バスティンくん
叶う保証もない約束
とある日のお昼過ぎー
「主様、足元に気を付けてくれ。たまに根っこが地面から出ている」
『ありがと。良い景色だね』
今日はバスティンとお散歩に来ている。先日、たまたまバスティンと会話をしていたら景色の良い場所で息抜きをしていると聞いて気になって私もついてきてしまった。
バスティンは気にしてる様子はなかったが邪魔しちゃったかな、と少し罪悪感はある。
だが、森の小道を抜けたその先は崖のようなところになっており、高いところにあるその景色はとても良いもので。崖下に広がった街やその先にある海までも一望ができる。
「自主トレーニングで走っていたらここに行きついた」
『すごい…綺麗だね。なんか、世界って本当に大きいんだね…』
こういうとき自分の語彙力の無さが恥ずかしい。
けれどこの美しく広大で、言葉ではとても表せない感動をどう表現したとしても足りないものである。
そんな気持ちで胸がいっぱいになりながら景色を目に焼き付けていると、バスティンがこちらに一歩近づいて座った。
私もその場に座ってふたり並んで景色を眺める。
少し見上げたその視線の先には雲一つない青空が広がっており、いつもここから天使は突如として現れる。そんなこと想像もできないほどに綺麗な空に本当はこの世界は平和なのでは、と思う。
「こういう景色を見ると…この世界が平和なんじゃないかと錯覚をするときがある」
『…私も今それ思ってた』
「…そうか。天使などいなくなれば、俺は平和になった世界で主様といつまでも平和に生きられるのだろうか」
『…ふふ、そうかもね。バスティンはなにがしたい?』
「…俺は、主様と美味いもの食べて、動物たちと囲まれて、一緒に眠りたい」
『なにそれ。めっちゃ最高だね』
「…っふ。特別なことはいらない。ただ、平和を噛みしめて一緒の時間を共有できればそれだけで十分だ」
『たまにバスティンの馬で遠くに行って、楽しいことも経験して、思い出も作って…』
「それもいいな。俺は主様とならなんでも楽しめそうだ」
ふとバスティンの方を見ると今までないほど穏やかに笑っていた。
その表情に魅入られ見つめていると視線に気づいたバスティンがこちらを見た。
表情はもう戻っていた。
「どうした?主様」
『…ううん。バスティンとこういう話ができてよかったなって』
「俺は、今言ったことは実現させるつもりだ。俺はそのために強くなって主様を守り、天使を葬る。そしたら主様…」
私は彼の言葉を遮った。物理的に、彼の唇を塞ぐことで。
バスティンは驚いたように目を見開き、珍しく空気を読んで目を閉じた。
私の後頭部と腰に腕を回して密着させるとバスティンの方から唇をおしあててきた。
バスティンに聞こえるんじゃないかというくらい私の心臓の音が大きく鳴り響き、呼吸が乱れる。
『…はふっ』
「主様、顔が溶けてるぞ」
『…そ、そういうことは本人に言うものじゃありません……』
トレーニングしている差なのかバスティンの息は微塵にも乱れていない…。
そして妙にキスがうまいのは彼の器用さゆえなのか…。
そんなことを悶々と考えていると。
「…っこれは天使の警告音…」
『また、現れたんだ…。いこう!バスティン!』
「ああ」
いつ叶うのかもわからないふたりだけの約束をここに残して現実へと戻る。
何年後か、ここを訪れた時、私たちはどんな心境でここに立つんだろう。
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