ベリアン
笑顔、言葉遣い、配慮
ッス
「おかえりなさいませ、主様。今日も帰ってきてくださって嬉しいです。ありがとうございます」
『ベリアンさん。ただいまですっ』
「主様、執事である私にさん付けや敬語は要りませんよ。お気軽にベリアンとお呼びください」
『え、あ、えっと…善処します…』
元いた世界で人間関係が苦手だった私。
そんな私が急に13人の執事の主になって数日が経過した。
まだまだひとりひとりの個性についていけずに毎回屋敷に来るのにも相当な覚悟を必要としていた。
「ふふ、主様。本日はどのような気分で過ごされましたか?」
『え…ぁー…うん。変わらず、何もなかった、かな』
「そうですか。平和に過ごされたのなら良かったです。もし、もう少し日常に変化が欲しければお屋敷で過ごされると変わった1日が過ごせると思いますのでぜひ試してくださいね」
『あ、ありがとうございます…』
お屋敷にくるようになったものの、こうやって気さくに話しかけてくれるベリアン以外とは最初の頃以降はあまり話せていない。
少し怖い人も私と真逆の性格の人も、何を考えているかわからない人ともどう接すれば良いかわからず、こうして自室で数十分ベリアンと会話してはすぐに帰っている。
天使狩りも本当は怖くて怖くて行きたくない。死ぬ、というリアリティがあるものに立ち向かう勇気もない。
「主様?」
『え…あ、どうしました?』
「ふふ、敬語は大丈夫ですよ。ぼーっとされていましたのでお疲れなのかな、と思いまして」
『あ…ぁあ、そうなのかな…』
「もし、不安なこととかあれば私で良ければ聞きますよ。なんでもおっしゃってください」
笑顔でそう言われると断わるに断れない。素直にすべてを話すのも気が引けて聞きやすそうなことを口に出してみた。
『…ベリアンさんは…人と仲良くするのに…何か意識してることってありますか?』
「人と仲良くする、ですか?」
『…うん』
「ふふ、そうですね…相手を不快にさせないようにすることですかね。自分と同じ考えや感性の人はいませんから、相手のことを考えて接しているうちにどんどん相手のことを理解して…仲を深めますかね」
『…不快に、させない…』
「例えば、笑顔で話す、汚い言葉を使わない、踏み込みすぎない。これだけできっとお相手に自分の印象は悪く思われないはずです」
『…印象かぁ』
「笑顔は相手に良い印象を与える一番の武器ですし、言葉遣いは自分の品性を上げたり下げたりします。品性が悪い人と一緒にいたいとはあまり思われないと思います。踏み込みすぎない…はお相手にもよるかもしれませんがなんでもかんでも相手に質問したり聞き出そうとしたり、食事に誘おうとしても自分の印象が下がっていくかもしれません。まずは適切な距離で関わってから徐々に縮めていけば自然と仲が深まると思いますよ」
『…ありがとう。ベリアンさんに助言をもらうと、なんだか自信がでてきますね』
「主様は魅力的な方です。少し意識して動けばきっと周りの方もその魅力に気づいてくれるはずです」
『そ、それはないと思います…』
「少々話すぎてしまいましたね…主様、今日はお時間大丈夫なのでしょうか?」
『…うん。少しお屋敷で過ごしてみようかな…』
「ふふ、他の執事達も喜ぶはずです。最初はルカスさんやフェネスくんがいいかもしれませんね」
『ベリアンさんがそんなこと言っちゃうんだ』
「ふふ、主様が話したい方で大丈夫ですよ。ここの人たちは主様に決して危害を加えるような人はいませんからね」
無意識に微笑んでいた私を見て、ベリアンは今までで一番幸せそうに微笑んでいた。
きっとベリアンは気づいていたんだろうな。私が必死に隠していた傷を。
さっき言っていたベリアンが意識していること。それは私に対してもしていたこと。いつも笑顔で、丁寧かつ優しい口調で…。
私に聞きたいことはたくさんあっただろうに、いつも「本日はどのような気分で過ごされましたか?」と聞いてくるだけ。
私はベリアンと一緒にいて不快だと思ったことはない。
そのおかげか、人付き合いが苦手な私でもこうして話せるようになっているのだから、ベリアンは本当にすごい人なのだと思う。
「主様が、前を向いて進めるのならば、私はいつまででもお支えします。だから安心して一歩を踏み出してみてください。主様」
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