君の名前をもう一度。
佐藤の持ってきた飲み物を飲む。
喉が潤うだけで少しだけ心が落ち着いた。席に戻った佐藤はメニュー表を開いている。そのまま席に置いてあるボタンを押すと軽快な音が店内に響き、そのあとすぐに店員の声が響いた。
ほどなくしてひとりの店員が大輝たちの席に来た。
「お待たせしました、お伺いします」
「えっと、フライドポテトと唐揚げのセットひとつ。ごめん飯食っていい?」
『ん、俺のも頼む。同じのでいいや』
「じゃあ、ハンバーグの目玉焼きトッピング2つ。ご飯は大盛で。鈴木たちはなんかいる?」
「どうする?」
「ポテトつまむだけでいいかな」
「私もそれで」
「じゃあ、以上で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が足早に去っていった。
店員が去ったのを確認して佐藤が大輝の方を向く。
「原田は、これからどうすんの?」
『え?何が?』
「戸叶さんのこと、このままだと文化祭に来れるかもわからない状態だし」
『…確かにそうだけど…俺にできることがあるのかどうか』
「私たちもお見舞いに行ってもいいのかな」
佐藤の話に山口も加わった。
大輝がうーん、と悩みながら曖昧に返事をする。
正直、今の状況はどうしようもない。見舞いに行きたくても木嶋のあの反応では行きづらいというか行くことを拒絶されている。
『梨子の姉ちゃんと一緒に行ってみてこれからどういう対処をしていくのかっていうのを聞いてくる。そのあとに俺らができることを探してみるってことになるかな…』
「わかった、それでいこう」
「じゃあそれまでは全力で文化祭の準備に取り掛かるか」
「そうだね、写真を集めたり当日までの段階スケジュールも計画しないとね」
不安が残りつつも元気が出てきたのか先ほどまで涙目だった鈴木たちの瞳には輝きが戻っていた。
それからは文化祭に向けての計画や、なぜか大輝の恋話にも発展して根掘り葉掘り聞かれて終始大輝は居心地悪そうに、運ばれてきたハンバーグをかきこんでいた。
~♪
『ん、ごめん電話だわ』
「いってらー」
話が盛り上がってる中、ポケットに入れていた携帯が鳴った。
佐藤が道を開けて席を立った。
トイレの近くの人がいないところで携帯を確認する。画面には璃子の名前が表示されている。
いつの間にか時刻は18時になろうとしていた。
応答を押して携帯を耳に当てる。
「あ、ごめんね大輝くん、急に通話かけちゃって」
『あ、ううん大丈夫』
「もしかして今出先?」
店内のBGMや店員の発する声が璃子にも聞こえてるのか、そんな質問をしてくる。少し申し訳なさそうな璃子の声が耳をくすぐる。
気を遣わせたくもなかったし、どんな状況でも璃子を優先したいから『大丈夫』と言って要件を聞く。
「あ、あのね……ちょっと声が聞きたかっただけ…」
『…』
「あはは、仕事でミスしちゃったからかなぁ」
『璃子、もう我慢しなくていいよ?自分のしたいこと、俺に求めてることはなんでも言って?』
「え…」
『俺が、鈍くて全然璃子のことをわかってあげられなかった。それで喧嘩しちゃったのもあるし、俺は璃子の望むことなんでもしてあげないと思うんだよ』
「大輝くん…」
『…はああ俺めっちゃはずいこと言ってんなぁ…』
「…ふふっ、ありがとう大輝くん!私、大輝くんに会いたいなぁって思っちゃって…」
お互いの告白を受け止めて、少し照れあう。
大輝ももう失敗をしないように慎重に璃子の意思をくみ取る。璃子も素直に甘えてくれて前とはまた違う距離感が生まれてきている。
互いに笑いあって、大輝が口を開く。
『今、駅の近くのファミレスだから璃子の家に向かうね』
「え、駅にいるの?私も用事があって駅の近くにいるよ」
『あ、じゃ駅の西口あたりで落ち合う?』
「うん、大丈夫だよごめんね急に」
『ううん、璃子に会えて俺もうれしい』
そのあとは会話もほどほどに通話を切った。少し話しただけでも心が満たされている気がする。
佐藤達のいる席に戻ろうと踵を返そうとしたとき、真後ろに日t影が見えた。
他の客の道をふさいでいたのかと、謝りながら避けようとする。
『すみません』
「へぇえ、原田って彼女の前だとキャラ変わるな」
『え…うわ、佐藤、聞いてたのかよ』
その人影は佐藤だった。にやにやと笑いながらこちらを見ている。先程まで璃子との話を聞かれていた手前これは気恥ずかしい。気まずい。
バツが悪そうに視線を反らすと佐藤の手が大輝の肩にのせられて何を理解してるのかうんうんと頷いた。
「彼女さんところにいくんだろ?」
『あー…悪い。抜けても大丈夫か?』
「まぁ、そろそろお開きだろうし、短いハーレム時間を楽しむわ」
『鈴木狙いなの知ってっからな』
「な…おま…!」
佐藤の図星を突くと大輝よりも顔を赤らめて動揺している。
その動揺のあまり後ろの壁に頭をぶつけて悶えている。散々いじられた仕返しをできていい気分になった大輝は佐藤に手を差し伸べて立ち上がらせて鈴木たちの元へと戻っていった。
そしてふたりに事情を話してそのまま店を出て駅の入り口まで一緒に行くことにした。
「大輝くんの彼女さん見れるかなぁ」
「言うて梨子のSNSで見たことあるけどねw」
「え?まじ?今度見せて」
『余計な事すんなよ』
「束縛する男は女に逃げられるって母親がいってたぞー」
「あはは、大輝くん束縛するように見えないけど」
「どちらかといえば佐藤くんのがしそうだよね」
「え?!俺は寛容な男だって!」
そんなことを笑いながら話す。病院からの帰り道よりも明るくなった3人を見て安心する。
病院に行かせたのはやはり間違いだったのかと後悔した時もあったが、3人がいてくれて本当に良かった。
鈴木たちにいじられている佐藤を笑っていると駅へと着いた。
「大輝くん!」
遠くから大輝を呼ぶ声が聞こえる。その声に反射的に振り返る。
遠くてもわかるその姿に思わず3人の存在を忘れて駆け出していた。
仕事終わりのままなのか、スーツ姿の彼女。それでも身だしなみに気を遣っていて清潔感が出ている。
腕に大きな荷物を下げていてこちらを見て手を振っている。
『璃子!』
「わ、大輝くん!」
璃子のそばまで駆け寄って彼女の腰に手を回して抱き寄せる。
彼女の香りが鼻から通って全身に染みわたる。本当に彼女の香りが好きで好きでたまらない。
しばらく堪能してから璃子を離して手に持っている荷物を受け取る。手に持って分かったが結構な重さの荷物だった。
『荷物は俺が持つよ』
「え、悪いよ。大丈夫だよ私もてるよ」
大輝から荷物を返してもらおうとする璃子の口元に人差し指を当てて首を横に振る。
観念したのかその手をすっと引いた。大輝は満足したかのようににっこりと笑った。
璃子も大輝を見つめて微笑むと、大輝の後ろから視線を感じて背中越し覗くと佐藤達と目が合った。
「原田ー!また明日なー!」
「お幸せにー!」
「今日はありがとー!」
『おー。また明日なー』
「あ、遊んでたの邪魔したかな…」
元気よく挨拶をして駅の中へと入っていく3人を見送ると、璃子が申し訳なさそうに腕にきゅっとしがみついてそういった。
璃子の頭を撫でながらそれを否定する。きれいにまとめられた髪が少し乱れる。
『いや、もう時間も時間だし解散するところだったし大丈夫。それに璃子と一緒に過ごせるなら俺は璃子を優先するし』
「親御さん怒ってないかな」
『…あー…まぁ大丈夫だと思う。璃子のお母さんは?』
「最近、快復してきててね、昨日からまたお仕事を始めたの。だからまたしばらくはそんなに気を遣わなくても大丈夫そう」
『そっか、このまま安定してくれたらいいね』
そんな話をしながら歩いて帰る。
璃子の家までは少し距離があるが、こうして一緒に過ごせるのならもっと遠くてもいいくらい。璃子の脚に極力負担がかからないように腕を絡めて歩く。
最初は恥ずかしそうにしていた璃子だが、人通りが少なくなってきたらむしろ身体を寄り添わせてきて可愛かった。
空にはもう星が瞬いて、ふたりで空を見上げて笑いあった。
このまま璃子といつまでも一緒にいられますように。
自然とそんな願いを託してしまうくらいに。
今が幸せだった。
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