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。長編のお話。







ガシャーッン



ベリアン達の世界から帰ってきた次の日、けたたましい音で飛び起きた。
驚いて何事かとリビングに駆けつけると部屋の中はいつも以上に荒れはてて、座り込む母親とその隣で息を荒げる父親の姿があった。



「もう我慢ならねえ!!!!金ばかり食いつぶしやがって!!!!」


「あなただって家のことなんて二の次で外で飲んだくれてるくせに!!!」


「仕事して金を家に入れてんだ!!!文句ばかり言いやがって!」


「文句も言いたくなるわよ!!!!私達の生活の上に学費もまだまだかかるってのに…!」


「んなもんお前がどうにかしやがれ!」



父親が怒鳴りながらテーブルに置いてあるコップを母親に投げつける。
鈍い音がして母親の頭にぶつかり、そのまま床に落ちて無残にもコップは割れた。
もう見慣れてしまったこの光景。
何度も同じことでぶつかりあっては何かしらを破壊する父親。
そのたびに心がすり減り、どんどんヒステリックが酷くなる母親。
2人の谷底のような溝はもう戻ることは無い。



「…もう離婚しましょう」


「ッチ。やっとか」


「……」



母親が無言で立ち上がって父親がたたきつけたことで上の引き出しが開かなくなった棚の真ん中の引き出しから1枚の紙を取り出した。
見なくても会話の流れからそれが離婚届なのがわかった。
なんだろう、やっとこの”日常”が終わることに安心する自分と、
このままでもいいからこの”形”が終わらないことを願っていた自分がいた。
だが、私にはこのふたりを止める術もない。



「アイツはどんすんだ」


「私には養えないわ」


「はあ?俺に押し付けるのかよ。作る気もなかったのによ」


「今更そんなこと言ったって事実はなくならないわ」


「とにかく俺は引き取らない。離婚後も関わるつもりはないからな」


「ちょっと!血のつながった子供の面倒くらい見なさいよ!」



自分のことの話はさすがの私にも聞くに堪えなかった。
静かに部屋に戻り学校に行く支度をしてそのまま静かに家を出た。
家を出る瞬間まで私の押し付け合いをする両親の姿にとっくの昔に枯れたと思っていた涙が溢れて止まらなかった。




『……う……ぐず…』



学校に向かう足は徐々に遅くなり、道端に座り込んだ。
唯一の救いは雨が降っていることだろうか。
涙で枯れようと、雨で私の心は潤うのだろうか。



「…主様……?」



ふと、雨の音と私の嗚咽以外の声が聞こえた。
それも、つい最近聞いた私のことを優しく呼ぶ声。
顔を上げる。
視界には誰もいなかった。



『ベリアン……』



支度をするときに一緒に持ってきていた金色の指輪を制服のポケットから取り出す。
滲む視界にもその輝きはまぶしく見える。
震える手で指輪をはめる。





























「……っ主様?!」




瞼を上げると私を見て驚くベリアンの声が聞こえた。
全身ずぶぬれでしゃがみこんだ私の姿はどれほど醜く見えていることだろうか。



「すぐにお風呂のご用意を致します。暖炉の方へいきましょう主様」



駆け寄ってくるベリアンは私の手を取って身体を支えてくれる。
暖炉の近くに椅子を引いて私を座らせるとすぐにベッドから毛布を持ってきてくれる。



「温かいお飲み物も準備いたしますので少しだけ待っていてください」


『…』



私の顔を覗き込んで一言そう言って立ち上がろうとするベリアンの手を掴む。
もう独りでいることに耐えられなかった。
こんな私にも優しくしてくれたベリアンに縋りたかった。



「…主様…」


私の行動に立ちあがろうとした姿勢を戻したベリアンは自分の上着を脱いで私の肩にかけた。



「大丈夫、大丈夫ですよ。主様。泣きたいときはたくさん泣きましょう。そのあとはたくさん笑えるようになります。私が、主様が心から笑えるようになるように努力いたします」



ベリアンのその言葉に私は張り詰めた糸が切れたように声を上げて泣いた。
欲しかった言葉をくれる彼の言葉は私の存在を認めてくれているようで、あんなにも警戒をしていたのにいとも簡単にほぐれてしまった。



「私を頼ってくれてありがとうございます主様…よく頑張りました、あとはもうゆっくりと休みましょう…」



そのあとずっとそばで私の手を握って声をかけ続けてくれた。

























コンコンッ



「ベリアン、ここにいるかい?」



「ルカスさん……静かに入ってくれますか?」


「失礼します。……おや?主様が来ていたんだね」




私が泣き疲れて眠っている間、変わらずにベリアンはそばにいてくれていた。
そんなベリアンを探していたのかひとりの男が私の部屋を訪ねた。



「なにかあったようだね」


「はい、お屋敷に来られたかと思ったら雨に打たれたかのように全身を濡らして泣かれていました」


「…人の数だけ事情もあるだろう。主様のサポートはできそうかい?」


「はい、私が主様をお支えします。必ず…」


「ふふ…ベリアンのそんな表情初めて見たかもしれないね…♪」


「えっ…そ、そんなおかしな表情をしていたでしょうか…」


「うーん、男の顔ってやつかな?」



クスクスと笑う男に少しだけ頬を染めた。
そして思い出したかのように表情を変えた。




「ルカスさん、ひとつお願いをしてもよろしいでしょうか?」


「ん?なんだい?」


「主様の身体が冷え切っているのでフェネスくんにお風呂の用意をしてもらいたいのです。主様は…その、ひとりではいたくないらしくて…」


「ベリアンがそばにいてあげたいんだね?…ふふ、それくらいのことなら任せて。フェネスくんに伝えておくよ。あとは、フルーレくんにも着替えを用意してもらおうか」


「う…よ、よろしくお願いします」


『ん…っ』


「おや、主様が起きられたね」


「主様、おはようございます」



























誰もなにもない暗闇の中、声が聞こえた気がする。




『ん…』


「主様、おはようございます」




まぶたをあげるとぼやけた視界に白髪が見えた。
頭が覚醒するまで時間がかかったが、それがベリアンの髪であることが分かり屋敷に来ていたことを思い出した。




「ご気分はいかがでしょうか?」


『…大丈夫』


「ご無理はなさらないでくださいね。あ、こちらはルカスさんです。貴族との交渉役や、医療係としても活躍してもらっております」


「主様、初めまして。ルカス・トンプシーと申します。何か困ったことがあれば気軽にお申し付けくださいね」


『あ…うん、よろしくね』


「ではルカスさん、よろしくお願いいたします」


「じゃあ主様、失礼いたします」



ルカスが退室していった。見たこともない長さの赤と黒のツートーンの髪の毛をひとつでくくった不思議な雰囲気の執事だった。
ベリアンとはとても親しく見える。




『…ずっとそばにいたの?』


「ふふ、私がそうしたかったので」


『ありがとう』



優しく微笑むベリアンの笑顔に安心感が募る。




「お洋服のお着替えをお持ち致しましょうか?」


『…あ、うん。お願いできる?』


「おひとりでも、大丈夫ですか?」


『ついていってもいい?』


「はい、大丈夫ですよ。まだ紹介できていない執事もいますので」



私が立ち上がると肩にかけていたベリアンの上着をもう一度かけなおし、手を差し出してくれた。



「お辛くなったらすぐに言ってくださいね」


『わかった』




























コンコンッ



「はい!」


「フルーレくん、少し宜しいでしょうか?」


パタパタッ


「ベリアンさん、どうしたんです、か…」



私の部屋を出て階段を下っていくことに少し不安を感じながらもとある一室の前で立ち止まると部屋をノックした。
中から物音が聞こえるとすぐに扉は開かれた。
そこには女の子のお人形のようなベリアンとはまた違った整った顔の少年だった。思わず見つめてしまうと少年と目があった。



「え、あ、あの……」


「フルーレくん、こちらは私達の主様です。主様、こちらはフルーレ・ガルシアくん。屋敷の衣装係をしています」


「え、あの…」


『…よろしくね』



目を泳がせて何かを言おうとしているフルーレに私から声をかけてみると顔を赤らめて口をつぐんでしまった。



「ふふ、フルーレくんは少しだけ照屋さんなので慣れるまで少しだけお時間をくださいね、主様」


『私も人見知りだから…その、大丈夫』


「そうだ、フルーレくん。主様にお着替えを用意したいのですけど」


「あ、主様にですか…?えっと、すぐに着れる服はあるんですけど、主様には大きめな服しか…」


『あ、あるもので全然良いよ、ゆったりした服好きだし…』


「す、少しだけ待ってください!」



扉が閉められて中からまた物音がする。
ベリアンがクスクスと笑って楽しそうにしている。本当に執事同士仲が良いんだな、とその様子を見ながら考える。
しばらくベリアンからこのお屋敷の執事について説明を聞きながら待っていると、



「た、大変お待たせいたしました主様…!」


『ううん、大丈夫』


「えっと…その…」



やはり顔を合わせての会話は恥ずかしいらしく、急にどもりはじめるフルーレに私も思わず笑ってしまう。
そんな私を見て少しだけ、フルーレの硬い表情がやわらいだ。



「あ、主様…こちらのお洋服はどうでしょうか」


「フルーレくん、これ以上主様に廊下で立たせるのも申し訳ないので中に入っても大丈夫でしょうか?」


「あ…!す、すみません…!作業をしていたので少々散らかってますが…」


「では主様、失礼しましょう」


『お、お邪魔します』



フルーレのいる部屋の中に入るといっていた通り衣装を作っていた途中の状態が部屋の一角にあった。そしてその周りには大量の布や装飾に使うような小物が散乱している。
あとは…なんだろう、あのパセリのような緑のものが置かれているけど…。



「俺がお着替えのお手伝いをさせていただきますっ」


『え?』



こんな可愛らしい少年から”俺”って一人称が出たのにも驚いたが、それよりもフルーレからの提案に一瞬理解が遅れた。
思わず聞き返してフルーレを見ると、先ほどと違って目を輝かせて私を上から下まで見ていた。



「あの、俺、もしこのお屋敷に主様が着たら男の人でも女の人でも俺の服で素敵にするのが夢だったんです。だから…その、俺に主様のお洋服を作らせてください!」


『え、うん、えっと…よろしく、ね?』


「あ、ありがとうございます!!じゃあ、今日は申し訳ありませんがこちらのお洋服でお願いします」


『ひとりで着れるよ?』


「いえ!主様の採寸もしたいのでお手伝いいたします!」


「ふふ、主様。フルーレくんのお願いを聞いてはくれませんか?」


『じゃあ、お願いします』


「では私は退室していますね、お着替えが終わる頃にまたお伺い致します」


「はい!ベリアンさんありがとうございます!」



ベリアンが退室して私とフルーレだけになった。
まだ緊張している様子のフルーレだが、それよりも目を輝かせて私がこれから着る服を持っているのを見ると自分の好きなことをできることが楽しみで仕方ないというような雰囲気だ。




「では!俺は後ろを向いていますのでこちらの肌着だけ主様ご自身で着てもらっても良いですか?」


『わかった、少しだけ待っててね』


「はい!…その間にいくつか質問しても良いですか?」


『ん…?なに?』



制服を1枚1枚脱いでいるとフルーレがそわそわした様子で口を開いた。



「主様はどんなタイプのものが好きですか?」


『え?…えっと、服のことだよね?』


「はい!」



一瞬好きな男性のタイプのことを聞かれたのかと思ってドキリと胸が跳ねたのは内緒にしとこう。
うーん、と考えてフルーレに渡された肌着を身に着ける。薄手のワンピースのような着心地のいいものだった。
サイズは大きくはずれていないようで安心した。



『ううぅーん…特にこれといったものはないかな……。あまり派手すぎないものを普段は選んでる感じ』


「なるほど……ワントーンカラーよりも淡い感じの色がお好みですか?」


『そうだね、淡い感じの物か無難な黒か白とか』


「ベリアンさんとお揃いにしたら主様、嬉しそうですね」


『な…っ』



表情は見えないがいたずらっぽい声でそう言うフルーレに動揺してしまう。
む、と少し唇を尖らせながらフルーレに言葉をぶつける。



『き、着れたよ』


「ふふ、すみません。少し生意気をいってしまいました」


『ほ、本当だよ…それにベリアンとは昨日知り合ったばっかりなんだから…』


「それにしてはなんだかおふたりが信頼し合っているかのようなものを感じたので、俺こういうのには鋭いんですよ?」


『じゃあ、これからは鋭くないってことで!』


「ふふじゃあ今はそういうことにしときましょう」



そんな他愛もないことを話しながらフルーレが手際よく上から下まで採寸をしていく。細かく図っている間の彼の表情は会話をしながらでも瞳の奥は真剣な眼差しだった。
服屋さんでもこんな採寸なんてすることなかったので気恥ずかしさがあったがそんなのフルーレにはわかってもらえなさそうだった。
頑張って耐え、そのあとはやっと用意された服を着させてもらった。手際よく私の周りをクルクルしながら装飾していくと満足したようにふぅとフルーレが息を吐いた。




「できました!こちらに鏡があるのでぜひ見てみてください」


『なんか、すごい装飾された気が……』



鏡のある方へと歩くと、今まで見たことないような服装をした自分がそこに立っていた。
落ち着いたシックな色の服だが、装飾によって少し煌びやかさを醸し出している。
正直、こんなにも豪華な服装が用意されているとは思わなかったので驚いた。でも、それも一瞬で



『……私には、こんなにちゃんとした服装は、もったいないね』


「え?」


『フルーレが服を作るのが好きなのは初対面でもすごい伝わったけど、私の服はもっと簡単な感じで大丈夫。むしろ衣装を作ったときの余り物でも大丈夫なくらい』


「主様?」


『私に”自分のために”作られたものは、似合わないの』


「お言葉ですが、俺はそう思いません」


『フルーレ…』


「主様だってひとりの人です。自分のものがあって当たり前なんです。それを受け付けないのは主様がご自身のことを認めていないからです」


『でも…』


「主様が、主様を甘やかしてさしあげないと…きっと誰からの愛情も受け取れません。それは…寂しすぎることだとおもいます」


『……』



フルーレが眉を下げてしゅん、とうなだれる。
私に断られたからではないことはわかっている。



『…産んでくれた親からもそんなことを言われたことない私が…』


「…っ。そ、それなら俺が、俺が言います!俺は主様にご自身も知らないような主様を見せて差し上げます!だから…だから俺の主様への気持ちを受け取ってもらえたら嬉しいです」


『…ありがと』



思わず泣きそうになるこみ上げてくるものを飲み込んで抑え込む。
ぎこちなく笑う私に、フルーレも少しだけ寂しそうに笑った。






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