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。長編のお話。









フルーレから貰った服を着て私は屋敷を散策することにした。
「ベリアンさんが戻るまでお待ちください」とフルーレに言われてしまったが、他の執事にも挨拶をしたいと頼み込んだらベリアンに伝えると渋々首を縦に振った。
屋敷の廊下をひとりで歩く。
ここに来る前に雨に打たれながら泣いていたのに、今では少し気分が晴れやかになっている気もする。



「…誰だお前」



突如後ろから低い声が聞こえた。
驚いて振り返ると鋭いまなざしでこちらを睨みつける片目をマスクで隠した男が腕を組んでこちらに歩いてきていた。
素人目でもわかる殺気に怖気づく。
やばい、と頭の中の警報が鳴り響いていても身体が言うことを聞かない。



「…貴族のスパイか?それとも…悪魔執事を疎む人間か?」


『ち、ちが…私は…』


「…どうやってこの屋敷に潜り込んだかはわからねぇが、出て行ってもらおうか」



すっと、男が武器を構える。目つきと同じような鋭い光を放つ刃は一瞬で私を切り刻むだろう。
逃げ足で勝てる気がしない。けれどここで何もせずに切りつけられるわけもいかない。




『………きゃ、きゃああああああああああああ!!』


「…なっ」




今出せる精いっぱいの悲鳴をあげる。
すると目の前の男が一瞬ひるんだのがわかった。すかさず私は男のいる方と逆方向に走り出した。
走るのは得意ではない。恐らく1分も経たないうちに激痛でうごけなくなるのかな。それとも痛みも感じずに一瞬でしんじゃうのかな。
できれば後者がいいなぁ。



「主様!!!!!!!」



後に来る痛みが来る怖さで目をつむりながらがむしゃらに廊下を走っているとどこからかベリアンの声が聞こえた。
目を開ける。



『べ、ベリアン…!』


目の前に息を切らしたベリアンが立っているのが見えて思わずその胸に飛び込んだ。
ベリアンが私を抱きとめる。
ガクガクと今更になって足が震えて立てなくなる。



「ベリアンさん、今主様って……」


「ぼ、ボスキくん。こちらは昨日お話した私達の主様です。これから皆さんに挨拶に行こうと思っていたところでした」


「…そうか。それはすまねぇ。てっきりまた貴族からのなんかかと思ってな」


「主様がご無事でよかった…」



ほっと胸を撫でおろしたベリアンは私の腰に手を添えながら片手で私の手を握り立たせてくれる。
恐怖心でまだ震える私はボスキと呼ばれた男をまだ直視できないでいた。



「主様…怖い思いをさせてしまって申し訳ありません。私の配慮不足でした」


『え、いや…だいじょうぶ…』


「主様、俺からも謝らせてくれ。」



元から感情が出ない人なのか声色ひとつ変えずに私に謝った。
平和しかなかった元の世界とは違うことを実感させられる。
震える足が落ち着いてきた頃、背筋を伸ばしてちゃんと立つとベリアンが男の方に手を伸ばした。



「主様、こちらはボスキ・アリーナくんです。お屋敷のインテリア係と設備担当をしております。天使狩りの重要な戦力でもあります。ボスキくん、こちらは先程も言いましたが主様です。」


『よ、よろしくお願いします』


「ああ。よろしく」


「ボスキくん。主様の前では言葉遣いに気をつけてくださいね」


「…敬語は苦手なんだよ」



ぷいっと顔を背けるとバツが悪そうに頭をかいて去っていった。ベリアンを見ると困ったような、でも少しだけ楽しそうに微笑んでいた。
こちらに気付くと私の腕や背中をくるくると見回した。



「お怪我はありませんでしたか?」


『え?あぁ…ないと思う』


「良かった。お屋敷をまわっていたのですか?」


『うん…勝手にごめんなさい』


「いえいえ、ここはもう主様のお家でもありますのでご自由に過ごしてもらってかまいませんよ。けれど、さっきのようにまだ執事たちの紹介をできていませんのでまた今度一緒に回りましょう」


「ベリアンさん!!!!」


「さっきの声はなんだったんすか??!」



ベリアンと歩き出しながら話していると奥の方から違う声が聞こえた。
ふたりでそちらのほうを見るとベリアンよりも背が高い男とピアスを何個も付けたちゃらそうな男の子がこちらに向かって走ってきた。



「フェネスくん、アモンくん」


「え、あ、そちらの方はもしかして…」


「昨日言ってた主様っすか?」


「はい、先程の悲鳴はボスキくんが間違えて主様を追いかけ回してしまい…」


「えぇ?!」


「ボスキさん、なにやってるっすか…」


「私が近くにいたので主様はご無事でした、ボスキくんをあまり責めないでくださいね」


『……』


「主様、俺はアモン・リードっす。中庭の花達を育てているのでぜひ見に来てくださいっす」


「あ…俺はフェネスです。主様の入浴補助係をしますのでお気軽にお声がけください。あ、そうだもう入浴の準備ができておりますが…」


『あ、そうだね…』




そういえばこの屋敷に来てからすぐにベリアンが手配をしてくれていた。すっかり忘れてた。
身体は暖炉にあたっていたり服も着替えたから冷えていないけれど…。



「主様、着替えられたあとお風呂の方にご案内しようとしておりましたがいかがいたしましょう?」


「リラックスできるローズバスをご用意しました」


『あ…えっと…じゃあ…いただこうかな』


「俺の育てた花が使われてるのできっとご満足いただけるっすよ!」


『そうなの?』


「ふふ、お屋敷に飾ってある花も全部アモンくんが育てたものなんです」


『きれいだよね、私も好き』


「オススメのローズバスいくつかあるんで楽しんでくださいっす!じゃあ俺はそろそろ仕事に戻りますね!」


「では主様。これからは俺も補佐をさせていただきますね」



アモンが軽快に挨拶をすると、フェネスが高い身長を少しかがませてお辞儀をした。
ふたりに案内をされて私専用の浴場へと辿り着いた。



「主様、こちらが主様のお風呂でございます。ここからはフェネスくんの説明を聞いていただいてごゆっくりおくつろぎください」


『うん、ありがとう』


「では主様、こちらへどうぞ」



脱衣所の物の位置などの簡単な説明と浴室にあるシャンプーなどの説明を受けた。
私の希望であればマッサージもすると提案されたが全力で首を横に振った。
いまだに自分に執事がいるという実感が湧かない。そんなもの今まで近くにいたこともないし見たことすらないのに。
それが13人も私に仕えてくれるらしい。




『ふぇ、フェネスはさ』


「どうしました?主様?」



お風呂から上がり服を着終わった私の髪をフェネスが拭いてくれている間、話しかけてみることにした私は口を開いた。
お互いに緊張しているのが分かるほどガチガチだが、沈黙でいるのも気まずい。



『もし……私が良い人じゃなかったらどうする?』


「え…?うーん……主様のことは全然知らないですけど…ベリアンさんがあんなにも主様のことを慕っているのなら俺は主様が良い人じゃないとは思わないですよ」


『は…?え…?それだけで?』


「はい。ベリアンさんは人のことをよく見れている人なので俺なんかと違って執事たちにも信頼されているんですよ」


『…ふふ、本来の質問とずれてるけど…なんか解決しちゃった』


「あ…っ。す、すみません…俺自身も、主様がそんな人には見えなくて…」


『……人を疑ってかかるのは…日本人の悪いところなのかもね…』


「?なんて言いましたか?」


『ううん、なんでもないっ』



髪を拭き終え、タオルを外すと櫛を通してくれた。
シャンプーのおかげかローズバスのおかげか、私の髪はいつもよりもしっとりとしていて櫛通りも良かった。



『さっき一緒にいた…アモン?って子は…』


「アモンですね、俺と同じ2階の執事のひとりです。先程の紹介にもあったように中庭で庭の管理を任されています」


『見た目が派手なのにお花が好きって、なんかギャップだね』


「俺はもう見慣れちゃったけど、そうかもしれませんね」



クスクスと笑ったフェネスを鏡越しに見つめる。
背が高いから少し圧を感じるけど柔らかい印象の彼は人に好かれやすそう。



『丁寧にありがとう』


「い、いえいえ!俺じゃフルーレみたいに気の利いたことはできないので…」


『そんなことないよ、会話も楽しかったし』


「……主様にそう思ってもらえたのなら良かった。これからもよろしくお願いしますね、主様」



少し恥ずかしそうに頬を赤らめて微笑むと鏡越しに私の目を見てお礼を言った。
私とこんなにも向き合ってくれる人なんて今までいなかった。
それが本当に嬉しかった。



「そろそろベリアンさんが来ると思うので待っててくださいね」


『うん、わかった』



ボスキの件もあったから今回は大人しくベリアンを待つことにした。
結構あの出来事はトラウマになるレベルだったからね……。




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