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アモンくん




眠れない夜



「はぁ…なんで寝る前ってトイレに行きたくなるんすかね……」




喉が渇いてキッチンに行く途中にそんなぼやきが聞こえた。
1階の廊下の先にある階段の方から聞こえる。




「暗いっすね…蝋燭も消えかかってるす…」


『アモン?』



廊下を歩き進むと階段を降りきるアモンの姿が見えた。不安そうに身を縮こまらせながら歩いている彼の姿に声をかけるとビクゥッと身体を震わせてこちらを勢いよく振り向いた。



「うわあ?!…あ、主様っすか……」


『…ふふ、夜のお屋敷って不気味だから誰かエスコートしてくれないかなって思ってたんだ。アモンがいてくれてよかった』


「そ、そうだったんすか…!しょ、しょーがない人っすねぇ主様は」



怖がるアモンを気遣って発した私の言葉にアモンはほっと胸をなでおろして引きつった笑いをこちらに向けた。



「では、お手をどうぞ?お嬢様?」


『…ふふっ、ではよろしくお願いしますわね?』


そんなことを笑いながら言い合ってお手洗いの方へ向かうとアモンはそそくさと入っていった。
私も建前でトイレに行くことにしていたから用もなくトイレに入って身だしなみだけ整えて頃合いを見てトイレから出た。



「主様、お部屋に戻りますか?」


『アモンはもう寝る?』


「んー…そうっすね。もう今日の仕事は終わらせましたし」


『そっか。私はこのままキッチンに行ってお水でも飲もうかなって思ってるからこっちに行くね』


「わ!待って!待ってほしいっす主様!」



私がアモンから離れようとするとあからさまに焦って私を呼び止めるアモン。
ちょっとからかうつもりだったけどこんなにも必死になられると逆にもっとからかいたくなっちゃう。



『寝る時間が確保できるなら寝るに限るよっ』


「えーと…そ、そうっす。主様をひとり残して部屋に戻るわけにはいかないっす。これも俺の仕事っすからね!主様に何かあってからじゃ遅いっすからね!」



さすがはアモン。スラスラと理由をあげられてはこれ以上断る理由もない。大人しく負けを認めて笑ってアモンを受け入れるとまたほっとした表情でエスコートをし始める。



「今の時間はまだキッチンにロノがいるはずっす」


『え?まだロノ、料理の研究してるの?』


「ロノは一度始めると気が済むまで没頭するっすからねぇ。それが原因で何回も過労で倒れてるっすよ」


『ええ!』



アモンの話に驚きながら歩いているとキッチンから漏れる光が見えてきた。
光が見えたことに安心してアモンの足が吸い込まれるように早くなっていった。



「ロノ!」


「ん…?あぁアアモンさん。どうしたんですかこんな夜に。いつも怖がってるのに」


「その話を出すってことは…ロノの秘密も話していいって事っすかね…?」


私がキッチンに入る直前、ロノとアモンの話が聞こえた。
口止めまでするなんて本当にぬかりないな。



「主様が寝る前に何か飲みたいらしいっす。何か出せるっすか?」


「おお、それならさっきベリアンさんからもらった寝る前に良いリラックス効果がある紅茶が…あ、これこれ。お湯を沸かす時間があれば作れますよ」


「ありがとうっす。主様、こちらにおかけくださいっす」


「主様、こんばんは!」


『ロノ、こんな時間にごめんね』


「いえいえ!主様のためならかまわないぜ!」



お湯を沸かしながら笑顔でそう言うロノ。調理台には何枚もの紙と調理器具たちが散らばっていた。
アモンの言う通り今の今まで料理の研究をしていたようだ。


「主様、どうぞ!」


『ありがとう、いただきます』


「……」


『な、なに…アモン?』



「いや…主様って何しててもやっぱ…惹きつけられるなぁって思って」



私が紅茶を飲んでいる調理台の隣に腰をかけて腕に顔を乗せてこちらを見上げるアモンの姿に思わず息を飲む。
私にとってはその姿の方が惹きつけられます!と言ってしまいたくなるのを紅茶と一緒に飲み込む。



『寝言は寝てから言ってください』


「顔赤くしてそう言ってもバレバレっすよ主様~」


ニヤニヤとこちらを見るアモン。
いつもの調子を取り戻したアモンにいつもこうやっていじられてしまう。



『私のことはいいからもう部屋に戻っていいのよ?アモン?』


「主様と一緒にいたいからもう少し一緒にいましょ?主様?」


『…本当に、調子いいんだから』



ちなみにロノはまた料理の研究に没頭し始めて私たちの会話は聞こえていないようだ。
そのあとも私が紅茶を飲むのをアモンは見つめ続け、ドキドキしながら紅茶を飲み干した。



『…ふぅ』


「もう飲み終わっちゃったんすか?もっと見ていたかったのに」


『そろそろ寝ないと明日に響くよ』


「もう…主様は肩の力を抜くべきっすよ」


私の飲み終わったティーカップをシンクに運び、洗い出すアモン。
その後姿を見ながら改めてアモンのかっこよさをひしひしと感じる。



『ロノ、ご馳走様』


「…!ぁあ、すまねぇまた没頭しちまった。主様!今日はきっと良い夢が見れますよ!」


『ありがとう、ロノももうそろそろ寝なよ?おやすみなさい』


「はい!おやすみなさい!」



キッチンを後にした私たちはまた薄暗い廊下を歩く。心なしかアモンとの距離が近い気がするのはきっと気のせいじゃない。



「じゃ、じゃあ主様の部屋まで送りますね」


『アモン、無理はしなくていいよ?私を送った後ひとりで2階までひとりで戻るの嫌でしょ?』


「や、やだな~主様、何言ってるんっすか!俺がそんなこと思うわけないじゃないっすか!」


『ふーん?』


「…うっ。疑ってるっすね…で、でも俺も執事である前に男っすよ。主様をひとりで部屋まで返すわけにはいきません。そんなことをするくらいなら苦手なことだってなんでもするつもりっすよ」


『…アモン』


「だから主様は大人しく俺に送られてくださいっす」


『…笑顔引きつってるのに無理しちゃって…』



アモンのこういうところが好きだな。そう思いながら自室までの道のりを歩く。アモンは腹をくくったような顔をしていたが私はずっとクスクスと笑いが止まらなかった。



「じゃあ、主様。夜更かしはダメっすよ?ちゃんとおねんねしてくださいね」


『私にそんなこと言えるのアモンだけよ。気を付けてね』


「おやすみなさいっす」


『おやすみ』



私がゆっくりと扉を閉じると、アモンがため息を吐くのが扉越しに聞こえた。
アモンが歩き出した頃に音を立てないように少しだけ扉を開く。



『わっ!!!!!!!』


「~~??!!」



アモンの後姿に向かって大きな声を出すと彼はジャンプするくらいに身体が跳ねた。
驚いた原因がわかったアモンはバクバクしているであろう心臓を抑えてジトッとこちらを見た。私は笑いがこらえきれずに噴き出した。



「主様…っ!」


『あはは!!!ごめんごめん、少しは気がまぎれるかなって…』


「…この貸しはいつか返すっすからね…」



もう一度おやすみと言って今度こそ自室のベッドに倒れこんだ。
アモンのおかげで今度はぐっすりと眠れそうだ。アモンだからこそこういう関係になれたことに感謝している。
また今度、アモンをからかって遊ぶのもありだな、とこれからくる未来に微笑んで眠りについた。







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