ハウレスくん
苦手なこと
「…これは、こうだろうか…」
「ハウレス、なにやってんだよ」
キッチンに見慣れない後姿がある。
その様子をたまたまムーと屋敷を巡回していた私はこっそりとのぞき見していた。
「あの後姿は…ハウレスさんですね」
『うん。家事全般できないのになにしてんだろうね』
ロノに何かをいわれながらぎこちなさそうに手を動かしている。
バスティンの代わりに手伝い?それならベリアンに頼みそうなものだけど…。
「ああ、なにやってんだよ、料理ってのは見栄えも大事なんだぞ」
「わかってる…上手くいかないものだな…」
「いつもあんなに偉そうなのにこんな作業に手間取るとは…」
「ロノ、それ以上言うと明日のトレーニング倍になるぞ」
「おお、こわ」
ふたりとも体格がいいせいで何を作っているのかは全然見えない。
香りはとても良いのだがそれだけで何かはわからない。
「ハウレスさん、いつも以上に真剣ですねぇ」
『…ね。家事の練習かな』
「あーなるほど、そうかもしれませんね」
ムーと覗いていてもわからないし、堂々と中へ入るとムーもそれに続いてキッチンの中に入った。
私の存在に気づいたロノが驚いたようにこちらを見た。
「うお!主様!外にバスティンがいなかったですか!」
『…?誰もいなかったけど?』
「ぐ…あいつはまた…おい、ハウレス」
「…主様、こんにちは…その…」
最初の頃を思い出す。このハウレスの私をどう扱ったらいいのかわからないような照れ隠し。
目を合わせずに言葉に迷っている。久しぶりに見た自信の無さそうなハウレス。
「…お腹は空いていらっしゃいますか?」
『うんうん。何か軽食をもらいにきたの』
「僕もペコペコです~」
「ならよかった。主様、俺が主様のために作らせていただきました。今日のスイーツです」
私の言葉にほっとしたハウレスが、先ほどまで見えなかった調理台から大きな皿に盛られたホールのケーキを私の前に差し出した。
いつもロノの作る綺麗なデザートを見ているから、その見た目はとてもじゃないが綺麗とは言えないものだった。
クリームの厚さは部分的にまばらで、上に乗ってるクリームも綺麗に絞れていない。
『これを…ハウレスが?』
「材料とかスポンジケーキは俺がちゃんと作ってるんで味は大丈夫だ。主様。見た目の装飾とかはハウレスがやったんだぜ」
「ロノ、なんて口の利き方だ。敬語を使え…すみません主様。俺が不器用なばかりに不格好になってしまって」
『いや、すごいよ!ちゃんとケーキになってるよ!』
キッチンに置いてある簡素な椅子を持ってきてケーキの前に座る。
ハウレスが慌てて止めるものムーは調理棚からナイフとフォークを持ってきている。
「あ、主様こんなところで食事だなんて…」
「主様!これをどうぞ!」
『ありがとう、ムー』
ムーから受け取ったナイフでケーキに切れ込みを入れる。一切れ取れるように切ると、それをフォークを使って取り皿にのせる。
いざ、一口口に運ぶ。ハウレスはもう何も言わずに私の様子を不安そうに見ている。
『…うんっ!美味しい、美味しいよハウレス!』
「ほ、本当ですか…?」
「そりゃ俺が作ったからな」
『そうかもしれないけど、いつものロノのデザートとはまた違った美味しさがあるよ。ハウレスの不器用さが良い味出したのかもね』
「あ、主様…」
私の言葉に困ったように笑うハウレス。私の食べる手が止まらず、一口、二口、とあっという間に一切れを平らげた。
正直まだまだ食べれる。
『ロノ、このケーキもうひとつ食べたら…どうなる?』
「そりゃ、幸せな気持ちになれるっすけど、後々後悔しちまうかもな?」
『むぅう……そうかぁ…』
「あ、主様!また、また食べたくなったら俺が作ります、だから気を落とさないでください」
『あははデザート担当が奪われそうね、ロノ』
「な…!綺麗なデザートが食べたかったら俺に頼んでくださいね!」
褒めてもらえて安心したのか嬉しかったのか満足そうに微笑んでいるハウレスに思わず私も笑顔になる。
ロノはそんな私たちに気づかずに必死に自分のスイーツの腕前を話し続けている。
私のために苦手なことに挑戦してくれたハウレスにお礼を言うと、また恥ずかしそうに目を反らした。
残ったケーキはハウレスとアモンとベリアンに配られたらしい。
こっちの世界にも手軽にカメラがあれば永久保存できたのにな、と少しだけ残念に思う。
『ハウレス。今度は私がなにかハウレスのために作るね』
「そ、そんな!主様の手を煩わせるわけには…」
『私がハウレスのために作るのに煩わしい?』
「いえ…そういうわけでは…」
『ふふ、冗談だよ。でもいつも私のために頑張ってくれてるんだからお返しくらいさせてね』
「主様、ありがとうございます」
苦手なことに立ち向かうハウレスの真面目さを私も少しはみならわないとな。
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