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ベリアン


※少々長いお話です。お時間のある時に読んでね。









私の好きな人はとにかく優しい。



「主様、本日もお疲れ様でございました。疲れが取れるように甘いお菓子と紅茶をご用意しております。どうぞ屋敷にいる間はリラックスされてくださいね」



私のためにとなんでもしてくれる。



「おや…主様。元気が無さそうに感じます。なにかあったのですか?私はいつでも主様の味方です。なんでもおっしゃってくださいね」



それが命を懸けることだって。ためらわずに。



「主様!!!!…っつ…お怪我はございませんか?…大丈夫そうですね…よかった…私ですか?ふふ、大丈夫です。少々かすり傷ができただけです」



いつだって私のために。



「主様、今日も素敵ですね。主様のお姿を見れるだけでなんだか元気になれる気がします。ふふ、ちょっと恥ずかしいことを言ってしまいました」




だから、いつもなんだか不安になる。














「主様、おかえりなさいませ。本日はお食事とお風呂はいかがなさいますか?」



『……ごめん。今日はロノのところに行く』



「え…?か、かしこまりました。ご案内します」


『いい。ひとりでいく』



私が一方的に言葉を吐き捨てて自室から出ていくとベリアンはそれ以上ついてこなかった。いつだって私に従順だったから私の言うことには逆らわない。
…主従関係だから。



「ん?主様?」



憂鬱な表情で廊下をとぼとぼと歩いていると材料を抱えてキッチンに入ろうとしていたロノがこちらに気づいた。
いつもひとりで出歩くことなどなかった私を見て不思議そうに私を見ていた。



「ベリアンさんはどうしたんですか?」


『…あー…うん。今日はひとりでいたくて』


「そういう日もありますよね!気晴らしにスイーツでもどうですか?そうだ、ひとりになりたいなら中庭にテーブルを運びましょうか?」


『…そう、しようかな』



歯切れの悪い返事の私にもロノは言及をせずに笑顔で話しかけてくれる。
今はこうして優しくされるのがつらいだなんて私は最低な人間だな、と思う。
中庭にふらりと出ると容赦なく日差しが照り付ける。
あ、そっか。いつもはベリアンが日傘をさしてくれてたっけ。
日焼けしたらフルーレに怒られちゃうかな。
とぼとぼと歩くと私の心とは対照的に綺麗な花たちが迎えてくれる。アモンの管理で整えられた中庭はいつだって自然の美しさを教えてくれる。




『アモン…いるかな』



誰かといたくない。
ふと心の中にそんな感情が生まれた。じわ、と涙が溢れそうになるのを上を向いて耐える。どうしてしまったのだろうか私は。
ひとりでいたいのなら、現実世界に帰ればいいのに。
頭ではわかっているのに私は自分の指にはまっている指輪を外すことができなかった。

そのまま私は屋敷の中庭ではない方へ歩き出した。























気づけば日が傾き始めていた。
どこまで歩いてしまったのだろうか。見たこともない森の中に私は立っていた。
気づいたころには恐怖心が身体を支配した。



『やば…ここどこだろう……や、屋敷はどっち…?』



来た道すらわからなくなった。後ろを振り返るも同じような木々、獣道。
まだ明るいのが救いだが、じきに日が暮れそうだ。
帰らなければ、そう思って振り返った先を歩き出す。



『……はぁ…はぁ…』



歩きづらい道で体力を消耗する。
地面からむき出しになった木の根っこに足が引っかかる。ド派手に転んだ私は身体全体を打ち付け激痛が走った。
慌てて身体を起こすと腕や脚、肘や膝に赤い血がにじみ出てきた。
全部が嫌になってしまう。木に寄りかかって膝を抱えて座り込む。



『……ベリアン』



ベリアンに八つ当たりなんてしなければこんなことにはならなかっただろうに。
後悔したってもう遅い。私のことなんてもう探してはくれない。
あんなひどい態度をしていくらベリアンでも呆れるだろう。
子供っぽいな。私。



『暗くなってきた……』



太陽の落ちた森の中はなぜか肌寒く感じる。体温を逃がさないようにさらに身体を丸めてじっとする。
心細さに涙がとうとう溢れた。
いつも誰かが近くに居てくれた、その反動で孤独にこんなにも寂しさを感じるなんて忘れていた。




『…?』



森の少し離れたところに何か光が見える。
白く照らされている一部に、少しだけ安心感を感じた。
誰かが探しに来てくれたのかもしれない、そう思ったからだ。
痛む足に鞭打って木を支えに立ち上がる。
よろよろと光が差す方へと歩く。



『だ、だれか…こっちに…』



声をかけると光がこちらに向いた。
光の正体がわかったとき、私の心臓が跳ねた。



『て、てんし……⁉』



なんでこんな森の中に…?!
執事達もいない、全身怪我だらけの私にはもう抵抗するすべはない。それに私の存在も気づかれた。
ここで誰にも知られずに私は天使に消される。
そう思ったら足の力が抜けてへたりと座り込んだ。



「死になさい、命のために」



ゆっくりゆっくりと天使が発光しながら近づいてくる。
死のカウントダウンが心拍数と重なって聞こえる。
もう涙も出てこなかった。





「主様!!!」



ぎゅっと目を閉じた時一番聞きたかった声に呼ばれた。
おそるおそる目を開けるとベリアンが武器を構えて天使をなぎ倒していた。
機械が壊れたような天使の声と同時に消失していった。
危機が去ったことにようやく呼吸ができた。



「主様!!大丈夫ですか?!」


武器を投げ捨ててベリアンが駆け寄ってくる。相当焦っていたのか私の肩を掴んでこちらに顔を近づけてくる。
ベリアンが来てくれたことに涙が出た。



「こんなところでなにをしていたのですか?日が落ちた森の中は大変危険です。執事の誰にも言わずに入ってはいけません、主様」



ビクッと身体が震えた。いつも優しいベリアンが怒っている。口調こそ荒げてはいないが腕を掴む手に力が込められている。
それほど、心配をしてここまで探しに来てくれた。



「良かった……本当に良かった……主様、どうか、どうか……おそばを離れないでください……」


腕を掴んでいた手を離して私を力強く抱きしめるベリアンに私は涙が溢れて止まらなかった。
子供のように泣きじゃくってベリアンを抱きしめ返した。



『ごめ……ごめんなさい……ごめんなさいベリアン…』



何度も何度も謝った。何度も何度も言ったって言い足りないくらい。



「お怪我をされていますね…先程の天使ですか?」


『…あ、いや…転んだ…』


「それは大変です、主様失礼いたします」




ベリアンはそう言うと私を軽々と抱き上げた。
驚いてベリアンにしがみつく。抱き上げられいることに気づいて目を開くとしがみついいているためベリアンの顔が至近距離にあった。
思わず顔を背ける。




「…主様、すぐに戻りますので少々我慢してくださいね」




私が顔をそむけたことに気づいたのかベリアンがそう言った。
ハッとして私は顔をベリアンの方に向ける。少しだけ寂しそうに微笑むベリアンに今日一番胸が痛くなった。




『…あ、ごめ、そういうつもりじゃ…』


「ロノくんも大変心配されていました。主様のお姿を見たら安心するでしょう」


『なんでロノ……あ…』



そうだ、今日ロノに会うからって出て行ったから…。
きゅっとベリアンの服を掴む。



『ベリアン……』


「…はい?」


『…怒って、る?』



私の言葉にきょとんと目を丸くして一瞬間をおいていつものように優しく微笑んだ。



「私が主様に怒ることなどなにもありませんよ。どうしてそう思われたのですか?」


『……今日の私、自分勝手がすぎたかなって……』


「ふふ、誰しもひとりになりたいときはあります。何も考えずにぼーっとしていたいときも。そうしているうちにこんなところに迷い込んだのでしょう?」


『…う、うん』


「大丈夫ですよ。必要であれば私は必ず主様の元へ駆けつけます」


『……あのね』



私がぽつりとそう言うとベリアンは察したのか立ち止まった。
今は私の話を聞くことを優先したようだ。
そこまでしなくていいのに、と思いながらもここで会話を途切れさせるのも時間がもっと遅くなるだけだと思い続けることにした。



『…私、ベリアンが優しすぎて………不安になる』


「わたしが、ですか…?」


『…いつかベリアンがいなくなった時、私ベリアンと離れることができるのかなって考えたり………なんか、もう一緒にいるのが当たり前すぎて…考えたくないのにそんなことばかり考えてて……今からでももっと距離感を正さないと、とか変に意識しちゃって……』


「…っ。私は、私は主様が私を必要としなくなるその時まで、おそばを離れることはありません」


『…ベリアン……』


「…いえ、それよりも…私は…主様のおそばを離れたくありません。私は主様が幸せに笑っておられるお姿が、一番素敵だと思っております。そしてそのお姿を私の前で見せてほしいとも思います。そのために私は努力を惜しみません。最大限主様のお世話をさせていただきたいです」


『…本当に、離れない?』


「はい。そう誓います。主様」


『…私がダメな人間になっても?』


「ふふ、主様にダメなところなんてございません。そのままの主様でも私は十分に魅力的に感じます」


『…ベリアンは本当に優しすぎるよ』


「主様だからこそ、そうしていたいのです」



ぎゅっとベリアンが腕に力をこめるとより一層距離が近くなる。
頭と頭をこつんとくっつけて微笑みあう。
やっぱりこんなにも優しくて一生懸命で素敵な好きな人と距離をとるなんて無理な話だったのかもしれない。
ならば、受け入れてその甘さに溺れてしまおう。
もう戻れないところまで彼を愛してしまっているのだから。








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