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ベリアン










今日は、大好きなベリアンと街の夏祭りに来ました。
この日のためにフルーレやナック、バスティンまでもに仕立ててもらった浴衣、下駄、巾着に髪留め…。
今日の私はベリアンのためにいつも以上に気合を入れたからきっと可愛いって思ってもらえるはず…!

約束の時間に玄関の馬車の前で待ち合わせ…。部屋まで迎えに行きますと心配されたけれど夏祭りは待ち合わせがあってこその夏祭り!
それに…この姿でベリアンの元へいきたい。

鏡に映る自分を見る。きゅっと帯で締められた腰。足の可動域が少し不便なところ。浴衣特有の裾の長さ。多分靴擦れして長くはもたない下駄。綺麗にまとめられたお団子にワンポイントの髪留め。
ベリアンも…うなじとか好きなのかな。



「主様、どうですか?」


『ふるーれ…完璧だよ!本当に!ありがとう!大好き!!!』


「わ?!あ、主様…?!今、今なんていいました?!」


興奮のあまりフルーレに抱き着く。こんなにも素敵な浴衣は初めてだよ。
フルーレは私の行動にも言動にも動揺して顔をこれ以上ないくらいに赤くさせて私を引きはがしている。



『えへへ!お祭りのお土産買ってくるからね!』


「わ、わかりましたから!離れて!離れてください!」



少し乱れた髪を整えて改めてしゃきっと立ってみる。フルーレも正常に戻って私の姿を見てにっこりと満足そうに笑っている。
一歩踏み出して廊下を歩く。
カラン コロンと下駄が床を打つ音が鳴る。
自室から玄関へと向かう。約束の時間には少し早いけれどベリアンのことだからきっと早くに集合場所にいるはず。
玄関の扉を押し開ける。



「あ、主様。こんばん……は」



玄関の階段下からこちらを見たベリアンが私の姿を見て固まった。
しばしの沈黙。私も急に緊張してしまってベリアンを見つめて動けないでいた。



「…ハッ。あ、主様…その、今日は…一段と綺麗でいらっしゃいますね。思わず見とれてしまいました。…って私は何を言っているのでしょう…」


『…よかった。変じゃない?』


「ふふ、とても素敵ですよ。似合ってらっしゃいます。エスコート致します。お手をどうぞ」


『ありがとう』


隣にベリアンが立って一歩一歩階段を下りる。ただの玄関から中庭へ降りる短い階段なのにまるでバージンロードでも歩いているかのような感覚になる。



「可愛らしい履物ですね。美しい音を奏でています」


『私の世界の夏祭りの衣装なの。これを着るとお祭り気分がさらに増すの』


「ふふ、今日を楽しみにしてくださってくれたんですね。主様が楽しめるように私も頑張りますね」



ベリアンと一緒に馬車へ乗り込む。
馬車に揺られて夏祭りの会場まで行くまで、ベリアンの視線は私にむけられていたが、外の景色を見て気づかないふりをした。どう思われているか気になるけど、ベリアンの視線を独占できている事実に顔がにやけてしまいそうなくらいに嬉しかったから。









そんなことを考えていると賑やかな街の音楽が聞こえてきた。
窓にほっぺをくっつけて前方を覗き込むと色とりどりのライトアップされた装飾が目に入る。
世界が違くてもお祭りの華やかさ、雰囲気は変わらないんだなとほっとしてしまう。



「ふふ、主様、馬車が揺れて怪我をしてしまいますのでもう少し我慢してくださいね」


『…あ、ごめんごめん』


これでは子供と変わらない。少し恥じながら椅子に座りなおす。
程なくして馬車は揺れを止め、それを確認したベリアンが先に馬車から降りて私に手を差し伸べた。



「主様、お手をどうぞ」


『ありがとう』


ベリアンの手を取って街へ降り立つと目の前はお祭りで浮かれた雰囲気でいっぱいだった。
目を輝かせていろいろなところをキョロキョロと見てしまう。



『ベリアン!早く見て回ろう!』


「ふふ、かしこまりました」


思わずベリアンの手を握って引っ張る。
屋台、射的屋、お菓子屋さんに、見世物、なんでもある。
今日だけで見切れるかわからないほどに街全体で行われているお祭りだそうだ。



『…!ベリアン、あれ食べてもいい?』


「あれは…りんごですか?」


『私の知っているものならりんご飴っていう甘くて美味しいものだと思う!』



1つの屋台に近づくと、半分にカットされたりんごに串が刺さってそのりんごの周りに飴がコーティングされている。
透明な飴が綺麗でまるで宝石のようにも見える。



「らっしゃい、嬢ちゃん。りんご氷買うかい?」


『りんご氷?』


「おや、知らないのかい?よその子かな?りんご氷はこのお祭りの名物でね、凍らせたりんごのように見えて甘くて美味しいお菓子なんだよ」


『ふふ、ありがとうおじいさん。りんご氷をひとつください』


「まいど、大きいから後ろの彼氏さんと一緒に食べたらいいよ」



そういって店主のおじいさんはベリアンを見てほほえんだ。ベリアンは弁解しようと慌てふためいているが私を見て顔を赤くしたまま黙った。



「お祭り楽しんでね」


『ありがとう』


「……わ、私たちは、周りの人からこ、恋人…のようにみえているんですね…」


『ベリアンだと気づかなければそうかもしれないね』



りんご飴の屋台から離れると恥ずかしそうにそういうベリアン。私は嬉しさで顔がにやけているのをりんご飴で隠しながら歩く。
おじいさんから間違えられたのも、ベリアンが無理矢理弁明を押し通さなかったのも、全部嬉しい。



「さ、さて次はどうなさいますか?」


『ベリアンはお腹空いてる?のど乾いてる?』


「いえ!私はお屋敷ですませて……いえ、私も少しお腹がすいてしまいました」


『ふーん…?じゃあ…どうしようっかな』



何を言い直したかは周りが騒がしくて聞こえなかったが、周りを見回してみる。りんご飴をちまちま舐めながら見ていると、ひとつの店に目が留まった。



『あれなんだろ?』


「あれは…飲み屋街の出店ですね。あまりよろしくない雰囲気なのでオススメはいたしませんね」


『ふーん、こういうのもあるんだね』


ベリアンが視界を遮るように私の前に立った。
これ以上は興味を持ってほしくなさそうだったので違う方を探すことにした。



「…おいあれ」


「なんでこんなところに悪魔執事が…」


「まさか天使でも出たのか?」


「いや、祭りが続いてるってことはちげぇな」


ヒソヒソと先ほどの方向からこちらに敵意を向けられているのに気づいた。
バンッと大きな音がして思わず振り返ると、飲み屋街の方で机を派手に蹴り飛ばした男がこちらを見ていた。その取り巻きも5人ほど後ろに控えている。



「まずいですね…私のことがバレてしまったようです」


『騒ぎになるかもしれないね』


「主様。ここはいったんひきましょう」



ベリアンが私の手を引っ張って走り出す。
後ろから怒声が聞こえて追いかけてくる足音もしてきた。浴衣では走りづらく、ベリアンにとてもじゃないがついていけない。
少し走ったところで下駄の緒が切れてド派手に転ぶ。



「っ主様!」


「っはっは!彼女ちゃんがかわいそうじゃねぇか悪魔執事さんよう?」


「あーあせっかくのお召し物が台無しだねぇ?」


後ろに追いついていた男たちに髪を掴まれて立たされる。
周りの街の住人が関わるまいと傍観している。
男二人係で私の腕を掴み、祭りの会場からそれた路地裏の方へと引きずられる。



『やめて!!!離して!!!』


「主様!!!!」


「おっと、悪魔執事さんは俺たちと拳で語り合おうや。…ま。あんたがこっちを殴れば愛しの主様も無事じゃないだろうけどな」


「ぎゃははははは!!!祭りで思わぬ収穫だぜ!!!」


「いいんだよ、こいつらも誰かを失えばもっと天使狩りを全うしてくれるだろ。俺たちだってたくさん失ってきたんだ」


「こんな祭りに顔を出してないで、もっと天使を真面目に狩れよ悪魔がよ!!!!!」



ガッッッ


『…っ!!!ベリアン!!!!』



男が言葉とともにベリアンの顔を殴る。苦痛の表情をしてベリアンが男を睨む。
いつもは優しく微笑むベリアンが怒っている。



『この…!離せ!!!』


「嬢ちゃん、おとなしくしている方が身のためだぜ」


「大丈夫だ、痛くはしねぇからさ」


『この…ゲス共!!!』



思いっきり力を込めて振りほどく。一瞬隙が生まれて彼らの手から逃れることができた。
それを見逃さずに全力で男たちから逃げる。



「てめぇ!!!」


「逃がすな!!!」



反応が遅れた男たちが追いかけてくる。
ベリアンに手を伸ばす。私に気づいたベリアンも私に手を伸ばす。私がベリアンの元にいればベリアンも動きやすくなるはず。そう願って伸ばした手は、髪を引っ張られる力によって空を切った。


『いったい…!』


「へへ…もう逃がさねぇぞクソアマ…」


「ねぇ、主様になにをしているのですか?」



突如周りの空気が5度ほど下がった気がする。
聞き覚えのある声に髪を引っ張られる痛みをこらえながら上を見上げると。



「私の大切な主様に何をしているのか聞いていますけど、汚らしい豚のようなあなた方には人間の言葉を理解することもできないのでしょうか?」


「は…?てめ…誰だ!」


「喋らないでもらえますか?豚の汚い口から汚いつばがでるじゃないですか」


『ら、ラト…!』


「主様、すぐにこの豚どもを消しますから。ご安心ください」


声の正体はラトだった。発作は出ていないようだけれど、このままでは少しどころかまたまずいことになりそうな予感がしてならない。



「クフフ…すぐに壊れないでくださいね」



そのあとのことはあまり覚えていない。ラトのおかげで男の手から解放された私はベリアンと一緒にその場から離れ、気づいたら、街が一望できる見晴らしのいい場所まで来ていた。



「主様!主様……すみません…私のせいで…」


『ベリアンのせいじゃないよ…お祭り…残念だったね…』


正直、男たちからにげられた安心感もあるがまだ恐怖感もある。手の震えをベリアンにばれないように袖で隠す。
そのとき、私は自分の姿を見て、慌ててベリアンに背を向けた。



『ご、ごめん…転んだりしちゃったから、すごい汚い格好になっちゃった…フルーレに怒られちゃうかな…』


「主様……お怪我がないか確かめさせてもらってもよろしいですか…?」


『…あー…えっと…帰ってからでも良いんじゃないかな…』


「ダメです、お怪我があれば大変です…主様の怖がることは何も致しません…」



ベリアンが私の前に膝をついて少しだけ遠慮がちに私の手を握る。
そのおかげで月明かりに照らされるベリアンの顔が良く見える。その右頬には痛々しい腫れ痕が残っている。
そっと右頬に指を添えるとピクッとベリアンが反応した。



『…ごめんね、ベリアン』


「主様に怪我をさせてしまったほうが…私は胸が痛いです」


『…ベリアンらしいね』







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