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君の名前をもう一度。






バタンッ


病院に着くなり璃子と大輝は車から飛び出した。
一直線に病院の入り口へと走って扉を開ける。驚いた看護師達に飛びつくように璃子が詰め寄っていった。
後ろから母親と父親も速足でついてきていた。



「梨子!梨子は!!梨子は本当に死んだんですか!?」


「と、戸叶さん……」


『璃子、一度落ち着いて…』


「戸叶さん、この度は本当に申し訳ございませんでした…梨子さんのところにご案内する前に…経緯をご説明いたします。こちらへどうぞ…」



ふたりの看護師が大輝たちの対応をして、ひとりの看護師がナースステーションの中へと入っていった。
璃子をそっと抱きしめて申し訳なさそうに対応をする看護師たちのあとについて廊下を歩く。
付き添いに何も言われていないため、父親と母親も静かに後ろについてきている。いつも梨子の見舞いで歩いていた廊下と同じとは思えないほどに緊張感と不安で胸が苦しい。気を緩めてしまえば泣いてしまいそうだったためぐっとこらえる。



「…こちらに世良先生と木嶋がおります。では、失礼いたします」


『…璃子、大丈夫?』


「…うん、うん……」



ゆっくりと扉を開ける。中には泣き崩れている木嶋と神妙な面持ちの世良がいた。
こちらに気づくと世良は椅子に手を差し伸べ座るように促した。とりあえず璃子を座らせて大輝の方から口を開いた。



『先生…梨子は、どうして……』


「…まず始めに、このようなことになってしまい申し訳ございません。戸叶さん、頭を下げても失われた命は返ってこないことは重々承知しております。重ねてお詫び申し上げます」


「…梨子は、本当にもう、いなくなってしまったんですね……」


「梨子さんはここ最近、精神的ショックにより感情も思考も閉ざした状態で会話もできていませんでした。看護師によるメンタルケアも続けていましたが変化がないままでしたが、今日の早朝頃1階を巡回していた警備員が不審な物音がしたために非常階段のある駐車場を見回ったところ梨子さんが亡くなられていました。おそらく、自死したのだと思われます…」


『そん、な……自ら……』


「う、そ……」


「…病室に、7枚にわたって梨子さんが書いたであろう手紙がありました。私も読ませてもらったところご家族、ご友人、病院関係者などなどいろんな人に向けてのことがかかれていました。お渡しします」



できる限りゆっくりと丁寧に説明をする世良。その後ろで木嶋は涙を流し続けていた。メイクがほぼ崩れているのをみるとしばらくずっと泣き続けていたのがわかる。
世良が璃子に話していた梨子の手紙を渡す。
学校で見ていた字よりも少し読みづらいが梨子の字であることはわかった。ぎっしりと詰め込まれた文字たちは梨子の悲痛な叫びのように見えて心が痛んだ。



「…梨子さんが飛び降りてしまった場所は普段施錠されているはずの扉でした。ですが、その日は誰かが使った後閉めるのを怠り、警備員も巡回する前だったそうで、私共が怠ったために起きてしまいました。本当に、本当に申し訳ございません…」


『…っそんな…閉めていれば梨子は…』


「大輝くん、やめて…」


『璃子……』


「…先生達を責めたって、お父さんも梨子も帰ってはこないもの…」




璃子がぽつりとそう言った。
もうすでに璃子の中では切り替えができているのだろうか、と困惑したが手元の手紙を握る手に力が入っているのを見る限り、自分にそう言い聞かせているようにも見えた。
大輝は口をつぐんで座っている璃子を抱きしめた。
どうして璃子はこんなにも強いのだろう。どうして自分にそんなに厳しくいられるのだろう。
璃子が一番この現実を受け入れられないはずなのに。
世良に掴みかかって怒鳴りつけて梨子を返せと責め立てられる立場にあるのに。



『璃子……璃子、もうそんなにいい子でいなくてもいいんだよ…』


「…大輝くん…」



そのあとの世良の説明は璃子のみにされることになり大輝とその両親は木嶋と近くの休憩所に移動することになった。
終始震え声の木嶋はハンカチで目元を拭いながら案内をしていた。
休憩所の椅子に腰を掛けると、木嶋が大輝に深く深く頭を下げた。



「大輝くん、この度はなんとお詫びを申し上げたらいいか……」


『木嶋さん…!やめてください、俺に謝られても…』


「梨子さんのためにいろいろとしてくださったのに……それをこんな形にしてしまって…私、梨子さんのために…何もできなくて……」



また泣き出してしまう木嶋におろおろとしていると母親が木嶋に近寄り、自分のハンカチを差し出した。木嶋のハンカチは化粧がついて汚れてしまっている。
母親の姿を見て瞳を閉じた木嶋から大粒の涙が頬を伝った。



「すみません、汚してしまいます…」


「いいのよ、泣きたいときは泣いて吐き出さないといつまでも前を向けないわ」


「一度、お手洗いに連れてってあげたら?母さん」


「そうね、看護婦さん行きましょう」



そういって木嶋と母親はお手洗いへと向かった。
残された大輝と父親はしばらく無言だった。



「…大輝は」


『…ん?』


「大輝は、何かあれば必ず誰かに相談するんだよ?父さんでもいい。母さんでもいい。言いづらければ友達や、璃子さんでもいい。一人で抱え込まずに、誰かと共有して押しつぶされてはいけないよ」


『…なんだよそれ。梨子たちにはそれができなかったみたいな…』


「あの手紙、中身までは読めなかったけれど、きっと梨子さんがため込んできたものなんだと思うよ」


『…』



父親に言われて納得した。
あれは、悲痛の叫び。つまり梨子がため込んできたもの。最期に書く遺書にしては文字の乱雑さ、隙間もなく書かれた文章、7枚に渡る内容、それらはあまりに感情的で見ていて狂気的だった。
自分のうちに溜めていたものを殴り書いたのであれば納得ができた。
感情がこみ上げて目頭が熱くなる。ぐっと堪えて唇を噛みしめ拳を握りしめる。
そのあと父は何も言わなかった。





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