリアン。ほんと、ベリアンの笑顔に私も癒される』
「そう言っていただけて光栄です。本日はどのように過ごされますか?」
主様とこうして会えている時間。後悔しないように大切に過ごします。1分1秒でも時が遅く進んでほしい、そう切実に願いながら。
でも、主様と過ごす時間が大好きなので主様がこの世界にいてくだされば私はもうなにも望みません。
「……。」
またこうして夜が来るといつも辛いです。
星空が綺麗です。でも。きっと、この空は主様の世界とは繋がっていないでしょう。改めて、主様が別の世界の方なのだと実感します。こうして出会えたことが奇跡なのでしょう。
「…いけません…。これからの天使の対策を考えようと外に出てきたはずだったのですが…」
本当に、私は主様のことしか考えられなくなっています。今、何をして何を考えていますか主様。
私は、主様のことを考えてはいろいろな感情が溢れて天使のことなど忘れてしまって今日も眠れそうにありません。
心配しないで下さい。主様のことを考えていると、私は幸せですから。
『あはは!!ロノ、バスティンがまたつまみぐいしてるよ』
「!!あ、こらバスティン!夕ご飯の分が無くなるだろうが!」
「主様、これはつまみ食いじゃない。対価だ」
「お前の対価は量が多すぎんだよ!もっと働け!」
「ちゃんと仕事はしている。もう皮剥くものがない」
「一袋しかしてねーじゃねーか。こっちもだよ」
「む…すぐにやる」
『私にもやらせて~』
キッチンでみんなで夕ご飯の準備をしていると巡回していた主様が見に来てくれました。
ロノくんとバスティンくんのやりとりに楽しそうにしている主様ですが、バスティンくんと並んで一生懸命皮をむいているお姿は先程とは違って真剣な表情で、とても愛らしいです。
この姿を私だけの前で見せてほしい、そう思うのはなぜでしょう。そして、そう思うたびに胸がまた苦しいです。
「…っ………」
ふと主様のいない部屋で主様に語りかけそうになります。
主様にとって、私は執事というだけなのでしょうか
と。そんなこと、口に出してはいけないことだとわかっているはずなのに私のこの鼓動がもう抑えられません。
主様がいないこの空間が、寂しくてたまりません。早く、早く帰ってきてください。そして、このお屋敷で過ごすと言ってくれませんか…?
主様のお部屋には私の記憶の中の主様がたくさんいます。その中から本物の主様を探しては、胸が苦しくなります。
記憶の中の主様になら、私の気持ちを伝えてもいいのでしょうか。
そうしたら主様は私と同じ気持ちだと、言ってくれるのでしょうか。
ああ、主様。私をひとりにしないで。主様がいてくだされば、私は何もいりません。
主様が好きです。
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