執事vs執事
※過去1長いお話になりました。お時間に余裕がある時にお読みください。
「え…ハウレスくん…今、なんと…」
ベリアンが困惑をしながらハウレスに聞き返す。
「…フェネスが、行方不明になりました…」
ハウレスが重い口を開いてそう言った。
沈黙が部屋を包む。まるで圧をかけるように。
バンッ
沈黙を突き破る物音にその場にいた全員は音のした方を見る。
「主様…?」
『探しに行ってくる…』
「え、あ、主様!ダメです!危険です!!!」
隣にいたフルーレが私の腕を掴んで制止をする。
その後ろからロノとバスティンも駆け寄って前に立つ。
錯乱する私は必死にもがく。
「…とりあえず、詳しく話を聞きましょう。そのあとでどうするかを話し合います」
「…すみません、俺の責任です…」
「は、ハウレスさんのせいじゃないっすよ!それを言うなら俺だって…」
「反省するのは後だ。ベリアンさん達に説明が先だろ」
「あ…すみません。一昨日から貴族から依頼された天使に襲われた村の復興の手伝い及びその村周辺の調査をしていたのですが…。村の復興は順調に終え、住人が無事に暮らせる環境が作れました。…ですが、そのあとの村の周辺の調査中、深い森の方を探索をしていたら時間になってもフェネスが現れず…」
「宿に戻って一晩を超えてもフェネスさんは帰ってこなかったっす。だから俺たちはもう一度森の中を探したっすけど見つけられず…一度屋敷に戻ることにしたっす」
説明をするふたりは表情に影を落としながら少しずつ説明をした。
フルーレの私の腕を掴む手に力が入っている。
ベリアンとルカスは顎に手を当てて考え込んでいる。
「…大体の事情は分かりました。無事に依頼を終えてくれてありがとうございます。今日はもう休んでください」
「そうだね、今日はこれからバスティンくんとベリアンで馬を走らせて捜索をしてもらおう」
「ルカスさん!俺は?!」
「ロノくんは…調理係だからね、ハウレスくん達にたくさん作ってもらわないとね…♪」
「わ、わかりました…」
こうして次々に執事達に仕事が割り振られていく。
その中に私はいなかった。結局私はまた何もできずに屋敷でただただ待つことしかできない。
「…主様」
「…また窓際で外を眺めてるっすね…」
フェネスが行方不明だと知らされて数日。
主様は窓際で外を眺める時間が増えた。
執事達との交流が一気に減って表情の変化も乏しくなっていった。
俺とアモンが扉の隙間からその様子を見て顔を見合わせる。
「…アモンはこれからフェネスの捜索に向かうんだよな?」
「はい、俺がフェネスさんと行動を一緒にしてたっすから…」
俺はアモンにすぐに向かうように言って主様の部屋に入る。
「主様…」
『…ハウレス、フェネスは見つかった…?』
「…いえ、でも必ず見つけます」
『…お願い、お願い…フェネス…』
主様の瞳から涙が伝った。
その涙が主様にとってフェネスがどのような感情を抱いているかを表していた。
そばまで寄って手を握る。主様は特に反応を見せずにただただ静かに涙を流した。
「…大丈夫です。俺が…!俺がフェネスの分もおそばにいます」
『……』
「だから主様、どうか元気になってください。俺は、主様の笑ったお顔が好きです」
俺の言葉に主様がゆっくりと俺の方を向いた。
月明かりと一緒に映る主様はとても神秘的で思わず目が奪われる。
そして、主様は辛そうに微笑んだ。
今にも溶けて消えていきそうなその微笑みに俺は思わず主様を抱きしめた。
どこにも行ってほしくないその一心で腕を精いっぱい伸ばして主様を飲み込むように包み込む。
「…悪魔執事はいつ消えてもおかしくない存在なのです…戦いの中で命を失うこともあれば絶望に飲み込まれて消えてしまう執事もいます…」
『……』
「フェネスは…フェネスはそんなやわな奴ではないのはわかっています。俺も帰ってくることを信じています。…でも、主様…」
『……やめてよ』
「主様…っ」
『私は…!私はフェネスだから…!フェネスじゃなきゃ私は…!………景色に色づかないの…』
ドンッと俺の身体を突き放して主様は部屋を出ていかれた。
自分自身の言葉に後悔する俺は壁を力任せに殴る。拳や腕がじんじんと痛んでも心の痛みの方がつらかった。
フェネスが行方不明になって1か月が経った。
執事達の間では不穏な空気が漂っていた。
「…捜索は、今日までに致しましょう」
「…そうだね、連日の捜索で馬たちもだいぶ疲弊しているし、なにより他の執事達が…」
「…とても残念ですが…」
ベリアンとルカスの会話が耳に入る。
バンッと部屋の扉を力任せに開く。中にいたふたりが驚いてこちらを見た。
『なんで…!なんでよ…!!!』
「あ、主様…!」
「主様…ごめんね、気持ちはすごくわかるけれど…」
ルカスが言いづらそうに言葉を発するのを胸ぐらを掴んで止める。
感情任せに動いている私をベリアンが必死に止める。
今まで我慢していた分感情が口からあふれて止まらなかった。
『今まで…今まで待つことしかできなかったのに…!今度は大人しく現実を見ろって言うの?!もう待つことさえ許されないの?!フェネスは……フェネスは私の光だったのに!!!!フェネスがいないまま私はどう生きればいいのよ!!!!!』
「主様!」
ルカスに向かってわめく私を第三者が引き止める。
腕を掴まれ引っ張るその人物を見るとハウレスだった。
『…う、うぅ……』
ポロポロと涙が溢れて止まらない。
そんな私にハウレスが指で涙をふき取る。
「主様……力不足で本当に申し訳ありません…」
ベリアンがそう言って頭を深く深く下げた。
私は言葉が出ずにその場で泣き崩れた。
「ルカスさん!!!!!!ルカスさん!!!!!!!」
突如夜の屋敷に大きな声が響いた。
バタバタと異変に気付いた執事達が声のする方に集まった。
「…!フェネス…!」
向かった先の玄関にはバスティンとアモンに支えられたフェネスの姿があった。
怪我は多少しているもののそれよりも衰弱しているのが見てもわかる。
「ルカスさんを!」
「はい!俺、呼んできます!」
フルーレが屋敷の奥に走っていった。
3階まで運ぶのが困難なためリビングまで運び、ロノに水を頼んだ。
息もか細く、目に生気がない。
「栄養失調と脱水……」
呼ばれたルカスがフェネスを診察をする。執事達が見守る。
「…うん。なんとかなりそう。フェネスくんは大丈夫だよ」
「ほ、本当ですか…!ルカスさん!」
「元の生活に戻るには時間がかかるだろうけど、元気になるよ」
「よ、よかった…主様にも報告しなければ」
俺は他の執事にも戻るように指示をして主様の自室に向かった。
「主様!」
『…ハウレス』
主様はソファに座って読書をされていた。今日は窓際にいなかったから気づかなかったみたいだ。
きっとフェネスが戻ってきたことを知ったら前のような陽だまりの笑顔を見せてくれる、そう信じて俺は口を開いた。
「フェネスが、見つかりました」
『え…っ。ほ、本当?』
ソファから立ちあ上がってこちらに駆け寄ってくる主様。
俺の言葉に一度もこんなに反応などしなかったのに。フェネスのことになるとこうも変わるんだな、と胸がちくりと痛んだ。
「今はルカスさんが治療を行っております。落ち着いたらお見舞いに行きましょう」
『いつ?!いつ終わるの?!』
食い気味に言葉を発する主様。よほど心配されていたのだろう。
羨ましい。
そんな感情が俺を支配する。
「……」
『…はっ…?』
俺は、主様に顔を近づけた。突然の行動に主様は困惑して一瞬顔を遠ざける。
だが、それを俺は許さなかった。
鼻と鼻が少し触れあって、唇が重なった。
バシンッ
俺の中で何かが満たされたと同時に頬に痛みが走った。
わなわなと震える主様が俺の頬を叩いた手と逆の手で唇に触れていた。
きっと今あそこに俺の感触が残っているのだろう。そんな背徳感が俺の中にあった。
「…ルカスさんの許可が下りたらまた伝えに来ますね」
そう言って俺は部屋を出た。
それから2日が経った。
「…う…」
身体が鉛のように重い。
『フェネス?!』
主様の声が聞こえる。
ああ、俺がまた心配をかけてしまったんだな。
本当に情けない。
「……あ、…うぁ…」
上手く声が出せない…。なんだろう、意識もハッキリしない。
『ま、待っててね、ルカスを呼んでくるから!!!!!』
主様の背中を見ながら、このまま主様が帰ってこないんじゃないかと不安に駆られる。だが俺には引き止める声も、力もなかった。
寂しい。早く主様のお顔を見たい。
身体も指先でさえも動かせない。
ぼんやりと見える視界でここがルカスさんの部屋なんだと認識はできた。
「……は、…あぃ…」
声を出そうとするも微かなかすれ声が出るだけだった。
「フェネスくん、起きたのかい?」
「…う…」
「無理はしないでね、君は衰弱した状態で見つかったから体の筋肉や臓器がまだ完全な状態じゃないんだ」
『フェネス…よかった…本当に…』
涙を浮かべる主様。その目元を拭うこともできない。
腕をあげたくても力が入らない。
「ふむ…声も出せないし、体も動かないんだね…」
「……」
「フェネスくん、はいなら瞬きを、いいえならゆっくりと瞳を左右に動かしてくれるかい?」
俺はゆっくりと瞬きをした。
「君が行方不明になっている間、森にあったものを食べて生きながらえたのかい?」
また俺はまばたきをした。
「やっぱりね。知識がある君ならそうしたんだと思ったよ。もしかして、食べてはいけないと思ってもたべてしまったものがあるんじゃないかい?」
少し迷って瞬きをした。
「…やっぱり、そのせいで今後遺症が残っているんだね。何を食べたのかわからないと治しようがないけれど…」
俺は左右に瞳を動かした。
「おや…?後遺症が残らないと?」
瞬きをする。
「…うーん、君がそういうのなら信じるけれど、異常が出てきたらすぐに伝えるんだよ?」
少しだけ目を細めて微笑んだ。顔の表情も上手く動かせているかわからないけれど。
ルカスさんは主様と少し話をして部屋を出て行った。
主様が俺の隣に座って手を握ってくれた。
『フェネスが無事で…本当によかった…』
「…う、あ…」
ごめんなさい、と謝りたいのに。
喉から声を出したいのに。
そんな俺を見て主様が少しだけ微笑んだ。
『こうして目を見て話せるのが、本当に嬉しい。……フェネスのいない日常が、本当に辛かった』
「……」
『…もうこれからはそばを離れないでね』
また時間が経ち…。
「ハウレス」
「フェネス、もう身体は大丈夫なのか?」
「うん、天使狩りとかはまだ無理だけど日常生活に支障はないよ」
「そうか、良かった」
「心配かけてごめんね。これからフォロー頑張るよ」
「っふ。頼りにしてる」
日常生活に戻ったフェネスはまた俺の補佐をしてくれるようになった。
だが、俺はフェネスを見るたびに主様のことを思い出してしまって正直顔を合わせるのに晴れやかな気持ちではいられない。
あの日から主様は俺のことを一線引いて接するようになったのだ。
「主様とはどうだ?」
「え?主様?…すっかり元気になって専属としておそばで仕えさせてもらってるよ」
「…そうか」
「?どうしたのハウレス。浮かない顔をして」
「…フェネスは、主様のことをどう思ってる?」
「…え?すごく可愛らしくて素直で…見てて胸の中が温かくなる…そんな魅力的なお方だと思うよ」
「……」
主様のことを語るフェネスの表情は見たことないような満ち足りた顔をしていた。
照れくさそうに笑ってこちらを見るフェネスに思わず目を反らした。
「今回の件で心配をかけてしまったからお詫びとお礼を兼ねてなにかプレゼントしようと思うんだ」
「…良いことだと思う」
「ハウレスなら何が良いと思う?」
「っふ。お前の選ぶものならなんでも喜ぶと思うぞ」
「そうかな?俺なんかが送っても喜んでもらえるか…」
いつもの調子のフェネスに苛立ちを覚える。なぜ、なぜ主様の気持ちに気づいていないのか。
微塵にも両想いだとは考えていなさそうなフェネス。
俺には…主様が振り向くことは無いというのに。
「とりあえず、フェネスは主様のおそばで主様のために動くのが優先事項だ」
「うん、わかってるよ。ハウレスこそ、俺がいない間に自分の身の回りを片付けられそう?」
「…う、善処はする……」
「あはは、冗談だよ。今日は俺が片付けておくよ」
『フェネス!』
「主様、こんにちは」
『お昼、一緒に食べない?』
「いえいえ、執事の俺がご一緒するわけには…」
『いつもムーとばかりと食べてても楽しくないんだもん』
「ええっと……」
私の言葉に困ったように頬をかくフェネスにぷくっと頬を膨らませる。
『今日はリビングじゃなくて自分の部屋で食事することにするからさ、そうすれば他の執事の目もないでしょう?』
「…わ、わかりました。それなら…」
そうして私たちは密かに食事を共にすることにした。大きな体なのに食べるときは小さな一口でゆっくり噛んで食べている。
ベリアンに学んだのかフェネスの性格が出ているのか綺麗な所作で腕がしなやかに動いている。
「ど、どうされました…?顔に何かついていますか?」
『え、ううん。綺麗に食べるなぁって思って』
「そ、そうですか?普通に食べてるだけですけど…」
私の言葉に意識しているのか少しぎこちなくなる手元。
クスクスと笑うとフェネスも微笑んだ。平和で幸せな時間。
フェネスといると、辛いだけの日常も色づいて綺麗に見える。
『ご馳走様』
「食後のデザートはどういたしましょう?」
『お腹いっぱいだからティータイムに一緒に出してもらおうかな』
「かしこまりました。ロノに伝えておきますね」
コンコンッ
「誰だろう、出てきますね」
『お願い』
フェネスが私の部屋に訪れた執事の対応をしている。
親しげに話しているあたり2階の執事の内の誰かだろうか。
「主様、ハウレスがお話あるそうです」
『…ハウレスが?』
「フェネスにも関係があるから一緒に聞いてほしい」
「うん?」
フェネスと一緒に部屋に入ってきたハウレスが私の前で傅いた。
「主様」
『なに?』
「俺は、主様をお慕いしております。この気持ちは他の執事の誰より負けないつもりです」
「な…っ」
フェネスがハウレスの方を凝視している。
私は黙ってハウレスを見る。フェネスを見たかったけれど、私は伝えなければならない。
『…私は、ハウレスの気持ちには答えられない』
「主様…」
『でも、それは私がみんなの主だからじゃない。私にはもう心に決めた人がいるから』
私は少し息を吐いてからもう一度口を開いた。
『私は、フェネスが好き』
「…っえ」
いきなり自分の名前が出てきたことに驚いたフェネスが声を漏らした。
ハウレスは少し俯いて、ぐっと拳を握っている。
『…用事がそれだけならもう下がって。仕事が残っているんでしょ』
「…失礼します」
ハウレスが出て行った。
取り残されたフェネスがおずおずと私に話しかけてくる。
「あ、主様…」
『…さっき言ったことは気にしないでね』
明らかに困惑してるその表情。
私の気持ちなど気づいていなかったのだろう。
『執事として、フェネスが一番好きだよ』
安心させる一言。
きっとこの言葉を待っていたのだろう。
私は「主」なのだから。
「はい、俺も主様が大好きです」
そう言って残酷に彼は微笑んだ。
私はハウレスを選べば幸せになれたのだろうか。同じ気持ちになれていたのだろうか。
それとも、報われないこの気持ちを抱き続けるべきなのだろか。
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