執事vs執事
「ハウレスさん」
「ん…?フルーレか、どうした?」
とある日。主様の専属としておそばにいながらもグロバナー家から送られてくる書類などに目を通していたらフルーレが話しかけてきた。
いつもならこの自由時間中は執事部屋にこもって衣装づくりに励んでいるはずだが…。
「今の主様の専属ってハウレスさんなんですか?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「…そうですか」
俺の返事に少しだけ眉をひそめたフルーレは目を伏せて何か考えている。
書類から目を離してフルーレの方に身体を向ける。
俺の行動に少しだけたじろいだ様子のフルーレだが意を決して口を開いた。
「…主様の専属執事を降りてもらえませんか」
「…は?」
「主様の専属執事は俺がします」
「待て待てフルーレ……専属はなりたいからとなれるものではない。主様がきめてくださることだ。そのうちフルーレも呼ばれる時が来るだろう。それまで他で主様をサポートするんだ」
俺の言葉にも退く意思はなく、キッと俺を睨みつける。
いつも素直でない部分はあるもののこんなにも反抗的なフルーレは初めてだ。
「はぁ……どうして急にこんなことを?」
「…そ、それは……」
急に目を反らしてどもり始めるフルーレ。いつもの様子に少しだけ安心をするが先程までの行動に意味があるようなので俺は続きを促す。
「なんだ?言ってみろ」
「…お、俺は…その…主様のことがだ、大好きなんです…だから主様の衣装づくりにも手を抜かずに頑張ってきました。…でもそれだけじゃダメなんだ…俺はもっと、もっと主様を支えたい。もっと身近にいて、全面的に主様を支えながら一緒に過ごしたいんです!」
「……フルーレ、酷なことを言うがそれだけではお前に専属執事としては押せない」
「…っ…な、なんでですか…!」
「俺も含めて他の執事だって同じ気持ちのはずだ。主様を支えたい。一緒に過ごしたい。主様のためを思ってみんな行動しているはずだ」
「…そ、それは…」
「主様を想う気持ちは立派だと思うぞ。同じ執事として一緒に主様を支えていこう」
「…」
ギリ、とフルーレが歯を食いしばったのがわかった。
「ハウレスさん、俺と一戦交えてください」
「…なに?」
「俺が勝てたら、専属執事を降りてください」
「…お前な……」
フルーレが本気なのはその目つきからひしひしと伝わってくる。
どうしたものか、と頭を悩ませているとフルーレが部屋を出て行った。
「いつもトレーニングをしているところで待ってます」
それだけ言い残して。
フルーレの気持ちは痛いほどわかる。誰よりも主様を大切に思う気持ちはあると自信があるからこそ自分が専属執事でありたいと思ってしまう。
現に今自分が専属執事として主様のそばにお仕えできて毎日が充実している気さえ感じる。
はぁ、とため息を吐いて脱いでいた上着を手に取って中庭へと向かった。
『ハウレス?』
「え…主様?」
「来ましたね、ハウレスさん」
中庭へ行くとそこにはフルーレと主様の姿があった。
何も聞かされていないのか俺の登場に不思議そうにこちらを見ていた。
そういうことか、ともう一度息を吐いてフルーレの方を見る。
「主様も暇なお方ではないんだぞ、フルーレ」
「俺はそれほど本気です」
『え?え?』
「すみません、主様。フルーレが主様の専属執事を賭けて一戦を交えたいと言っておりまして」
「主様!俺は主様の専属執事としてお仕えしたいんです!…でも、俺では頼りない部分があるかもしれません……だから主様を想う気持ちでハウレスさんに勝って見せます…!」
『フルーレ…』
「俺も、専属執事は降りるつもりはありません。本気で戦わせていただくので見るのがお辛かったら目をそらしていただいて大丈夫です」
そうして俺とフルーレは木剣ではなく互いの武器を握りしめて対峙した。
フルーレに負けるつもりはない。だがいつもと違うのはフルーレが強い意思を持ってこの場に立っていることだ。人は何かを決意したとき持ってる力よりも数倍の力を発揮することがある。
その力に不意を突かれなければ良いが。
「…はぁ!」
フルーレが突っ込んでくる。いつもと同じ甘い突き。
どう動こうとしているかが普段稽古をつけていることもあってよく見える。
レイピアを剣で受け止めて弾く。体制を崩したフルーレに追い打ちでレイピアを弾くと受け止めようと力を籠める手の反動で痺れが走ったのかレイピアを落とした。
「…ぅぐ…」
痺れる手を抑えながら素早くレイピアを拾い上げて距離を取るフルーレ。
やはり実戦経験の差がありすぎる。フルーレは護身のためのトレーニングしかしていないから攻め方を知らない。
この時間を終わらせるにはフルーレには悪いが心の方を折りに行かなければならない。
「…っ」
剣をかまえなおしてフルーレに突っ込むと顔を青ざめた顔のフルーレが避けようと横に倒れこんだ。
「…くそっ……」
ふらふら起き上がって数回レイピアを振るうと俺の方に突っ込んでくる。
がむしゃらにレイピアを突くフルーレの攻撃を冷静に見て避け続ける。
「…ふ、…ぅっ…」
レイピアばかりを見ていたから気づかなかったが、フルーレの声に違和感を感じてフルーレの方を見るとボロボロ涙を流していた。
これは…もう心を折ってしまったか、と剣を振って弾くと簡単にフルーレは尻もちをついた。
「もういいだろう。フルーレ」
「…くそっ!…くそ………」
涙をぬぐいながら悔しそうに拳を地面にたたきつけるフルーレの姿に少しだけ胸が痛んだ。
主様が駆け寄ってくる。
『フルーレ…大丈夫?』
「……すみません、…主様」
「気に病まないでください、主様。専属でなくとも執事達は主様を支えるためにみな奮闘しています」
「………」
立ち上がったフルーレが屋敷の方へと走り出した。
主様は不安そうにフルーレの背中を見守っておられます。あんなフルーレにも容赦なくしてしまった俺に失望されただろうか。今更そんな不安がよぎる。
「主様…」
『…あ、屋敷に戻ろう。何があったのか聞きたいし…』
「かしこまりました」
そうして俺は主様と主様の自室へと戻った。紅茶を淹れながらフルーレと何があったのか話すと主様は数回頷いた。
主様がどう思われているのかが気になるが、聞くに聞けない自分がいた。
『なんか、フルーレに申し訳ないことしちゃったみたいだね……』
「いえ、そんな主様が気にされることでは……」
『ハウレスが専属執事と執事としての仕事の両立が難しいなら…』
「いえ!俺は、主様と一緒に居たいです!」
主様の言葉を遮りたくて出た言葉にハッとして口をふさぐ。
俺の言葉に主様も目を丸くしてこちらを見ていた。そして『っふ』とふにゃっと笑った。
「す、すみません…今のは忘れてください…」
『いや、それは無理かな。あははっ』
「……」
恥ずかしくなって何も言えない俺にひとしきり笑った主様が口を開いた。
『私も同じだからさ』
「…?」
『だから、私もハウレスと一緒に居たいからさ。そのために専属執事にしてる部分あるし』
「…え」
主様の言葉に俺が顔を赤くするとそれを見た主様もつられて顔を赤くした。
この時は俺は少しだけフルーレに感謝をしてしまった。このことがなかったらきっと主様からこのような言葉を聞けなかった気がして。
『フルーレには私もフォローしておくよ』
「お手間をおかけします。そうしてくれたらきっとフルーレの気持ちの整理がつくと思います」
『まったくもう…みんな私に過保護なんだから…』
「っふ…それほど主様が魅力的なひとなんですから仕方のないことです」
俺の言葉に少しだけ口をとがらせて主様は俺の淹れた紅茶を飲み干した。
まだまだ紅茶の淹れ方も上手くない俺の紅茶を文句も言わずに飲んでくれる主様。この人のために苦手なことも頑張ろうと思えるのだ。
いつまでも一緒に居たい。主様の隣にいるのは俺であってほしい。
毎日その思いは増しているのだから困ったものだ。
「主様、これからも俺が主様を支え、癒します」
『…ふふ、よろしくね』
そう言って微笑む俺の主様。
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