第一章
『ふぁあああ~……』
「ごきげんようベラさん、まぁ、酷いお顔ですこと」
「おはようございますベラ様」
『エリザー、フローラー…おはよう〜…』
休日も終えてまた学園生活。
一緒に登校してきたのかエリザとフローラが共に挨拶に来た。昨夜考えすぎて眠れず、クマとむくみの酷い顔で挨拶を返す。
『ティフォンと一緒にいたいっていうのが私の答えなんだけど、これも愛だよね』
「まぁ、そのお酷い顔は遅くまで勉学に励んでいたと信じていましたのに…」
「…仕方ないですよ昨日あんなことを聞いてしまってはベラ様は勉学などできないでしょう」
「現実を教えて差し上げましたのに…」
『てぃ、ティフォンだって…私が幸せだと思うことをしたら良いって…』
「底辺貴族くらいならそれくらいの選択肢はありましょう。けれど王族にそんな選択肢はありませんわベラさん。国の見本も同然なんですから」
『エリザの鬼ぃ……』
エリザの正論という槍が私の心を真っ直ぐに貫く。
思ったよりも深いダメージがのしかかり、寝不足で重い体がさらに重く感じる。もうこのまま起き上がりたくない。
フローラも慰めようとしたが諦めて黙っている。
ぴえん、と涙目の私は机に突っ伏した。
「はぁ、とりあえず残り短い時間を少しでも濃ゆく執事とすごしたいのなら勉学に励むべきですわ」
「そ、そうですねベラ様。まずはテストを乗り越えましょう」
『う、うぅ、ご指南お願い致しますぅ…』
「フローラにお任せくださいベラ様」
その日の授業は身が入らず、先生に怒られては他の令嬢に笑われてしまった。
授業も終わり、ごきげんようと令嬢たちが帰っていく。
私は机に突っ伏したままはぁと重くため息を吐いた。頭の中ではティフォンと私が野原を手を繋いで走っている、だが、急に野原の地面が裂けて、中からエリザのような怪物が口を開けている。必死に逃げようとする私たちだがティフォンが私を突き飛ばして奈落の底に落ちて行ってしまう。
そんな世にも恐ろしい夢が繰り返されているのだ。本当に辛い。
「今日のあの無様なお姿はなんですの、ベラさん」
「いつものベラ様より一段と酷かったですね…」
『フローラ…地味に本音が出てるよ…』
「し、失礼しましたベラ様…!」
今日は私の邸宅ではなく、学園内にある図書室で勉強会をすることになった。国の歴史を学ぶにはこの帝国一の図書室が一番だと言われている。エリザは他国であるのにも関わらず私よりもこの国の歴史に詳しい。これも外交のためらしい。
フローラもエリザにいくつか質問しながら勉強をしている。
エリザの厳選した歴史学の本を何冊か渡されてそれをぺらぺらとめくる。凝縮された文字を見ただけで興味と気力がそがれていく。
「まずは、その本の見ながらどういう過程で歴史が進んでいるのかを書き出してみてくださいまし。ベラさん」
『うん、わかった』
エリザに言われたように文を読み飛ばしながら帝国歴何年に何があったのかを書き出してみる。
なんとなく、どういう順番でどういう出来事があったのかが分かった気がする。まぁ、するだけだけど。
1枚、また1枚とページをめくって適当に読み飛ばしながら重要そうなところを見ていく。
『…あ、これ』
「どうしましたの?」
『…身分差婚って前にあったんだね』
「あぁ……結ばれたのはロマンチックですけれど、そのあとが酷かったらしいですわよ。誰も助けてくれる人はいなかった上に平民の方が男性であったために稼ぎも乏しく、貴族の女性は苦労したでしょうに…」
『…それは私達の目線であって、本人たちはもしかしたらそれでも幸せだったのかもしれないね』
「そうだといいですけど、周りも不幸にしてまで自分を貫くって自分勝手ではありませんこと?」
『…何が正解なんだろうね』
挿絵になっている泣く女性と怯える男性そのふたりを怒鳴っているのか怒っている民衆と王様らしい男性の絵。
誰が見てもこのふたりが悪いかのような印象を与えるこの絵になぜか嫌悪感を覚える。
私とティフォンを重ねるわけではないが、身分差というものがそんなにも悪なのだろうかと思えてきて、その本を閉じた。
「いいですことベラさん、間違えてもこの人たちと同じようなことを考えてはなりませんよ。過去に身分差婚をして幸せになった例などありませんのよ」
『…うん』
「ベラ様……」
フローラが私の隣に座って心配そうに背中に手を添える。本来であればフローラのような貴族が王族の私に触れるなんて許されないことだが、いつもフローラは私が落ち込むとこうして心配してくれる。
厳しい先生も親の目もない場所だから、友達だから許される。
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