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君の名前をもう一度。









筆を置く。



書き終えて息を吐くと、頬に一筋の涙が伝った。
喜びなのか、かなしみなのか、わからない涙。
私は書き終えたのだ。物語を。




『はは…こんな話……現実でもないのに』



私の名前は梨子。
紙切れの中に登場した死んだ梨子。大好きな姉も父も母も、幸せなんか何も持っていない方の梨子。
小説を裏返した現実なんて残酷で、笑顔の裏には涙があるように光があれば影があるように。
現実の梨子には何もなかった。



『父は仕事ばかりで家を空けることが多くて中学に入ってからは全然会ったことがない。そんな父に母は時間が経つにつれてヒステリーを起こすようになった。……そんな家族が嫌で、私には姉がいるんだと、姉が守ってくれてるんだと思い込むようになった…なんて』



璃子なんていない。
私が作り出した空想の人物。イマジナリーフレンドなんて言えばいいのかな。
こんな現実が辛くて。逃げ出したくて。この先も明るい未来なんて自分にあると思えなくて。
気づいたら、自分が幸せになれる物語を書き出していた。




『幸せな主人公。幸せにしてくれる姉。苦難を一緒に乗り越える家族、友達、周りの環境』



けれど、私が望む幸せは書けば書くほど虚しくなるだけだった。
何度も書いては消した。こんな幸せ私じゃない、と。
恋人と幸せになってハッピーエンド?
家族と大変な過去を乗り越えてハッピーエンド?
絶望の淵に立つものの…時が経って立ち直ってハッピーエンド?
違う。私はこんな物語を書きたいんじゃない。



『私はもう、この現実から解放されたい』



そう気づいた私はもう一度筆を手に取った。
私は明るい女の子。大好きな姉がいて、亡くなった父とふさぎ込んだ母がいる。
ある時私は事故に遭い、意識不明の重体になる。
悲しむ姉は私と母のために一生懸命頑張ってくれる。
けれど、意識の戻った私は記憶を失くしていて、それに姉はショックを受ける。
心の折れた姉を支えるのは姉の恋人。
一緒に幸せな未来を迎えるために頑張るふたり。
でも、私のせいで姉と恋人がすれ違い、母の様子もおかしくなる。
どんどん歯車が嚙み合わないように軋み、外れていく幸せの道。




『いっそのこと誰もハッピーエンドを迎えなくても良いんじゃないか』



何度もそう考えた。全員が不幸になってしまえばいい。みんな平等が一番平和じゃない。
けれど、筆は勝手に進んでいく。姉が幸せになれるように。そして、本能的に私が幸せになるように。
結果的に私は、亡くなった父を追うように死を選んだ。
いいえ。これは言い訳。もう疲れていたのかもしれない。明るい自分も家族を想うことも。いない姉を想像することも。
じゃあ姉の恋人は?
私では不釣り合いな片思いの人。私が創造した完璧な姉とならきっと恋人になったら幸せになれる。そんな妄想だったのかもしれない。



でも、そんな妄想も、創造も、想像も。
私が死んでしまえばあとはおとぎ話のようにめでたしめでたしで終わる。




『死んで楽になりたい』



でも、こんな人生で私は終わりたくない。
美化された完璧な幸せのハッピーエンドの中で私は死にたい。




この物語はそんな私のための物語。


ここまで読んでくれたのなら、あの終わり方で、良かったでしょう?






そう思ってもらえたら、良いです。









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