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フェネスくん




サマーフェスティバル!




『……笑わないでよ?』


「大丈夫です、笑わないですよ」




部屋の扉のゆっくりと開けて私は廊下へ出る。
外で待機させていたフェネスが目を細めて微笑んでる。だが、私の姿を見て目を見開いて、そのあと頬を赤らめて目を反らした。



『へ、へんかな…』


「いえ!…全然、その、きれいです…」


『ほ、ほんと…?』


「…俺は、今までの主様で今の服装が一番魅力的に見えますよ」


『…っあ、ありがとう…』



私がどうしてこんなにも服装を気にしているのかというと、今日はなんと街で花火大会があるということでフルーレに頼んで浴衣を仕立ててもらったのである。
だがこっちの世界では浴衣がないという事実を知って、服に知識などなかったが頑張ってフルーレに伝えて作ってもらったら本当にフルーレが作ってくれたのである。
そして出来上がった浴衣をフェネスにお披露目しているところって感じです。



「では、行きましょう主様。外はもう暗いので足もと気を付けてくださいね」


『うんっ楽しみだな』


カラン コロン カラン コロン


下駄の音が廊下に響く。
これもバスティンとフルーレが試行錯誤して作ってくれたものである。手先が器用なバスティンがいてくれて本当に良かった。
手を重ねてエスコートしてくれていたが、私は思い切ってフェネスの腕に自分の腕を回してくっついてみた。
急な密着にフェネスは動揺してこちらを見る。私はあえて前を向いてただ歩いた。



「あ、えっと…馬車の用意はできております。お手をどうぞ」



外へ出るまで無言だった私たちは馬車の前に立つとフェネスが馬車の扉を開いてこちらに手を差し伸べた。まだ照れているのか動きがぎこちない。
私は微笑んでフェネスの手を取って馬車へと乗り込んだ。
今日はフェネスが馬車を引くので中は私ひとりである。



『ちょっと…積極的すぎたかな…』



これが浴衣パワーなのだろうか。それとも花火大会だから?
今日は少し勇気を出しても良いんじゃないかな、と思えてしまう自分が不思議でたまらない。けれど今日はフェネスと距離を縮めると決めていたのだ。
でもいざ行動に移すと思ったよりもフェネスの腕の筋肉や緊張して強張ってる身体、私に合わせる歩幅、全てが私に伝わってきてむしろその破壊力に私が耐えきれないっっ
ちらっと御者席に座っているフェネスの後ろ姿を見る。
背が高い分座高も高く、大きく広い背中が逞しさを感じる。




『はぁ……もう、かっこいいな……』




抑えられない感情の代わりに顔を抑えて耐える。
早く街に着かないかな。








「着きました、主様。今扉を開けますのでお待ちくださいね」


『うん、わかった』



御者席から降りたフェネスが馬車の扉を開く。扉から見えるフェネスは穏やかな表情でこちらを見ていた。もう、なんか王子様みたいだなあ、と思わず見とれてしまう。
すっとこちらにフェネスが手を差し伸べる。
お互いに見つめあって手が重ねられる。足場に足をかけて街に降り立つ。
街は賑わいに溢れて、人々がお祭りに浮かれているのがわかる。
色とりどりのランプに、出店の美味しそうな料理の匂い、子供たちのはしゃぐ声に、見世物屋の軽快な音楽。
馬車から降りて目を輝かせて街を見回していると、クスッと笑ったフェネスが腕をこちらに小さく向けた。



『…いいの?』


「こちらのほうが、主様とはぐれなさそうなので…あ、それとも俺とだと嫌でしたか?」


『ううん!ありがとう!』



腕を絡めて身体を寄せる。
またカランコロンと下駄を鳴らしてフェネスとお祭りの賑わいの中へと入った。
もちろんだが、周りは通常の衣服を着ていて浴衣を着ているのは自分だけだった。浮いているような感じもしたが周りの人たちは私たちに目もくれずに楽しんでいた。



「主様、お腹は空いていますか?」


『うーん、そこまで。お菓子とかあれば食べたいかな?』


「かしこまりました。見かけたらみてみましょうか」


『ねえフェネス?ひとつわがまま言ってもいい?』


「どうしました?」


『いまだけ、この、お祭りの間だけ…敬語やめない?』


「そ、それは…ちょっと……難しいかもしれません…」


『へへ、そうだよね。ごめんね!』



期待して聞いてみたものの、本当に困ったような表情を見てしまったら無理強いもできず、お菓子屋さんの出店を見つけて指さしてみた。
フェネスとそのお店に近づいて、子供たちと一緒に商品を眺める。




「お姉さん、お洋服変わってるね?」


「なんか綺麗!」


『え、ありがとう。嬉しいな』


「嬢ちゃんほんとうにきれいだねぇ。なんか買っていくかい?」


『んーじゃあ、この…丸いカステラみたいなのにしようかな…』


「かすてら…?鈴ケーキのことかい?まいど、多めに入れといてあげるよ。隣の彼氏さんとお食べ」


『…っ…あ、ありがとう、ございます…』



出店のおじいちゃんがにっこりと微笑んでフェネスの方を見た。目が良くないのか悪魔執事だということまではわかっていないようだ。
子供たちもお菓子を買って手を振って去っていった。
フェネスは恥ずかしそうに頬を染めて鈴ケーキの入った袋を持ってくれた。



「噴水のところに座れるところがあったはずです。そこでいただきましょう」


『座れる場所が空いてたらいいねっ』


「そうですね、こんなに人がいたら座れる場所を見つけるのも大変そうです」



人にぶつからないように気を付けて歩く。時折避けようとしてフェネスと身体がぶつかる。
噴水広場へたどり着くと、見世物が披露されてるのか人だかりができていた。
フェネスが人だかりから少し離れたところへ誘導してベンチのある場所へまた歩いた。




「運よく空いてましたね。主様、ハンカチをひきましたのでこちらにおかけください」


『ありがとう、フェネスも隣にどうぞ?』


「いえ、私が隣にかけるわけには…」


『隣で立たれていても周りから見たら不自然よ?』


「あ…それもそうですね…」


『はい、どうぞ?執事さん?』


「ふふ、では…失礼します」



フェネスが私と少し距離を開けて横に座った。私はその距離感を見るのが嫌で自分からその距離を縮めた。まぁ、物理的にだけど…。
驚いているフェネスを無視してフェネスの膝元にある鈴ケーキの入った袋を手に取った。彼の肩にもたれかかって袋の中身を取り出す。本当に小さく丸いカステラのような見た目。口に放り込んで味わう。甘すぎずシンプルな味でふわふわした触感がとても美味しい。



「あ、主様……」


『はい、フェネス。お口開けて』


「え、あ、…あの…」


『あーん』



フェネスの肩にもたれながら彼の顔を見つめて口元に鈴ケーキを近づける。私の行動に顔を困った顔をし、頬を赤らめて言葉にならない声を発している。
目を泳がせて意を決したのか目をぎゅっと閉じて…少しだけ、ほんの少しだけ口を開いた。震える唇。



『…(こんなに困らせて、フェネスに嫌われないかな)』


ふと、そんな思いが頭をよぎる。
フェネスのとった距離感で、フェネスから受け取った鈴ケーキをひとりで食べて、美味しいっていえばフェネスは素直に喜んだだろう。


「……?」


考え込んでしまってフェネスの口に入れるに入れれなかった鈴ケーキ。そのことを不思議に思ったフェネスがおそるおそる目を開いた。


「主様…そんなに辛そうな顔をして…どうしたんですか?」


『……え…』


私の表情を見たフェネスが慌てて私に問いかけた。



『…私、今日フェネスのこと…困らせすぎだよね……私が、楽しみたいからって無茶なこと言ってばかりなことにきづいて…』


「あ、あるじさ『フェネス。もう帰ろっか』…主様!」


なんだか泣きそうになってしまってベンチから立ち上がってフェネスに背を向ける。
こんな主で情けなくなってきた。みんなは執事としての距離感、関係を守り続けているのに自分の感情でそれを破ろうとするなんて、なんて私は自分勝手な人間なんだろう。



『……へへ、もうこのお菓子でお祭り満足しちゃった』


「待って!主様!俺は…!俺は主様と、この日を楽しみにしてま…た、楽しみにしてたよ…!」


『…っ』


背中を向けて歩き出した私にフェネスが叫んだ。
フェネスからは、先ほど無茶を言った敬語を取った口調が聞こえて思わず振り返ってしまった。
ベンチからこちらを見るフェネスは今までよりも顔を赤らめていたが、その目は泳ぐことなくまっすぐこちらを見ていた。



「俺は…主様の無茶、好きです…好きだよ。思わず応えてしまいそうになるほど可愛らしい表情に俺はいつも…胸が高鳴ってしまうし…執事なのにこんなことを想ってしまっては主様にも迷惑がかかってしまうといつも…頑張って耐えて…たんだよ」


『…嘘』


「本当は主様と腕を組んで、身を寄せ合って歩くのも嬉しかったし、こうして砕けた口調で話せることも、主様から鈴ケーキ食べさせてもらえるのも……心の底から嬉しかったよ。今もずっとドキドキしていて今にも主様に俺の気持ちを伝えてしまいそうでどうしようもないや」


『…フェネス』


「えっと…だから……俺と、もっとお祭りを楽しんで…花火も一緒に見てくれませんか…?」




不安そうにこちらをみて手を差し伸べるフェネスに駆け寄る。そのまま勢いでフェネスに抱き着くといつもは戸惑っていたであろうに今日は優しく抱きしめ返してくれた。
涙を流して幸せを噛みしめていると、突然大きな音がお祭り中に響き渡った。



ドーンッ



「あ…花火、始まったよ。主様」



『…へへ、にじんでよく見えないや』


「あははっ、主様。泣きすぎですよ」



ボロボロ涙をこぼす私の目元を指で拭ってくれるフェネス。
横にぴったりと並んでくれている彼との距離感が本当に嬉しい。
少しして泣き止んだ私とフェネスはしばらく花火を眺めた。
黒いキャンパスに綺麗な花が空に咲き誇る。眩しいくらいのまばゆい花火に、体の奥底まで響く音。



『こっちの世界の花火もほんっとーにきれいだね…』


「…ええ、本当に」



その時の私は気づかなかった。フェネスが幸せそうな顔で私の方を見てそのセリフを言ったことに。





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