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君の名前をもう一度。





〜♪



携帯のアラームが鳴る。
朝早く起床した大輝は重いまぶたをこじ開けて起き上がる。ふわぁ、とあくびをしてベッドから出る。
顔を洗って歯磨きをする。いつものルーティンをこなして携帯を手に取る。
昨夜、璃心から色々聞いて自分なりに考えた。



「もしもし?」


『もしもし部長。おはようございます原田です』


「おぉ、原田どうした?」


『今日の朝練なんですけど、親が体調崩してこれから病院に連れて行こう思うので出れないです』


「それは大変だな、お前も体調気をつけろよお大事にな」



通話が切れた。これが大輝の答えだった。必要最低限の荷物を持って玄関へ向かう。
夜のうちに母には部活がないことを伝えていたのでまだ寝ている。起こさないように静かに玄関のドアを開けて外へ飛び出す。
真っ直ぐに璃心の家へ向かおうとしたが、まだ時間が早いことと食事でも持参しようと思い、コンビニへと寄った。
自動ドアをくぐり、店内を歩く。自分の朝ご飯、璃心が何も食べずにいるかもしれないと思い璃心が食べれそうな軽いもの、意識が戻った梨心のためにとフルーツも買った。
病院へは普段来ないこともあってなにを入院してる人に持っていってはダメなのかがわからなかったが、フルーツなら大丈夫だろう、と手に取った。会計を済ませて店内から出る。朝ご飯にと買ったパンを取り出してかじりながら歩く。
璃心の家に着く頃にはパンを2つ平らげ、玄関の前に立つ。連絡をしないで家に来るのは初めてだった。
ピンポーンと、呼び鈴を鳴らすと軽快な音が鳴り響いた。
周りが静かだからかパタパタと玄関に向かってくる足音が聞こえた。
緊張しながら待っていると、扉が開いた。



「はーい……あら、大輝くん?」



扉から出てきたのは、璃心によく似た璃心の母だった。初めて出会った頃よりかは肉がついたのかやつれていた身体は健康味が出ていた。
思わぬ登場に大輝の思考が止まるが、冷静に戻って笑顔で話しかける。
璃心の母は元気そうだ。梨心が事故に遭ったことを知らないようだ。璃心が配慮して伝えてないのだろうか。


『おはようございます、朝早くからすみません。璃心さんいらっしゃいますか?』


「あらやだ、璃心ったらお迎えに来させて。ごめんなさいね、すぐ呼んでくるわ」



璃心の母は口調も変わりだいぶ喋るようになった。これも璃心の努力があったからだろうか。扉を閉めて璃心を呼びに行ったであろう母はパタパタと玄関から遠ざかった。
梨心のことを知ったらまた出会った当初のようにふさぎ込んでしまうのだろうか。
ふぅ、と一息吐いて頭を切り替え、璃心にどう自分の気持ちを伝えるか考えていると、玄関扉が再度開いた。



「お待たせ大輝くん、今璃心が支度してるから中に入って待ってくれる?」



璃心の母が玄関を前回にして道を開けた。
お言葉に甘えて軽く頭を下げながら中へ入ると靴を脱いで揃える。廊下を歩いてリビングへと案内された。昨日も来た家なのにあの時と全然違う感情で立っている。
テーブルに腰掛けていると璃心の母が璃心と同じ様にお茶を入れて目の前に置いてくれた。
そしていつも座っているであろう、大輝から見て横側に腰を掛けて璃心の母は口を開いた。



「大輝くん、璃心が昨日泣いたみたいなんだけど理由を知ってる?」


『えっ?!』


思わぬ璃心の母の言葉に動揺してお茶が少しこぼれた。慌てていると璃心の母がティッシュを差し出してくれたので謝罪をしてそれで机を拭いた。
璃心の母が気付くくらい璃心は泣いたのだろうか、と考えていると更に口を開いた。


「昨日、梨心を友達のところに送るって言っていたのに、帰ってきた璃心は目を真っ赤にして笑っていたのよ。大輝くんと何かあったんじゃないかと思って」


『そ、そうなんですか。僕は昨日のお昼璃心さんとお会いしてましたけどそんなことなかったです。今日何か聞けたら相談に乗ります』



あくまで誤魔化しもせず、嘘は吐かないでいた。大輝が嘘を吐くのが苦手ということもあるが、璃心の母になにか誤解を招いてもそれが璃心の母の心の負担になりそうだったからだ。
大輝の答えに璃心の母は優しく笑ってお茶をすする。その時、廊下側から物音がした。おそらく璃心が部屋から出てきたのだろう。扉を見ていると静かに扉が開いた。



「あ…大輝くん」


『る、璃心。おはよう…』



姿を表した璃心を見て大輝は立ち上がる。歩み寄ると璃心は目を腫らしたのか少し厚めに化粧を塗ってその上から眼鏡をかけていた。
これを隠すために支度に時間がかかったのだろうか。
えへへ、と笑って「おはよう」と言った璃心は大輝の裾を掴んで廊下側の方へと引っ張った。
ずるずると引きずられるようにして廊下へと出てそのまま玄関の方へと来た。




『る、璃心…!ごめんって、勝手に来ちゃって…その…』


「本当に、そうだよ。すごい驚いた」


『俺、やっぱり璃心がひとりで背負ってんのが…心配で…辛くて…』



玄関から出て、立ち止まって大輝は璃心に想いを伝える。拙いながらも考えがまとまらなくても、伝わってほしいという気持ちで言葉を口に出す。
璃心はそんな大輝の辛そうな表情を見て、掴んでいた裾から手を離した。



「私は、そうやって私のことをまっすぐと見てくれて、信じてくれて、考えてくれる、そんな大輝くんが大好きだよ」


『ぅ、…え…?』


予想外の璃心からの告白に大輝の顔が赤くなる。
腕でバッと顔を隠すも耳まで真っ赤な状態では隠しきれていない。クスクスと璃心は笑って歩き出した。
その後ろを慌てて付いていく大輝。
少しは自分が璃心のためになれていたらいいな、と想いながら璃心の手を握った。



『これから…病院へ行くの?』


「うん…昨日先生の説明も聞かずに帰ってきちゃったから。それに梨心の荷物も持っていかなきゃ」



病院へ向かう途中の璃心の表情は先程とは違って険しくなった。
また現実と向き合わなくてはならないのだからそれなりの覚悟が必要なのだろう。無意識に大輝の手を握る力が強くなっている。
それを指摘するでもなく、ただ受け入れる大輝。
簡単に『大丈夫』とはかけられない。璃心が欲しい言葉はきっとこれじゃないから。
大通りまで出てきた。ここから病院まで歩いて20分程だろうか。大輝が携帯でマップを開く。
そんな大輝を横に璃心は手を大きく上げた。



『え?タクシー使うの?』


「うん、早く梨心の元へ行きたいの」


『あ、えっと、わかった』



璃心の真剣な眼差しにこれ以上何も言えなくて言われるがままにタクシーへと乗り込んだ。
大病院と行き先を伝えるとタクシーが走り出す。
タクシーに乗っている間に璃心は持っていた鞄をゴソゴソと漁って中身を確認している。
そんな璃心を見つめながら自分の手に持っている袋を思い出した。どこかで璃心に受け取ってもらわないと。


『璃心、ちゃんとご飯は食べてる?』


「…え?ぁ、うん一応。昨日もお母さんが夕御飯作ってくれたし…」


『そっか、なら良かった』



要らぬ心配だっただろうか。璃心も長年こうやって人のために生きてるけど、体調管理ができない人ではない。ちゃんと時間を見つけて食事も睡眠もしている人だ。
袋の中身は持ち帰ろう、と持ち上げた袋を下ろした。



「その袋はどうしたの?」


大輝の方をのぞき込んで璃心が聞いてくる。ちゃんと大輝のことを見ているからこそ気付いたのだろう。
たった今持ち帰ろうと思った袋を差し出すべきか悩んだ挙句、事情を話した。
璃心が要らないとしても、梨心へのお見舞いでもあるから、と自分に言い聞かせる。
事情を聞いた璃心は袋を受け取って中身を確認した。そして中に手を入れてひとつ取り出して大輝に見せた。



「ありがとう、私これ好きなの」


『あ、なら良かった。手が空いたときに食べれるから、ちゃんと食べてね』



そんな会話していると、タクシーが大病院へと着いた。
財布を出すのに手間取っていると璃心がさっと料金を払ってタクシーから降りた。運転手に「頑張れ兄ちゃん」と謎の励ましを貰いつつ大輝もタクシーを降りる。
璃心が病院を見上げて見つめている。視線の先は梨心の病室なのだろうか、と不安に思いつつ璃心の手を握るとそれに気付いた璃心が入り口の方へ歩き出した。
病室まではふたりとも無言だった。
エレベーターで上に移動している間、大輝は少し気まずかったが、璃心の手を握る力で緊張や不安などを感じ取って握り返すことで沈黙を貫いた。
梨心の病室へたどり着いた。「506号室 戸叶 梨心」。



「あのね、大輝くん」


扉に手をかける璃心が喋りだす。大輝は何かを察して真面目に璃心を見た。
眉を下げながら今にも泣きそうな顔で大輝を見る璃心。こんな弱気な璃心は初めて見たかもしれない。
昨日の電話も璃心の声は震えていた。
ひとりではこんな状況心細いだろうに、大輝には気を遣っていた璃心。



「今の梨心を見ても……。傷つけるようなことは言わないであげてね」


『…わかった』



懇願する目でそう言う璃心に返事をすると璃心が扉を開いた。
静かで機械音しかしない空間。璃心がベットに駆け寄る。大輝も意を決して中へ足を見入れると、器具で固定された足らしきものが見えた。
意識が戻らない状態であるといえどこんなにも深刻だとは思わなかった。
璃心の後を追ってベッドへ近づく。
するとそこには見えている皮膚よりも真っ白なガーゼで覆われた顔。頭に巻かれた包帯。
見えている部分だけでも痛々しさがわかるほどだった。
椅子に腰掛けた璃心は優しく梨心の頭を撫でている。
クラスメイトの大輝でも結構なショックを受けたが、姉である璃心が今の梨心を見てどれほどのショックを受けたのだろう。
大輝には計り知れないものを考えては梨心の頭を撫で続ける璃心を見つめた。
そのとき、病室のドアが開いた。璃心と大輝はそちらへ目を向ける。



「おはようございます、戸叶さん。医師の世良と言います」


「…あ、先生」



白衣を着た男は梨心の担当医師なのだろう。ふたりに軽く挨拶をして、璃心を呼んだ。
梨心の付き添いを頼まれた大輝は不安ながらに了承をして璃心は先生についていった。
ベッドの近くだからか入り口では機械音しか聞こえなかったがかすかに梨心の呼吸音が聞こえる。
顔を合わせてはお互いに悪口しか出てこなかったふたり。いざ相手がこうなってしまうと、そんな悪口も出てきはしない。


『お、お前のために果物、買ってきたから起きたら食えよな…』


聞こえているかもわからないが、独り言を言いながら袋から取り出したフルーツを備え付けの冷蔵庫へ入れる。
何かしようと思うが何もすることがなく椅子に腰掛けて梨心を見つめては立ち上がって窓から景色を眺めた。
それを何回か繰り返し、もう一度椅子に腰掛けて梨心を見つめた。
ガーゼの間から見える目。綺麗に伸びたまつげ。器具がついてるが透けて見える唇。
こんなにまじまじと梨心の顔を見たことはなかったがやはり姉妹、璃心と似ている部分はあった。



『……なんか色々ひでぇこといってごめんな』



無意識に出ていた言葉。自分の言動にハッとなって梨心から離れた。
同情だろうか、哀れみだろうか、なんで急にこんなことを言ったのか自分が1番驚いていた。
そんなパニックになっていると扉が開いて璃心が入ってきた。




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