『ぐず…っ…ひっぐ…』


「…」



主様は最近泣くことが多い。
俺にはわからないことだ。
だが、泣いている主様を見ると俺は胸のあたりが痛くなる。
主様には笑っていてほしい。



『……あんなやつ、嫌い』


「主様、そんなやつと一緒にいる必要はない」


『わかってる…！！！わかってるんだけど……』


「ならどうして一緒に居るんだ？」


『…なんでかわかんないけど…すっごい嫌いなのに…好きなんだもん…』


「なんで主様が泣く必要があるんだ」


『…ぅううう……』



目の前でポロポロ涙を流す主様。
俺には理解ができなくていろいろ聞いてみるも答えという答えが主様からもでてこない。



『頭ではわかってても心がおいつかないの』


「…俺には理解ができないが、俺には言えることがある」


『…ぐず…なに』


「俺なら主様を泣かせない」



とりあえず俺に言えることを言ってみる。
相談相手としては俺は頼りないかもしれないが、努力はするつもりだ。


『……はは、なにそれ…』



泣いていた主様が笑った。
それだけで俺の胸のあたりの痛みは消えて温かくなる。
俺は、主様に笑ってほしい。



「…主様は笑っていた方が良い」


『……そうなのかも、しれないね』



ぐし、と涙を拭う主様の前に跪く。
まっすぐと主様を見ると、主様も俺の方をみた。



『…私の付き合ってる人、最低なクズ野郎なの』


「なんだと」


『浮気ばっかりするし、最近はデートに誘っても断られるし、断られなくてもドタキャンするし…それなのに急に家に来ては何もなく寝て帰るし…意味わかんないし…』



話しながらまたボロボロ涙を流す主様。



「…それでも……それでもそいつがいいのか…？」


『…昔は、いいやつだったんだよ。一緒にいて楽しかったし…私のためにしてくれるサプライズが嬉しかった…それに…』



俺を見る主様の瞳は俺ではない男を思い浮かべている。
そんな主様の瞳を俺には独占できないのだろうか。いつの間にか俺はそんなことを考えていた。



「…なら主様は俺と浮気をしよう。俺とデートをして、俺と予定を立てて、そいつとできなかったことを俺としよう。…俺も主様のためにサプライズを考えよう」


『…バスティン……』



俺の言葉に主様は驚いたように目を見開いて少しして少しだけ目を細めて微笑んだ。



『ありがとう…でも、バスティンを利用するようなそんなことはしたくないよ』


「俺は主様の執事だ。主様の力になれるのなら利用されるのも悪くない。なにより、主様が泣いているのを見ていたくはない。それなら俺が主様を笑顔にする」



こんなに人と話すのはいつぶりだろうか。
俺の口がこんなにも止まらないのは主様だからだろう。
口下手な俺だから必死に伝えなければきっと主様に俺の気持ちは届かない。



「主様は、自分のしんぱいをすればいい。俺の心配などいらない」


『バスティン、ありがとう』


主様は俺に手を伸ばしてだきついた。
我慢していた嗚咽を漏らしながら泣く主様を俺は力強く抱きしめ返した。
もう離したくはない。主様を泣かせるようなやつのところに帰したくない。
ずっとこのまま俺の腕の中で笑っていてほしい。



「主様、今度街へ行って主様の食べたいものを食べよう。主様の好きなものを見て回ろう。そのあとは景色の良いところへ行って…」



頭の中で想像をしながらそんなことを話し始める。
今日の俺は俺らしくない。
腕の中の主様はコクコクと頷いている。
ふっ、と少しだけ俺は口角をあげてぽんぽんと主様の頭を撫でる。



俺が、主様の笑顔も守って見せる。






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