第一章
雨の中ティフォンが付き添ってくれて無事に学園に辿り着いた。学園内は執事であれど部外者が立ち入り禁止のため門までだが、そこまで濡れないようにと傘をさしてくれたティフォンから傘を受け取って手を振る。
「お嬢様、いってらっしゃいませ」
『ありがとう、私がいない間に浮気しちゃだめだからね!』
「フフ、お嬢様のお帰りお待ちしております」
私の告白にも顔色1つ変えずにきれいな笑顔で立っている。傘を私に渡してしまったから濡れているのにいつも私が学園に入るまで車に戻らないことも知っている。
早足で学園の入り口に向かって屋根のあるところで振り返る。
彼はまだこちらを向いて立っている。愛おしくも思い切なくもなるその姿を見て扉を開けて中へと入った。
『って具合に私の執事が尊いの』
「ベラさんは本当に変わっていらっしゃいますわよね」
「同年代の執事なら親近感があるのでは?私の家の執事はお父様と同じくらいですから」
「それにしてもベラさんはまるでストーカーですわ」
『ストーカーだなんて失敬なっ』
ティア王国含めて4カ国の身分差関係のなく令嬢たちが集まるこのスカーレット学園に入学してからずっと仲良くしてくれているこのふたり。
口調が強気な方がエリザベス・ガルウィング。国は違えど私と同じく王女としての立場でありながらすでに国の政治にも関わっている責任感の強い女の子。
丁寧な口調な方がフローラ・マクラレン。同じティア王国の4代伯爵家のひとつのマクラレン家のひとり娘。いつも学園内で私とエリザの補佐をしてくれる頼もしい友人のひとり。
「執事なんか見てる暇があるなら有権者の殿方を探すべきですわ」
『ティフォン以上に良い男性なんていないんだもーん』
「下校の際に何回か見かけたことありますけど優しそうな印象はにじみ出てましたね」
『そうなの、優しくてかっこよくてねあんなに細いのに力強くていつもヒールで転びそうになると支えてくれる腕に筋肉がついててね……』
「ああもうその話はもう国歌よりも聞きましたわ!」
『ちょ、それは絶対にないでしょう?!』
ティフォンの話になると目を輝かせて鼻息の荒くなる私にエリザが呆れた顔をして耳をふさぐ。
まるでコントを見ているようだとフローラは口元を隠して笑っている。
これがいつもの日常。
なんだかんだ自分の話を聞いてくれて一緒になって笑ってくれる。うれしい時間。
「それより、もう少しで学科実力テストがありますけどベラさんはまた合格点ギリギリになるつもりですの?」
『…テスト…う、頭が…』
「ベラ様は実技はあるんですけど、学科になるとどうして本気が出せないのでしょうか?」
『いや、本気だからね?!』
「いや本気でしたの?!」
「うーん、ベラ様。少し困らせても大丈夫でしょうか?」
『どういうこと?』
「もしこのまま合格点ギリギリですと、夏休暇期間に学校で特別授業に入られるのでは?」
『(^ω^´?)ごめんフローラ、それってなにかな?』
「ベラさん、もしかして先生の話聞いてなかったんですの…?」
「あ、大丈夫です。私がちゃんとメモしてますから。次の学科実力テストで合格点に達しなかった方及び合格点ギリギリの10名は夏休暇期間に10日程学校に来て特別授業を受けるんです。特別授業というより今までの復習と軽くこれからの予習ですね。そのためお家で休む時間が少なくなり、執事様と一緒に過ごす時間も減ってしまうのでは?という心配をしたんです」
『…合格点ギリギリ……夏休暇期間…特別授業………ティフォンと…いられない…?!』
「あら、ようやく自覚が芽生えましたわね。フローラありがとう」
「いえいえ、おふたりのサポートが私の務めですから」
先程までエリザの日々鍛えられているツッコミを受けていたはずなのに自分とティフォンが立っている地面の間に亀裂が入ってそのまま自分が落ちていくような窮地に立たされて顔が青ざめる。
そんな…そんな…そんなのダメーーーーーーー!!!!
『ティフォーーーーーーーーンッッ!!!』
「ああもうまた始まりましたわ!」
「あはは、これはエリザ様の出番ですかね」
「こんなのに勉強教えるなんて10歳は老けそうですわね…」
『エリザ様ぁぁぁああああ私とティフォンの愛の巣のためにもおねがいしますうううううう』
「愛の巣ってなんですの?!あとくっつかないでくださいまし!」
半べそでドレスの裾に引っ付く私を自慢の扇子でぺしぺしと叩くエリザ。どうしてもティフォンとの時間は削れない。今までだって季節ごとの長期休暇は絶対にティフォンと過ごしていた。それを勉強ごときに邪魔をされていいのだろうか…?いや、ダメだ!
と、いうことでこれからエリザとフローラのスパルタお勉強会が始まるのでした。
「いやですわー--------!!!!」
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