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ベリアン








私の好きな人が私と同じ気持ちじゃないことにもどかしさを感じる。
優しくて、柔らかくて、笑顔が素敵で、下がり眉が可愛い、褒めるところしかないそんな彼。
でもそんな彼は私の執事。いわば主従関係。それ以上になることは世間では許されない。
けれど、私はそんなの気にしない。そもそもこのお屋敷には世間の常識なんてないようなもの。



「主様、おかえりなさいませ」


『ベリアン、ただいま』



屋敷に降り立った私をいつもの笑顔で迎えてくれる執事。
この笑顔にいつも癒される。



「本日もお疲れ様でした。紅茶をご用意しております」


『わあありがと………いや、今日はロノのところで済ませる!』


「え…っ」


『ごめん!』



そう言って部屋を飛び出す。後ろからベリアンの呼び止める声が聞こえるけれども思考を無にした。



「よう主様、おかえりなさい」


『…ロノ、ただいま』


キッチンにたどり着いていた私。それに気づいたロノがキッチンから顔をのぞかせた。



「どーしました?いつもベリアンさんと一緒にいるのに」


『あ、えっと……そう!お、お腹空いちゃって!お腹空きすぎてきちゃった!』


「それなら、今執事達の夕ご飯作ってるとこなんで少し時間を貰えればすぐにご用意できますよ!」


『じゃあ待っててもいい?』


「退屈じゃないっすか?」


『全然、見てるのも楽しいから』



キッチンの前でそんな会話をしているとだんだん心が落ち着いてきた。
ベリアンに申し訳ないことをしたけど、世の中にはこんな言葉もある。



『押してダメなら引いてみろ……』


「ん?主様何か言ったか?」


『え、あ、ううん!楽しみだなぁって!』


「へへっ!もう少し待っててくれな!」



ロノの笑顔に癒されながらキッチンに漂う美味しそうな料理の香りを楽しんだ。














「主様!」


『あ…ベリアン』


「ご飯は済まされましたか?」


『うん。えっと…美味しかった』


「ならよかった。このあとはゆっくり過ごされますか?」


『あー…えっと、ば、バスティンと約束があるんだ!』


「バスティンくんと?」




不思議そうな顔をするベリアンに必死で言葉を探す。
グルグルと考えるもこれといったものが出てこなかった私はまた廊下を走り出していた。
なんと私は愚かなのだろう。と自分でも思っちゃう。
バスティンと約束なんかないのでとりあえずバスティンを探しに屋敷中を走った。



「…主様」


『ぜぇ…ぜぇ……バスティン、ここにいたんだね……』


「そんなに息を切らしてどうした?敵か?」


『あっ!いや、その、じ、自主練だよあはは』


「む…それは良い心がけだと思う。俺も付き合おう」


『え、ちょ…』


「今から俺も走り込みをするところだったんだ」


『ひぇぇ~……』



そうして私はバスティンと人生で走ったこともない距離を走らされることになるのだった。











『も……も、無理…』



バスティンと別れてから生まれたての小鹿のような足で自室へと向かう。
壁に手を付いてフラフラと歩いていると、力が入らず躓く。



『わ…っ』



腕にも力が入らない上に鈍った反射神経では身体がかばいきれず接近する床に目を閉じた。
だが、想像した痛みはなく、何かに身体が支えられている感覚に目をおそるおそる開ける。



「あ、主様…大丈夫ですか?」


『…べ、ベリアン…』



焦ったような表情で私の顔を覗き込むベリアン。
安心しきった私は緊張の糸がぷつんと切れたようにそこで意識が途絶えた。



「主様!!」



遠く、遠くにベリアンが呼んでいるような気がした。















『…ん』


「あ!主様、お目覚めですか?」




まぶたに力を込めてからうっすらと目を開けるとぼんやりと白髪とピンクのメッシュが見えた。
何回かまばたきをしていると徐々に意識がハッキリとしてきた。



『ベリアン……』


「はい、主様。ご気分はいかがでしょうか?」


『…うん、大丈夫』


「食後にたくさん運動されたので疲れてしまったんですね」



そう言って少しクスッと笑うベリアンの表情を見て、引いてみても効果がないことを実感してしまう。
やっぱりいつもと変わらないベリアン。




『……ベリアンは私のことなんとも思ってないんだなぁ…』


「え?」


思わず声に出ているのも気づかずに私の意識はまた途切れた。
















『…ん、…』



重い瞼を無理やり開けると、明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいた。朝らしい。
気分も頭もスッキリしていて体調はいい。ただ、体の節々が筋肉痛で動かせないくらい。
身体を半ば無理矢理起こしてベッドから降りる。




『少し動かせばマシになるかな……』



伸びをしながら大きくあくびをすると。


コンコンッ



「主様、ベリアンです」


『ん……どうぞ』


「おや、主様。起きていらしたんですね。おはようございます」



手に持っているタオルや水を張った桶。入り口には料理が持ってあるであろうカートやお皿たち。
夜通し私についてお世話をしてくれていたのだろうか。




『あー…迷惑かけてごめん』


「いえいえ、迷惑だなんて。主様のお世話が私達の役目ですから」


『…そ、うだよね』



改めてそんなことを言われると筋肉痛よりも激しく胸が痛くなった。



「…主様」


『…ん?』


「私を、専属から外していただけませんか?」


『な…っな、なんで?』


「少々私も仕事が立て込んでおりまして。主様のサポートをしたいのですが、他の執事に任せようと思いまして」


『…あ……』



ベリアンの言葉に私は言葉を失った。
ダメなんて言えない。
でも、私は…



『…やだ』


「主様…?」


『わ、私の専属は…ベリアンだけだもん……』


「……」


『私のこと一番理解してくれるのはベリアンだし……いつも一番に気にかけてくれるのもベリアンだし……』


「…ふぅ、都合がよろしいのですね」


『…ちがっ……』


「……」



目を伏せながら私のことも見ようともしないベリアン。
焦る気持ちと不安な気持ちが脳を支配する。どうにかしたいのに、泣き出しそうになるだけで。



『……命令…専属は外さないから』



すっとベリアンの横を通り過ぎて足早に自室を出た。
全身が痛くたってかまわない。それよりもベリアンが私から離れてしまう方が何よりもつらい。
目じりにたまった涙が頬を伝う。そんなのもかまわずに私は屋敷でひとりになれる場所に向かった。



『……ひっぐ…ぐず……』



嗚咽を押し殺しながら屋根裏部屋でひとり泣きじゃくる。
ボスキが昼寝に使うとき以外はハウレスが補修にくるくらいしか使われないのを知っていた。
置かれている荷物達に身体を隠しながら隅っこで泣きじゃくっていると少しずつ気持ちは落ち着いてきた。



『こんなはずじゃ…なかったのに…』



これはまだ夢を見てるのかな…そうだと思いたい。
いつも優しくて私のことを一番に思ってくれる、そんな大好きな彼があんなことを言うなんて信じられなかった。
そんなことを言わせてしまったのは自分なのに。彼のやさしさに甘えすぎた。
あんな態度をされれば誰だって愛想をつかすだろう。
気持ちが落ち着いてきたけれど、そのせいで考えれば考えるほど思考はマイナスの方に向かう。









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