フェネスくん
俺の主様はとても頑張り屋さんで人の痛みがわかる優しい方で、褒めると頬を赤くして照れる可愛らしい方です。俺はそんな主様に特別な感情を隠しつつハウレスと同じくらいに主様の心の支えになれるように日々努力をしています。
正直、ちゃんと力になれているかは自信がありません。俺は人を癒すことも励ますこともできるような人間ではないから。
でも主様はそんな俺でも笑って『ありがとう』といつも言ってくれます。
いつも、俺の方が主様に支えてもらっていてはダメですよね。
今日こそは、主様のために頑張りたいです。
いつもであれば今くらいに主様が帰ってこられるのですが今日はまだ来られないです。忙しいお方なのでお仕事が押してしまっているのでしょうか。
主様には…ちゃんと休んでほしいです。日々、心をすり減らしている主様の姿は俺にとってもとても辛いです。
ッス
「主様!おかえりなさいませ……ってどうされたのですか⁉大丈夫ですか主様!」
主様を出迎える準備をしていると、主様が帰られました。
そのことに嬉しく、笑顔で出迎えましたが、帰ってきた主様は涙を流して表情は曇っていました。
慌てて駆け寄って指で涙を拭いますが、主様の涙は止まりませんでした。
「主様…とりあえず座って落ち着きましょう。俺が話を聞きます」
『…ごめん、放っておいて…』
俺の手を力なくはらうと部屋を出ようとする主様を俺は反射的に腕をつかんで引き止めます。
執事としてこんなことをしてはいけないのはわかっていますが、今ここで主様を引き止めないと後悔することになるんじゃないかと頭をよぎりました。
「主様…!」
『…なに』
「…俺では、頼りないかと思います…でも、俺を頼ってほしいです…主様が日々頑張られて疲れていても負けないといって努力をしていたのを俺は知っています。ため込まずに…俺に吐き出してください」
『…フェネスにだけは言えないの』
そう言って、主様は出ていかれました。
俺は、ショックでその場から動けませんでした。主様が俺を頼ってくれなかったのもショックでしたが、主様に拒絶をされたことが一番つらかったです。
俺には主様を追いかける資格はありません。俺には主様を守ることができない無能です。
こんなにも、自分の無能さを悔やんだことはありません。悔しくて悔しくて…。
その後、屋敷中が騒がしくなり何事かと駆けつけると、主様が屋敷の見張り台から身を乗り出しているのを巡回していたベリアンさんが見つけて止めていたということでした。
泣き叫んで錯乱する主様をベリアンさんとロノでどうにか見張り台から遠ざけたものの、苦渋の判断でベリアンさんが主様を気絶させて場は落ち着いたそうです。
ルカスさんのところへ運ばれたという主様のところへ駆けつけると、ベリアンさんと深刻そうに話しているのが扉の隙間から見えました。
「この様子では…とてもじゃないけどあちらの世界には返しづらい…今回は私たちが止められたけれど…あちらの世界にそういう人が身近にいるのか…」
「そうですね…天使狩りについてきてもらうのもしばらくは控えて屋敷でしばらく過ごしてもらいましょう…」
「…専属はどうしようか。みんなずっと主様のそばで見ていることはできないよね」
「そうですね…今の時期は特に…貴族からまた依頼が押し寄せる時期です」
「…フルーレ…では何かあったときに主様をとめられない…ミヤジが適任だろうか」
「ミヤジさんも今の時期は…孤児院の方で…」
「…そうか…アモンくんは…」
バンッ
「俺が!俺が主様のおそばにいます!」
「…!フェネスくん…」
「フェネスくん…でも君は今までの専属だったから…」
「…今回の件、俺が止められなかったのは本当にすみません…俺が至らないばかりに…でも、俺は!主様を支えてあげたいという気持ちはだれにも負けないつもりです!」
ベリアンさんとルカスさんが顔を見合わせています。
やはり俺では不安なのだろうか。次にふたりから発せられる言葉が怖くて俺の手が震えている。こんなんだから主様からも頼られなかったのかもしれない。
「…わかりました。主様はフェネスくんに任せましょう。ですが、ハウレスくんの補佐も務めているフェネスくんがずっと抜けるわけにもいかないので私が不在の間フェネスくんに任せるのはどうでしょうかルカスさん」
「…そうだね、ベリアンにまた負担が増えるのは好ましくないけど私もできる限りフォローするよ」
「…ありがとうございます…ベリアンさん…ルカスさん…」
脚から力が抜けて座り込む俺に手を差し伸べるベリアンさん。
いつも自然にこういう気づかいやフォローができるベリアンさんを尊敬していた。
それから、俺はできる限り主様のそばにいられるように今まで以上に努力をした。ハウレスのフォローも欠かさずにアモンにも協力をしてもらって仕事を早くさばけるようにした。
そしてルカスさんの部屋に速足で向かって主様の様子を見る。
何回か目を覚ましたらしいけどやはりふさぎ込んでいるご様子。
「フェネスくん。休憩も大事ですよ」
「ベリアンさん…俺は大丈夫です。ハウレスからも心配されてちゃんとティータイムする時間すらもいただいています」
「…そうですか」
主様に駆け寄って主様を見つめる。苦しそうに眠っているその姿に胸が苦しくなる。
こんなにも苦しそうにしていたのに俺の前であんなに笑っていた。それに気づかず俺はその笑顔が心の支えだなんてなんて愚かな人間だったんだろう。
『…う…』
主様の目がゆっくりと開かれる。
俺は慌てて主様の手を握って呼びかける。
「主様!お目覚めですか?」
『…フェネス…』
「はい、主様。お水お持ちしますね」
『…いい。そばにいてほしい』
「はい。俺はここにいますよ」
ぎゅう、と主様が手を握り返してくれる。それだけで俺の疲れなど飛んで行ってしまうんです。
『フェネス、ごめんね』
「主様が謝ることなにもありません。俺の方こそ、主様のお役に立てなくて、執事として頼りなくてすみません…」
『…ううん、フェネスに、あんなに…頑張るって言ってたけど…いつも、いつ死ぬか考えてた』
「…っそんな…」
『…でも、あっちの世界では私が死ぬことも許してくれなくて…こっちで………私、どうかしてた、本当にごめん…』
「あ…あるじさま…そんな…大丈夫です…辛いのなら俺がいます…俺が、俺が…主様の全部を受け止めて…全部を許します…だから主様も、ご自分をほめてあげてください…」
『…こんなことフェネスには言いたくなかったの。フェネスは…いつも私にまっすぐ応援してくれてたから…優しすぎたから…』
主様が俺とつないだ手を頬に当てて涙を流す。
俺も、主様の本心に思わず涙が溢れた。今度は、今度こそは主様に拒絶されてもこの手を離さないと決めた。
俺が主様を必要としているのと同じように主様に俺を必要だと思ってもらえるような人になりたい。
『…フェネス、私はフェネスがたよりないとか思ったことないよ…逆にね、フェネスだから話せてたこともあるし…フェネスに会えるからこの屋敷にくるんだから…』
「ありがとうございます…主様。俺も、主様が生きててくれて、嬉しいです。主様、本当にありがとうございます…」
ベリアンさんが安心したように部屋を出ていく。扉の外にはルカスさんもいた。
2人とも微笑んで部屋から離れていった。
そのことに気づかずに俺とあるじさまは今まで言えなかったことを打ち明けあった。
「主様…俺はいつでも主様の味方です」
「不安に押しつぶされそうなときは、いつでもいつまでも主様のおそばで主様を支えます」
「だからどうか、生きててください」
心の底からの俺の本心です。
.