バスティンくん
俺は誰よりも何よりも強くなりたい。それだけを思って生きてきた。
大切な相棒を守れなかった。
俺のせいで死んだ。
俺が殺してしまった。
だから俺は誰にも守られないように俺が強くなる。
そうすれば、そうすれば俺は誰も失わないし誰も殺さない。
悪魔執事となった今もそれは変わらない。
俺に仲間は要らない。
もうひとりで生きていくのには慣れた。
そんなとき、あの人が来てくれた。
悪魔執事の心の闇を照らす陽だまりかのような女性。
主様。
だが俺は、そんな主様だからこそ失いたくないと思って距離を取り続けた。影で主様を守れたらいい。俺はそのために強くなれる。
「…なんだと?」
『だから、それは全部言い訳なんだよバスティン』
「お、俺は言い訳など…」
『そうやって逃げてる言い訳を自分に言い聞かせてるだけ。本当に強い人は自分の弱さにだって向き合えるし、立ち向かえる』
「…な」
『バスティンに何があったかは私にはわからないけど、ひとりで乗り越えられないのなら私も力になる。バスティンだってこのまま辛い思いだけをしないで強くなれる。かもよ?』
「……」
他の執事にも言われたことのない指摘を主様にされて思わず武器をかまえそうになった。
けれど、俺を見る主様の瞳が鏡のように俺を映していて、その心は徐々に落ち着いていった。
「俺だって……こんな俺ではアイツに…ジェシカに合わせる顔がないのはわかっている…」
『…その人を想うのならきっとこのままじゃいけないよ。いつまでも自分に負け続けるようなものなんだから』
「自分に…まける?」
『そうよ、自分の中の芯が自分の心に負けてる』
その言葉が、きっと俺を変えてくれたんだと思う。
あの頃の俺じゃ、今までの俺じゃ、気づけなかったと思う。
「…ありがとう、主様」
『バスティン、生きていくうえでね他人を信じなかったり、自分の心に嘘を吐き続けたり、さっきみたいに言い訳ばかりを重ねていくとね、どうしても人は弱くなっちゃんだよ』
「…それが、正解だとしてもか?」
『正解か、不正解かは…私が判断できることじゃないと思うけど……自分のことも相手のことも守ることはできないし、傷つけあうだけだと思うんだ』
「…そうか」
そう言って寂しそうに微笑む主様の表情から、俺は主様の心にも暗い過去があるのだと悟った。
その日から俺は少しだけ変わった気がする。
強くなりたいと思うのは変わらないけれど、孤独でいるのではなく主様を守るための剣となりたいと思えるようになった。
そして、心に固く決意をした。
絶対に主様を失わないと。この命に代えても主様は俺の手で守る。
そう思いながら大剣を握りしめる。
「主様が望むものはなんだ?」
『え?私が望むもの?』
「自分の未来をどうしてみたいと思う」
『あははっなんかスケールの大きい話題だね』
あれから時間が過ぎ、主様と過ごす時間は増えた。
俺の中の言い訳も少しずつ鎖が解かれている。
『今は、執事達みんなが幸せになれればいいな、と思うよ一番に』
「…自分のことは?」
『私はー…みんなが幸せになってくれたら私も幸せだからいいや』
主様の歯切れの悪い言葉に違和感を覚える。
「…主様、それは俺たちの幸せを言い訳に自分の幸せを諦めてはいないか?」
『…っそんなこと………あるのかな』
「そんなのはダメだ。俺は主様にいつまでも笑っていてほしい。俺のそばで俺の隣でいつまでも笑っていてほしいんだ。それが今の俺の願い、夢だ」
『…バスティン』
「主様が教えてくれたんだ。言い訳ばかりで自分を守っていたってダメだってことを。それは自分で乗り越えなければならないものなんだと。だから俺は、主様を守るために強くなることを選べたんだ」
『…バスティン、私はもう、自分に勝てるほど…強くないんだぁ…』
無理矢理口角をあげる主様の瞳から涙が溢れた。
ぽろぽろと流れる涙は壁が崩れたように勢いよく溢れる。
俺は自分のことで精いっぱいで主様のことなど見えていなかった。主様の心は俺以上に傷つき続け自分一人で抱えきれないほどになっていたのだ。
それなのに、俺のことを心配して助言をしてくれて…。
「主様…すまない……気づけなくて…」
主様はフルフルと首を横に振る。
「主様にだって…嫌なことや辛いことはたくさんあるんだよな……俺は執事としてそんな主様を支えるべきだった…」
肩を震わせるその小さな体が、ジェシカを失った時の自分に見えて。
あの日の自分に、今の自分ができること。
「俺は、大切な人を守り、大切な人に誇れる自分になるから…」
そっと抱きしめる。
もう泣かなくていいんだ。自分の弱さも自分の強さも、全部受け入れてそれを勇気にかえてまた自分を乗り越えるんだ。
「主様も、俺と一緒に乗り越えていこう…」
俺の腕の中で主様はコクンと小さく頷いた。
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