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ベリアン








私が13人の執事の主になって長い月日を過ごした。
今では全員と良好な関係を築けて現実世界よりも充実した時間を過ごせていると思う。
天使狩りもいろいろな出来事があったけれど誰一人失うことなくみんな笑顔で平和に過ごしている。



「おかえりなさいませ、主様。本日もお疲れさまでした」


『ただいま、ベリアン。私がいない間なにかあった?』


「いえ、これといったことはなく、普段通りの生活を送れております」


『ならよかった。貴族たちも変化なし?』


「はい、今のところは無理難題な依頼もなく、様子見状態ですね」



私が帰宅してすぐにすることはベリアンとこうして現状を聞くこと。
主である私が何も把握していないのは無責任だと思ってしまうから。そしてベリアンはこの屋敷のことも執事達のこともすべて把握しているから報告を聞くには適任なのもある。



「さて、難しい話はここまでにして主様の休息の時間に致しましょう」


『うん!ちょうど少しお腹空いてたんだ。何か用意できるものある?』


「はい。そうだとおもってティータイムのご用意ができております。すぐに準備いたしますね」


『いつも思うけど、これで私が要らないって言ってたらどうするの?』


「そうですね…大体私の予想は外れませんので、そういったことはないのですが…」



え、今まで外したことないの?私の気分次第なのに…本当にベリアンってすごいな…。


「ふふ、もし外してしまったら紅茶は私が飲みますし、デザートはフルーレくんやアモンくん達に差し入れますかね」


『自分では食べないの?』


「遠慮されたら私の夜のティータイムでいただきますね、おそらく」


『なるほどね』




そんな話をしながらテーブルで待っていると、紅茶を淹れたカップが私の前に差し出された。ふわっと漂う匂いにこころをおちつかせているとすぐにカップの隣にケーキを乗せたお皿が出てきた。
伸ばした腕によって少し捲れた裾から何かがみえた。



『…なにこれ?!』


「…っこ、これは…」



ベリアンの腕を掴んで執事服を無理やりまくり上げると、包帯が腕に巻き付けられていた。ラトと同じようにその包帯は少し赤みがかっている。
傷は最近できたものってことだろう。



『ねぇ、ここ最近なにもなかったって言ってたよね?』


「…も、申し訳ありません…主様にご心配をかけたくなくて…」


『どうして?主として執事を心配するのは当たり前じゃない。私の代わりに命をかけて戦っているんだもん。それを隠される方が私が役ただずだって言われてる気分になるよ』


「そ、そういうわけでは……」


『…ベリアンを過信しすぎたみたいだね』



ぐいっとそのままベリアンの腕を掴んで席を立つ。ティータイムを中断させるのは申し訳ないけれど、主として確認すべきだと思った。
そのまま部屋をでてある場所へ向かう。ベリアンは引っ張られながら私を止めようとするが私に背くことは許さなかった。



コンコンッ


「おや?誰かな」


『ルカス、私』


ガチャ


「こんばんは、主様。それにベリアンも…って何やら訳ありっぽいね」



私に腕を掴まれて少しバツが悪そうに視線を反らしているベリアンの様子を見たルカスがそう言った。
ズカズカとルカスの部屋に入るとベリアンの腕から手を離した。



『さて、ベリアンが今まで隠してきたことを聞かせてくれる?』


「ベリアン……だから言ったのに…」


「す、すみませんルカスさん……主様にはずっと笑っていてほしくて…」


『……』



すっかり笑顔のなくなった私にベリアンがしゅん、とうなだれている。
ルカスも困ったように少し笑って私に頭を下げる。



「ごめんね、主様。ベリアンに悪気はないんだ」


『ベリアンを専属にして長い時間を一緒に過ごしてきたからなんとなくは察してるよ』


「そうだね…ベリアンは主様に心配をかけまいとある時から天使の警告がなれば大規模でなければ主様を呼ばずに自分も参加して自力で天使を狩るようになって…貴族から主様に召集をかけられれば私と一緒にそれを阻止して、天使狩りで怪我をした執事と極力主様と会わせないようにしたりと、いろいろと隠してたんだ。私もそれに協力してしまったんだけどね」


『…なっ…そんなことまで…』


「主様にはこのお屋敷を癒しとして使ってほしい、危ないことには触れてほしくない。責任感の強い主様だからこそ、きっと重荷なんて簡単に引き受けてしまうからね」


『ベリアン……』


なんて、なんてこの執事は優しさという名のエゴの塊なのだろう。
私が責任を感じる原因を隠すために隠すその行為すら隠してしまえばはじめからなにもなかったことになることをわかって行動をしている。
そんな中私は彼に目と耳を優しさで塞がれて、この屋敷で平和に過ごしていたのだ。



「あ、主様……」


良く言えば”過保護”。



「…もうしわけありません…」



悪く言えば”庇護的”。



『……いいよ、もう。その代わり今後はこんなことしないで、私をちゃんと信じて』


「主様……」


『私がこんなじゃ…なんでこの屋敷に呼ばれたかわかんなくなるよ。それに…いつか私の知らないところで手遅れな事態になったら…私はきっとベリアンのことを許せないと思うよ』


「…っ」


『だから、お願い。私のことをもっと信じて』


「…わ、かりました…」



不安げな顔でこっちを見る彼の瞳には嘘偽りはない。本当に私のことが心配で割れ物のように扱い、争いごとなどない現実世界のようにここで暮らしてほしいんだと思う。
でも、私はそんな箱庭でのんきに過ごすつもりはない。



『私にも、みんなを…ベリアンを守らせて』



今度はベリアンの手を優しくとって、包帯を巻かれた部分に触れる。
ポロ、と上から雫が降ってきて私の手を濡らした。顔を上げるとベリアンの瞳から涙が溢れていた。



「……」


『ほんと…心配性なんだから…』



思わずクスクスと笑ってベリアンの頭を撫でると見守っていたルカスも安心したように息を吐いて私達に近寄ってきた。
私はハッとなってベリアンの頭から手を離した。



「仲直りもできたようだしそろそろ主様のティータイムの時間じゃないかい?ベリアン」


「あ…そうでした。ティータイムの途中でしたね…」


『せっかく用意してもらったのに、ごめんね。ベリアン』


「いえいえ、ロノくんに新しいものを用意してもらいましょう」



目元をぐしっと拭いてベリアンが微笑んだ。
ルカスにお礼を言ってベリアンと私はルカスの部屋を後にした。
残ったルカスはいつもの微笑んだ顔から笑顔が消え、金色の瞳で閉じられた扉を見た。



「…ベリアンの主様への想いはきっと、私達の想像を超えているんだろうね」



そう呟いて机の上に置いていた壱枚の診察記録を手に取った。
それは、ここ最近のベリアンの怪我を治療した記録だった。打撲や切り傷、多種多様な記録を事細かに記載している。顔などの目立つ傷はクリームで隠しているものの、執事服の中は主様も知らない傷であふれている。
ボスキやロノたちから主様が天使狩りに来ない理由を尋ねられたことがあるが、ベリアンはいつもそれを綺麗に受け流している。
専属だからこそそれらしい理由を述べれば他の執事は受け入れざるを得ない。
人々はこれを”愛情”と呼ぶのだろうが、



「…”執着”とも言えるだろう」



ベリアンの記録用紙を裏側で伏せる。
いつか、いつか主様にこのことを伝えねばならないのだろう。
これはきっと最善の守り方ではないのだから。
そのとき主様は…。











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