フェネスくん
横取りしないで
「フェネス」
「ハウレス、どうしたの?」
「ああ、来週の貴族会議のことなんだが……主様、少々フェネスをお借りします」
私の専属として一緒にいたフェネスがハウレスに呼び出されて席を外した。
浮かれてた気分が一気に冷める。
無意識にぷくっと頬を膨らませてフェネスが用意してくれたケーキにフォークを刺す。
「主様、失礼しました」
『…フェネスとハウレスって、仲が良いよね』
「え?…まぁ、他の執事と比べたら一緒に居る時間も多いですし……」
『私よりも…仲いい』
「あ、主様?」
『私が一番になりたいのに……』
「あ…主様はハウレスと、仲良くなりたいのですか?」
『…え?』
「ハウレスは忙しくしていますけど、主様の専属になる時間は机ると思います。俺も頑張りますし」
『~…!フェネスのばか!!!もう出てって!!ハウレスの仕事でも手伝ってきなよ!!!!!!』
「え?!あ、主様…!」
『…お願い、今はフェネスの顔見たくない』
「え……あ、すみません…失礼します」
パタン、と扉が閉じる。
部屋の中には私と寂しさ、後悔だけが残った。
無性に泣きたくなる。
『ばか…完全な逆切れじゃん……』
困惑したフェネスの顔が頭から離れない。
なんでこう感情的になっちゃうのかな。
『謝らなきゃ…!』
バンッと扉を開いて廊下へ飛び出す。
周りを見渡すとすぐ隣に背の高い朱色のの髪が見えた。
「…あ、主様……」
『ふぇ、ねす……』
「も、申し訳ありません…俺…すぐ消えますね…」
あ…私が顔見たくないなんて言ったから…
足早に背を向けて離れていくフェネス。
自分勝手なのはわかっている。
『まって…!』
後を追いかけてフェネスの背中に抱き着く。
離すまいとぎゅううっと力を込める。
『ごめんね…ごめんね…ごめんなさい…』
私の行動にさすがのフェネスも呆れるかもしれない。
ズキズキと胸が痛くて苦しい。自分で招いた結果なのに。
「あ、主様…落ち着いてください。俺は大丈夫ですよ…」
『…っやだ!離れないで!』
「大丈夫、主様が望むのなら俺は離れません。主様のお顔を見て話したいです」
少し身体を離してフェネスがこちらを向いてしゃがむ。
手をぎゅっと繋いでぎこちなさそうに微笑んでいる。
「俺がなにか…気に障るようなことを言ってしまったのでしょうか…」
私は首を横に振る。
「ハウレスのことが、苦手ですか?」
私はまた首を横に振る。
「…すみません、俺、主様がどう思っていらっしゃるのかが…わからなくて…執事失格ですね…」
フェネスの困惑して困った顔を見て私の瞳から一筋の涙が流れた。
『私……私、フェネスが好きなの』
「え…っ?」
『フェネスがだいすきなの…っ』
感情が高ぶってボロボロと涙が止まらない。
こんなにも泣いたらもっともっとフェネスが困ってしまうのに。
私の言っていることにもフェネスは困ってしまうのに。
「主様…」
『ごめんっね…ごめん……ずぐ、とめるから…』
「主様…ありがとう」
フェネスが立ち上がって抱きしめるように私の背中をぽんぽんと優しくたたく。
必死に涙を拭って止めようとする私の手をもう片方の手で止める。
「そんなにこするとあとで痛くなっちゃうから…まずは落ち着きましょうね。主様」
『…うん』
こんなときにもフェネスの声色が優しい。
ハンカチを取り出し目元の涙を拭きとってくれる。
『ふぇねす…』
「はい、主様」
『ハウレスと同じくらい…私とも一緒にいてほしい…ううん、ハウレスよりもっといっぱい…』
「…え?」
『フェネスと一緒にいるのに…ハウレスにとられちゃうと…寂しくなって……妬いちゃう…』
「…っ」
涙を拭っていると右肩に重みを感じた。
そちらを見てみるとフェネスの頭が私の肩にのせられている。髪の間から見える耳は髪と同じくらい赤くなっていた。
『フェネス…?』
「……」
『どうしたの…?』
「すみません……主様が可愛すぎてちょっと受け止めらないや…」
『…えっ』
口元を手で覆いながら肩にのせていた顔をこちらに向けるフェネスの顔は真っ赤に染まって今までの困った顔とは別の困った顔をしていた。
「…俺なんかに妬かなくてもいいんですよ、主様」
『わ、私はフェネスだかr…』
「俺だって、主様が…好きな人だから、主様を優先させてきたんですよ」
顔を離してぎゅっと私を抱きしめるフェネス。
「まさか主様も同じように思っていてくれたことが本当に嬉しいです」
『わ、わたしもフェネスがそう思ってくれてたなんて…』
私もぎゅっと抱きしめ返すとフェネスが私の頭を撫でた。
「ちょっとちょっとおふたり~……廊下のど真ん中でいちゃつかないでくださいっすよ~…」
突如気の抜けた第三者の声に私たちは反射的に身体を離して声のする方へ顔を向けた。
そこには呆れたような顔のアモンの姿。
「ハウレスさんに様子を見て来いって言われたから何かと思ったらこれのことだったっすねぇ。損な役回りさせられちまった」
「あ、アモン…」
「フェネスさんも主様を落とすなんてやるっすねぇ」
フェネスと顔を見合わす。
お互い照れくさそうに顔をそむけるとアモンがため息を吐いた。
「とりあえず、主様のご飯の時間っすよ」
『わかった…』
アモンが背を向けて去るのをふたりで見送りながらどうするか、と考えていると、右手の指に何かが触れた。
「行きましょうか、主様」
『うん』
私の指に触れていたフェネスの手が絡みつく。
ふたり手を繋いで廊下を歩き出す。
数時間前の私達とは違うふたりで。
.