フルーレくん
『フルーレ、いる?』
「あ、あるじさま…っ?」
私の突然の訪問に部屋の中から慌てた様子のフルーレが出てきた。
それもそのはず。今この部屋の中では正気を失ったラトが暴れているのだから。
「危ないので今日はここには…」
『…みんなのご飯持ってきたの』
ミヤジ先生もフルーレも落ち着いたラトが食べれるようにとロノと一緒に作ったご飯。
片手で食べれるようにとおにぎりや軽いお菓子など、考えて作ったのをフルーレに差し出す。
「わ、わざわざありがとうございます」
「フルーレくん。せっかく主様が持ってきたのだから食べてきなさい。ここは私に任せてくれていいよ」
「で、でもミヤジ先生…!」
「主様、フルーレくんを頼む」
『え、あ、うん…』
後ろ髪を引かれながら部屋を出るフルーレと一緒にリビングの方へと歩く。
そわそわと視線を泳がせながら隣を歩くフルーレに声をかける。
『ミヤジ先生なら大丈夫だよ』
「そ、そうなんですけど…いつも任せてばかりで…」
『…しょうがないよ、フルーレが怪我をしてしまったらミヤジ先生も悲しいだろうし』
「…俺も頼られるようになりたいです」
『…じゃあ普段のラトの面倒を見るのを頑張ったらいいんじゃない?そうすればミヤジ先生もフルーレに頼ってくれるでしょう?』
「…そ、そうかもしれない」
少しだけ落ち着いたフルーレ。ちょうどリビングに着いた私はフルーレを椅子に座らせて目の前に持っていた皿を置く。
『はい、召し上がれ』
「え…主様の前で食事なんて…それに主様を立たせて俺だけ座って…!」
状況に気づいたのか椅子から立ち上がろうとするフルーレの両肩を掴んで押し込む。
すとんっとまた座るフルーレに『もうっ』と息を吐く。
『今日は私がロノの代わりみたいなもの!ご飯はちゃんと食べなきゃ!』
「い、いただきます…」
素直におにぎりに手を伸ばすフルーレ。お腹は空いていたみたいだ。
小さな口で一口食べてもぐもぐと食べている。
私も隣に腰をかけてその様子を見てみる。
「み、見られながら食べるの恥ずかしいです…」
ぷいっと私と反対方向に顔を向けるフルーレに少しだけ笑って謝る。
ゆっくりとした時間が流れ、時間をかけておにぎりひとつたべきったフルーレ。
「ふぅ…おなかいっぱい」
『え?おにぎりひとつで?』
「はい、もう満足です」
そんなに大きくも作っていないおにぎりで本当に満足そうにお腹をさすっている。
普通の女子よりも小食なんじゃないかと思ったくらいだ。
『お菓子もたべてたべて』
思わずもっと食べるように勧めてみる。
フルーレは小さめのものをひとつ手に取って小さくかじる。
「うん、美味しいです」
ふにゃ、と少し表情が柔らかくなった。
甘いものは幸せになれるもんね。ひとつ食べ終わっても次に手を伸ばす気配がない。
残り全部をミヤジ先生に渡すわけにもいかずに私は口を開く。
『もっと食べないの?』
「も、もうお腹がいっぱいです」
『本当に?』
「お、俺そんなに食べれないんです…」
『たくさん食べると思って用意してたのにな…』
「す、すみません…」
ラトもパセリ以外には興味を示さないし…。
ロノに残したなんて言ったら悲しませてしまう。
『私が食べるか…』
しゅん、とひとつおにぎりを手に取る。
夕食もすませたばかりでそんなにお腹は空いていないがもぐもぐとおにぎりを頬ばる。
焼いたお魚にマヨネーズをあえたもの、塩だけで味をつけたもの、つくだ煮のようにしたもの、いろいろな種類を作っておいた。
「……」
隣でもぐもぐ食べている私の姿をみたフルーレがひとつおにぎりを手に取った。
横目でチラリとフルーレを見て、ふたりで黙々とおにぎりを頬張る。
『ふぅう…おなかいっぱい…』
「ほ、ほんとに…」
おにぎりを食べ終わった私たちは椅子にもたれかかって全身から力が抜ける。
とりあえずミヤジ先生が食べきれそうな分まで減らせた。
しんどそうにしているフルーレの方を見ると、フルーレも私の視線に気づいてこっちをみる。
私は椅子から背を離してフルーレの肩に寄りかかってみた。
「あ、あるじさま…?!」
『えへへ、たまにはこういうのもありかなぁ』
「……だ、誰か来たら落としますからね…」
『はぁ~い』
照れくさそうにぼそっとそういうフルーレに私はへらへらしながら返事をするとフルーレの頭が私の頭とこつんと当たった。
フルーレも私の身体に身を預けてくれた。
ふたりで寄り添っていると、満腹感もあって眠気が襲ってくる。
『ちょっと…ねむたくなってきちゃった…』
それだけ言って私の意識は途切れた。
そのあと、人の気配を感じて起きた私は仲良く寄り添って眠っているフルーレと私を見て微笑んでいるほかの執事たちが視界に見えた。
驚いて身体を起こす私の振動で起きたのかフルーレも起きてひとりでテンパっていた。
フルーレは怒ったり私に謝ったりとせわしなかったけれど、これもまた思い出のひとつとなったと思った私は笑っていた。
そんなとある1日の思い出。
.