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ベリアン


※このお話は主様が壊れています
※暴力的表現があります
※長いお話です











私の好きな人は誰にでも優しい。

それは彼の性格ゆえの優しさで。

いつも人を安心させる微笑みを浮かべている。

なんで、この笑顔は


私だけに向けられないのだろう














『…あ、ベリアン』



とある日、廊下をムーと歩いていたら向かう先にベリアンが見えた。
私の好きな人。


「みなさんと談笑中みたいですね!」

『…そうだね』



他の執事と笑顔で話しているベリアン。
目を細めるその瞳に今私は映っていない。



「僕達も混ざりましょう!主様!」



ムーがはしゃぎながら私に提案をする。
だが、私の方を向いたムーの顔から笑顔が消えた。



「ど、どーしました?主様?」


『………私が混ざったら気を遣わせちゃうから中庭にでも行こうか』



そう言って私が笑うとムーは少しだけ心配そうに頷いた。
目が笑っていない私は今どんな感情を顔に出しているのか、私自身にもわからない。













「わあ!花が変わりましたねえ!季節が変わっている証拠です!」


中庭に来た私達は新しく植えられたであろう季節の花を見て回った。
アモンの愛情によって丁寧に植えられ育てられた花たちは生き生きと私達に顔を向けている。



『……この花たちはアモンの愛情を一心に受けて育てられたんだよね』


「そうですね!アモンさんはお花が大好きですから!」


『…まるでベリアンみたい』


「?主様、何か言いました?」


『いや、本当に綺麗だからアモンに飾ってもらおうか』


「良いですね!!!そうしましょう!」


そうしてまたムーと中庭を歩き出す。



「主様!」



すると後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
ムーと振り返る。



「あれ?ベリアンさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」


『………』


「いえ、主様の姿を先程見かけまして……日傘もささずにお昼の中庭を歩くと焼けてしまいますので日傘をお持ちしました」


「わわ!主様ごめんなさい!」



ベリアンが手に持っていたきれいな日傘を私が陰るようにさす。
必然と距離が近くなる。
自分の影にはなっていないのにこちらを見て微笑むベリアンに少しだけ胸がチクッといたくなる。
私を見ているのに、私と何かを重ねてみているかのような視線。



『…っいい加減にして!!!』


「あ、主様…?」


『どうしていつも私だけを見てくれないの?』


「ど、どうしたんですか主様?」



ムーが驚いて私に駆け寄る。
そんなムーをキッと睨みつけて口を開く。



『ムーは下がってて、ベリアンとふたりきりになりたいの』


「え、あ…でも…」


「ムーちゃん、下がっていて大丈夫ですよ。ロノくんにティータイムの準備をしてもらうよう伝えてきてください」



おずおずと立ち去るムー。
ふたりきりになると静寂に包まれた。



「主様、私は何かお気に触るようなことをしてしまいましたでしょうか?」


『ベリアンは……。ベリアンはみんなに優しすぎる。平等なの、私にも、皆にも、ほかの貴族の女性にも』


「そ、そんなことは…」


『私が特別だとか私だけとか言っておきながら!!!!!全然そんなことはない!!!!』



私が大きな声を出すもベリアンは動じない。
感情任せに言葉を吐き出す。



『どうして私だけがいつも………見返りとか、そんなん…前まで考えたこともなかったのに……ベリアンもいつも愛情をくれていると思ってたから……』


「主様…」


『やめて、またその優しさで私を傷つけないで』



手を伸ばすベリアンの手を振り払う。
この人がいつも優しいのはもう痛いほどわかる。




『ベリアンなんか、好きにならなければよかった』


「…っ」



ポロポロ涙があふれ出してそれだけ言って中庭から走り出した。
ベリアンが追いかけてくることはなかった。




「うわっ主様?!どーしたっすか?!」



屋敷の中に駆け込むように入るとちょうど玄関にいたアモンとぶつかった。
ぐしゃぐしゃの顔の私を見て上ずった声を出すアモン。



『うぅ………う………』


今はひとりになりたくてアモンの横を無言で通り過ぎる。



「俺で良ければ話聞くっすよ。話したくなければせめて一緒にいましょっす。主様」



自室の前に来るとアモンが扉を開けてくれる。


『ひとりにさせて』


「それは無理なお願いっすね、俺は困ってる人は助けたくなっちゃうひとなんすよ」


『命令よ』


「俺が素直に聞くと思いますっすか?」


『〜…もういい』



ため息を吐いてソファに腰を掛けると近くでアモンが待機をした。
専属でもないのに。




『…ねぇ』


「どうしたっすか?」


『……ベリアンは優しすぎるよね』


「ベリアンさんっすか?そうっすね。人に見返りも求めずにあんなに優しすぎるのは損してるっすよね。でもそれがベリアンさんですから尊敬はするっす」


『…みんなに優しいのは当たり前なのにね』


「みんなに優しいっすけど、主様には特別甘いと思うっすよ」


『…そんなわけない』


「なーにを意地を張っているのかわからないっすけど、ベリアンさんは主様のことを常に考えてて他の執事が主様にしようとすることをすべて自分が先にしようとするっすよ。スケジュール確認とか、ティータイムの準備とか、たまに自分でキッチンに立ったりお風呂の準備までするっすからあの人」


『…なにそれ…?』


「すごいっすよね。執事の域超えてるような気もするっすけど、主様に対するあ・い・じょ・う、は誰にも負けないっすね~」



アモンが強調をしてにやにやとそう言った。
私が泣いてる理由も拗ねてる理由もすべて悟ったようだ。
呆気にとられる私に近づいて口を開く。




「主様に感謝してもらおうとかそんなことベリアンさんは考えてないっすけど、主様には常に笑顔でいてもらおうとしてるっすよ。主様のこと一番理解してるのはベリアンさんなのに他の執事にどんな花を飾るのが良いのかとかプレゼントは何が良いか、とかいろいろ聞いてはすごい幸せそうに微笑むっすからねぇ。それだけは主様にわかっていてほしいっす」



『……私、言っちゃいけないこといった…』


「…だーいじょうぶっすよ。ベリアンさんならちゃんと謝って説明すればなんでも聞いてくれるっす。主様」


『…最低だな、私』


「話し合いましょうっす。主様。ふたりが笑顔じゃないなんてこっちの調子が狂っちゃうっす」



アモンが手を差し伸べる。
この手を取ればベリアンに謝ることができる。今まで通りに戻る。
今まで通り?
またベリアンが平等に 私にも 優しくしてくれる。
それでいいの?



『……違う』


「え?」


『私は、今までの関係に戻りたいわけじゃない』


「主様…?」


『私は、私だけに……』



近くにある花瓶を手に取る。
アモンは行動の意図に気づけず私を凝視している。
私はそのまま花瓶をアモンの頭にぶつけた。派手な音を立てて花瓶は割れ、中にある水と花をアモンが被る。



「…っあ、主様…?!」



倒れこんだアモンがぶつけたところから血を流しながら私の方を見る。
私はそんなアモンを上から見下ろす。



『…ベリアンの優しさは私だけに向けられたいの。でもここにいたらベリアンはみんな平等に優しくなるの』


「あ、主様…!待つっす…!ダメっす…!」



キョロキョロとアモンにとどめをさすものを探す。
鈍器になりそうな飾りを掴む。アモンは焦りながらも私が掴んだそれをどう使うかを察して私の腕を制止する。



「そんなことをしても意味ないっすよ!」


『黙って?』


アモンの静止も虚しく狂った私の力には抗えずに私は鈍器を振り下ろした。
自分の頭を手で庇うアモンめがけて。



「主様!!!」



ガシッと両手首を掴まれる。
声はアモンからではなく真上から聞こえた。



「なにをしているんですか?!」


私の腕を掴んだのはベリアンだった。振り返った先には他の執事達もある待っている。花瓶をぶつけた時の音で駆けつけたのだろう。
この惨状を見てみんな言葉を失っている。




「…主様、一度落ち着いて話し合いましょう?」


『………』


身体から力が抜けた私の手からベリアンが鈍器を受け取る。
ハウレスとフェネスがアモンに駆け寄った。
アモンは苦笑いしながらふたりの肩を借りて立ち上がる。


「主様、申し訳ありませんでしたっす…俺が怒らせてしまい…」


「事情を聴くのはあとだ、先にルカスさんに診てもらおう」


「アモン、歩ける?」



ベリアンとハウレスがアイコンアクトで頷いて他の執事達も部屋から出て行った。
無言でうつむく私にベリアンが棚からブランケットを出して私にかけてくれた。



「紅茶を淹れましょうか?」


小さく首を横に振った。


「…少しずつでいいので話し合いましょう」


ソファに促し腰を掛ける私の前に膝をついてベリアンが手を握った。
いつもこうやって励ましてくれたり心配してくれる。



『……私は最低な人間なの』


「そんなことございません。主様はとても素敵なお方です」


『…アモンに怪我させちゃった』


「…何か事情があったのでしょう?私がなんでも聞きます。あとで一緒に謝りに行きましょう。アモンくんの大好きなお花を持って」


『……ベリアンにも…』


「…私が主様を傷つけるような配慮に欠けた行動をしてしまったのですよね、執事でありながら気づけず本当に申し訳ありません…」


『…ちがっ…私が…』


「主様、すべて私のせいにしてくださってかまいません。すべてをぶつけてください。私だけには主様の本音を言ってください」


『…えっ』


「他の執事も誰も知らない主様の心の声まで私は知りたいのです。…わがままでしょうか」


『……』



私は、首を横に振る。
ベリアンは私の瞳を見て声色を変えずに優しい声で優しい微笑みで続ける。



「主様も、私にわがままを言ってください。私は主様の望むことはなんでもして差し上げたいのです。私のすべてを捧げたいくらいに私は主様が大事で特別で…私にとって最愛のお方なのです」


『…っ』


「悪魔執事である私がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんね…」


『…ほんと…私もベリアンも…おかしい…』



そう言って無理やり笑うと、ベリアンも微笑んだ。
その瞳にはしっかりと私が映っていた。

それだけで嬉しく思う私は本当におかしいと思う。



「主様と同じ部分があるだけで私は嬉しく思います」


『私も、そう思う』


例えおかしくなってもその沼に足を一度踏み込んでしまったら抜け出せない。
底がない恐怖に気付くまでどんどん沈んでいく。
その深淵はどこまでもどこまでも広がる。


『アモン、大丈夫かな』


「ルカスさんがいるからきっと大丈夫ですよ」


『………』



視線が他に向けられたベリアンは今他の執事のことを考えている。
ああまただ。またこの感覚。



『ベリアン』


「はい、主様?」


『ふたりで、遠くに行こっか』


「…ふふ、それも良いですね」



一瞬目を見開いたベリアンはいつもの笑顔でそう答えた。
ベリアンを独占したいのに。



『ふふ、待っててねベリアン』



その日は遠くないはずだから。
心の中のどす黒い感情を隠しながら笑う。
そのあと治療をうけたアモンの元へ謝りに行った。
目を泳がせて「大丈夫」だと言うアモンは明らかな恐怖心がみえた。
私の深淵を見たのだから仕方がない。

でも大丈夫。すぐに忘れられるはずだから。



その日から、悪魔執事の住むお屋敷は変わってしまった。





私の好きな人は誰にでも優しい。

それは彼の性格ゆえの優しさで。

いつも人を安心させる微笑みを浮かべている。

なんで、この笑顔は


私だけに向けられないのだろう



なら、自分に向くようにしてしまえばいい。

私たちは、おかしいのだから。






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