ロノくん
「ロノくん、確か今日って例の日でしたよね?」
「へへっ!そーなんです!」
「でしたら、今日は代わりに私がみなさんのごはんを作るのでロノくんは支度をしてきてください」
「べ、ベリアンさんにさすがにそこまでは…!」
「主様を待たせてはいけませんよ。ふふ、しっかり準備を済ませてエスコートをするのが執事です」
「……はい!わかりました!」
『ロノー?』
「主様、こんばんは。ロノなら支度をしに行ったはずだが…」
『ん、バスティン。今日はごめんねロノ借りちゃって』
「いや、ベリアンさんと料理するのも楽しいから俺はかまわない。存分に楽しんできてくれ」
『ありがとう、バスティン。お肉あったら買ってくるね』
「ありがとう」
ロノを探しにキッチンへ来たもののバスティンが夕御飯の仕込みをしているところだった。近くに置いてあるチキンはきっとつまみ食い用だろう。
少しだけ笑ってキッチンを後にする。
『支度ってことは1階の執事部屋かな』
キッチンからそのまま執事部屋へと向かう。部屋が近づくにつれてなにか叫び声が聞こえてくる。扉の前に立つと声はまさに目的の部屋から聞こえてくる。
コンコンッ
「誰ですか!!今ちょっと対応できねぇ!」
『…あ、ごめん…何か仕事でも入った…?』
「あ、主様?!すみません!主様だと思わずに…!」
『んーん…どうしたの?』
「あー…いや…その、主様と出かけるのに支度しようと思ったんですけど…髪型とか服装をどうしたらいいのかがわからなくって…」
『…え?そのことに悩んでたの?』
「そ、そりゃあ俺だって悩みますよ……主様とふたりで出かけるなんて……初めてですから…」
そういえばおつかいについていくのも何をするのにも誰かが一緒にいたりムーがいたりと、ふたりきりって言うのは初めてかもしれない。
私でも気づかなかったことをロノは気づいて意識してくれてることが素直に嬉しい。
『ふふ、じゃあ私がちょこっといじってあげる』
「ほ、本当ですか!主様がしてくれるなら確実ですね!お願いします!」
不慣れながらもロノの髪や服装を少しだけアドバイスして、一段とかっこいいロノが完成した。
こうロノを見ると私は普段の恰好で良いのかと少しだけ悩んでしまう。
ロノはどんな服装が好きなのだろうか。
『ねえ、ロノ?』
「ん?どうした主様?」
『ロノも私の服装選んでくれない?ロノの好みが知りたいな』
「主様の服装ですか?んー…俺は今までのどの服装もとても似合っててどれも俺の好みですね!と、いうより主様が好みだから何を着てもかわいく見えるっていうか……」
『……』
「わわわ!!!お、俺は何を言ってるんですかね?!えーと!も、もう夏祭り始まっちまうんで街に向かいましょう!」
無意識でロノの言った言葉に顔から火が噴く私にロノも顔を真っ赤にしてごまかしている。
そのままぎこちなくふたりで玄関に向かい、街に向かって馬車が動き出した。
「えと、さっきの俺の言葉は気にしないで良いっすからね!そう、その、主様が魅力的すぎるんです」
『あ、ありがとう…褒めてもらえるとすごく嬉しいな』
精一杯の笑顔でロノの方を見る。馬車で向かい合ってこうやって話しているとまるでお見合いのように見える。
ロノのこういう嘘の吐けない素直なところが本当に好きだな、と思える。それに対して私はなかなかロノに自分の気持ちが伝えられずにいる。
好きなところも、いつも助けてもらっていること、たくさん伝えてあげたいのに。
「お、さっそく街が見えてきましたね」
『わあ…!やっぱりお祭りは派手にやってるんだね』
「どの大陸よりもにぎわってる祭りだと思いますよ。ここの街は特に」
色とりどりの装飾に賑やかな音楽、各所から集まっている人たちに笑い声。
街の近くに馬車を止めて外に出るとなお、お祭りの雰囲気が伝わってくる。
『ロノ!行こう!』
「おう!俺も楽しみだ!」
元気いっぱい祭りの人混みに突っ込んでいろいろなお店を見て回る。
見世物を二人並んで笑いながら見て、あっちの世界で見たことない飲み物や食べ物に興味津々でいるとロノが買ってくれてそれをふたりで味わってはまたふたりで笑いあった。
『あー!すっごいなぁ!笑い疲れたし、お腹も一杯!』
「へへっ!結構歩いて回ったからな!俺も良い料理レシピの参考になったぜ!」
『これでもまだ街の半分くらいだよね。本当に大きい祭りだねぇ』
「全部まわろうとしなくても大丈夫っすよ。一部は飲み屋街のオススメしないところもありますし」
『治安でも悪いの?』
「そうっすね。度々騒動起こしてますし、女性はまず近寄らないです」
『そっか。じゃあまた引き返したらちょうど花火の時間になるかな』
「そうですね、良い感じになると思いますよ!」
ロノと花壇の端に並んで座って休憩をしながらそんな話をする。
食べかけのお菓子をかじりながらロノの方をちらっと見る。満足そうに笑うその横顔に思わず顔がにやける。
平凡な日常のロノも良いが、こういう特別なときに見ると特別に見えてしまうのはしょうがのないことだよね。
自分の気持ちを伝えるのは今しかないかな。
『ねぇロノ…』
「あ!主様!あそこで劇してるっすよ。題材は俺たちのことらしいみたいだな」
『…あ、本当だね。見てみる?』
「主様が見たいなら俺は全然良いですよ!」
『…ふふ、じゃあ見てみようか』
話は遮られてしまったが、劇を見ている間ぴったりとふたり隣に並んでみた。肩が触れ合って腕も絡めてみようと思ったが劇に集中できなさそうなのと勇気が出なかった。
「ー--というように悪魔執事は街を天使から守ってくれます」
「へぇ~なかなか忠実に作られてんな」
『ね、クオリティも高い』
「ですが裏では悪魔執事はこの国の貴族たちを脅し、横暴かつ偉そうに振舞ってはその権力を振りかざしているのです」
『え……』
「んだと…!」
『ロノ、待って…!』
途中まではとてもよくできた劇だったが、一変して劇はとても不穏な雰囲気を醸し出していた。
客である街の人たちもざわざわしている。
ひそひそ…
「確かに貴族の人たちも悪魔執事をよく思っていないわよね…」
「街を守っているからって何様なのかしら…」
「家族を失った人たちもたくさんいるというのに…」
街の人たちの言葉が胸に刺さる。敵意のこもった言葉だった。
「ふっはっはっは!我々は天使を倒せればいい!!!!街の被害など知るか!」
劇中の悪魔執事役の人が声高らかにそんなセリフを言っている。
「悪魔執事よ!!どうかこの国のために犠牲者を減らしてはくれませんか!!」
「今日もまた家族を失った住人もいるのです!!」
貴族役の役者が懇願するポーズでそんなセリフを言う。
ひそひそ…
「悪魔執事はやはり人の心など持っていないのだわ…」
「悪魔と言われるだけあるわ」
隣に立つロノのこぶしが強く握られ怒りで震えているのがわかる。必死になだめてもおさまってくれるだろうか…。
『ロノ…もう見るのやめよう…あっちに行こう』
「……すみません主様。俺、無理かもしれないです」
『やめてロノ。ここで騒ぎでも起こせばそれこそ劇の中の悪魔執事そのものよ…』
「……くそ…くそ!」
ロノの背中を押して劇に背を向けて離れる。
背中から悪魔執事を罵倒する声が聞こえる。胸が痛い。お祭りでこんな言葉を浴びせられるなんておもわなかった。
「主様…」
『ロノ…大丈夫?』
街から離れて、森の中を進み、少し開けた崖沿いにきた。ここから街が見下ろせる景色の良いところだ。
前にもここにきて感動した覚えがある。夜のお祭りでライトアップされた景色も言葉を飲むほどだった。
だが、今はそんなことに感動している場合ではない。
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