ルカスさん
『悪魔…執事……印象…変える…だいさくせん…っと!』
屋敷の自室で熱心に紙にペンを走らせる。頭の中でずっと考えていたことをとうとう実行に移せそうな機会。
そう、貴族とのパーティを悪魔執事側から主催をし、良い印象を持ってくれている貴族と仲を深めようという浅はかな考えである。
まずは小規模という名目で貴族を厳選し、パーティの評価を広めてもらい、そこから少しずつ貴族を増やしていき、結果的に敵視する貴族が減ればいいな、と思うのだ。
『パーティを開くことにはベリアンも他の執事も了承してくれたから、忙しいみんなを少しでも手伝えるように私も頑張らなきゃ!!!!』
そう意気込んでパーティの手伝いに買って出た。
そして数日が過ぎてパーティ当日。
「この度は私達悪魔執事主催のパーティに足を運んでいただき誠にありがとうございます」
ルカスの挨拶とともに歓声があがり、パーティが始まる。
大きな催し物はしないものの豪華な料理と執事達による演奏、ダンスなどなど、できることに全力を注ぐ方針にした。
「お美しい執事様、お名前はなんとおっしゃるの?」
「これはこれは、お美しいレディ。私はルカスと申します」
「ふふ……ルカス様ね、良ければ一曲いかが?」
「大変光栄な機会をいただきありがとうございます」
私のそばにいてくれたルカスに貴族の若い女性が声をかける。
悪魔執事という立場の手前、よっぽどのことでない限り貴族の誘いを断ることはできない。
アイコンタクトで私とハウレスに合図をして貴族女性と私の元を離れた。
「主様、俺がおそばにいさせていただきます」
『あはは、ハウレスも大変そうだね。顔から疲れが見えるよ』
「な……っすみません…やはり女性との接し方がわからず……」
私の指摘に顔を手で覆いながら弱弱しい声でそう言ったハウレス。
曲が始まり、それぞれ貴族女性に誘われたであろう執事達が踊り始める。
社交界のために磨かれた貴族女性たちのダンスは執事達に劣らずそれはそれは美しかった。
思わず見とれてしまうほどに。
そして曲はあっという間に終わりをむかえた。
ルカスがこちらを見た。
「ルカス様!」
突如会場に女性の声が響いた。
その声の主の周りにいる人たちの視線が一斉に集まる。
「私、ルカス様をお慕いしております!」
「…え?」
『…なっ』
空気が一瞬にして凍った気がする。
貴族たちがざわつき始める。貴族と悪魔執事の交際な前代未聞。それに悪魔執事達の立場もある。
断るも地獄、受けるも地獄。
どっちを選ぶのか好奇心が抑えられないのだ。
自分たちの家門の娘ではないからこそ。
「こ、こら!!お前は何を言っているんだ!」
そう、普通ならばこの貴族の男のように慌てて止めるのが普通であろう。
この男がこの貴族女性の父親だろうか。
人混みをかき分けて割って入った男は娘の腕を掴んで引き下がらせようとする。
「嫌ですわ!私はルカス様に心を奪われてしまったの!ダンスを踊って未練を断とうとしたけれどやっぱり私は愛しています!」
さすがのルカスも混乱してるのか余裕のない顔で成り行きを見守っている。
言葉次第では貴族女性を傷つけるか、男を怒らせるか、貴族たちの評判が落ちるか、まさに八方ふさがり。
「…ごめんね、私達は悪魔執事。主に仕えるのが私達の役目だから…」
ルカスが納得をさせるように口を開く。
その言葉にキッと鋭い視線が私を射抜いた。貴族女性が私を見ている。
ハウレスが私の前に立つ。
「悪魔執事の主様と言いまして?…あなた様の許可をいただけません?そうしたら私達家門及び、その周りの貴族たちにも悪魔執事達を支持するよう口添えをしましょう」
「…っ」
『……?!』
これは脅しだ。
はいかイエスかの二択を迫られているようなもの。受け入れればルカスは貴族女性の元に行ってしまう。断れば悪魔執事達の立場が危うくなるぞ、と言葉の裏に隠されている。
「…失礼を承知で申し上げますがレ…」
『…ルカス』
「…っ主様」
ルカスが口を開きかけたところをハウレスを連れた私が歩み寄る。
普段こんな責任重大な立場に立ったことがないから正直頭は真っ白だし心臓はバクバク言ってるし気を抜けば足が震えそう。
けれど、目一杯胸を張って目に力を込めて、できる限り大きく一歩一歩踏みしめた。
『執事がひとり減ったところで問題はありません』
「…っなら!」
『ただし……』
私は声のトーンを落とす。
『私達と関わっていく覚悟はありますか?』
「…は?」
『悪魔執事と繋がりを持ち、ルカスが欲しいのならばもちろん家門の方たちは天使狩りに協力をしてくださいますよね?娘の旦那…いえ、もしかしたら次期当主になられるお方が自ら出陣しておるのですから。そして、そのお方が担っている貴族との外交、および他国との外交にも進んで協力をしてくださいますか?大事な私達の外交役ですからルカスは』
私はつらつらと言葉を並べる。
唇が震えないように必死に拳を握りしめて。
『何と言っても……悪魔執事の子孫を残してくださいますか?お嬢さん』
「…なっ」
貴族女性がとどめの言葉に腰を抜かして座り込んだ。
その女性の顔にズイッと自分の顔を近づける。
『恋は盲目、とは言いますけれど、こんなご覚悟もなく口にしたわけではないですよね。私たちは喜んでお引き受けいたしますよ。ただしこれは取引です。お嬢さんのわがままだけ押し通して私達にすこーしでも利益がなければお互いに笑いあえません』
「……よ」
『はい?』
「嫌よ!!!!!この話はなしだわ!!!!!お父様!!!もう帰りましょう!!!!!」
貴族女性はヒールが脱げてても気にせずに走り去った。
無事に相手から断るように誘導ができてふっと足に力が抜けた。さりげなくハウレスが私を支える。
「もう少しですよ、主様。他の貴族の目があります」
『…うぅ』
ハウレスの手に自分の手を重ねてエスコートをしてもらう。
震える足でひとつ礼をして口を開く。
『皆さま、大変失礼を致しました。気を取り直してパーティをお楽しみください』
言い切ってハウレスと元の位置に戻った。後ろからルカスが駆け寄ってくる。
「主様…!ありがとうございました。私ではあのように解決ができなかったでしょう」
『ふぁあ~…もう無理…心臓はいちゃうかとおもったよ~…ルカス…』
脱力して椅子に溶ける私を見てルカスは少しだけ笑った。
「ハウレスくん、主様のためにお水を持ってきてくれる?」
「はい!」
ハウレスが席を外す。
「主様…」
『なぁに?ルカス』
「もし…あのままあの女性が引き下がらなかったら…本当に私を…」
『…悪魔執事達の危機に晒す人たちが減るのなら、仕方のないことだと思ったのは本音だよ』
「そんな…」
『でもね、…やっぱりあのお屋敷にはルカスがいないと倒れる執事もいるし暴れる執事もいるし、頑張りすぎる執事もいるからルカスはやっぱり大事!!』
「…っ」
『それに私もルカスが大好きだからお婿さんにいってほしくないよ』
「…主様のお婿さんにならなっていいんですか?」
『…っな、そ、それは…その……』
先程と違ってごにょごにょと話す私にルカスは目を細めて笑う。
安心したようなその瞳に私もつられて笑った。
なぜかその日から貴族から悪魔執事の評判ではなく、その主の評判があがったのは後々気づくのであった。
「あのときの主様まじかっこよかったよねー!」
「それは俺も思ったっす!覚悟はありますか?っすよ!」
「そりゃ俺たちの主様だからな!!っへへ!」
「お、俺も主様みたいにかっこよくなりたい…!」
そしてそれは屋敷内の話でもあった。
めでたしめでたし。
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