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君の名前をもう一度。




休憩所にいる間、4人に会話はなかった。
みんな何を言えばいいかわからず、無言の時間が流れる。
互いに顔を合わせることなく、俯いている。
何分。何十分が経過しただろうか。しばらくして、看護師を数人連れた木嶋が戻ってきた。



「お待たせしました。ご案内します」


「…それは、会わせてもらえるってことでしょうか」


「はい。梨子さんは今起床されているのでお友達が来られているってことは理解されていると思います」


『…わかりました。お願いします』



不安そうに鈴木と山口が顔を見合わせて佐藤がそんなふたりの背中を押す。
休憩所を出て廊下を歩く。ひとつ角を曲がり突き当りにあるエレベーターに乗り込み5階でエレベーターが止まった。
廊下を進み、とある一室で先頭を歩いていた木嶋が足をとめた。



『ありがとうございます、許可してくださって』


「…本当は看護師として止めるべきなんですけど…」


「で、でも梨子ちゃんはきっと喜ぶと思います!」



後ろに控えていた看護師が会話に混ざる。木嶋と一緒に梨子を担当している看護師らしく、梨子が意識戻ったときからもよく話していたという。
そんな看護師の必死な姿に大輝は微笑んで頭を下げた。
大輝が木嶋の隣に立った。木嶋と目を合わせると、少し木嶋が目をそらした。
扉に手をかけて横へ引く。



『…梨子?』



病室の中には変わらずベッドに横になっている梨子の姿。
大輝が扉から中を覗いていると3人に背中を押されて中へとなだれ込んだ。



「梨子!」



鈴木が駆け寄るのと同時に山口も梨子の寝ているベッドへと駆け寄った。佐藤もその後ろを追う。
大輝もそれに続いて梨子の様子を見る。
4人も人が近寄っても天井をずっと見つめている。以前の梨子なら病室の扉が開いただけでも誰なのか気になって顔を見て喜んでいたのに。
呼びかけても反応がない。息をして瞬きもしている。



「梨子、久しぶり…ももだよ。事故で大変だったね」


「窓花だよ、梨子元気してた?」


「今日は戸叶さんを心配したクラスメイトたちで寄せ書きと花束持ってきたから病室に飾ってもらうな」



各々が梨子に話しかける。抜け殻の梨子は変わらずに天井を見ている。
不意に鈴木が泣き出しているのに気が付いた。梨子の手を握りしめて肩を震わせている。



「鈴木…」


「よかった…梨子が生きてて……」


「ももちゃん…梨子ならきっとすぐにまた元気になってくれるよね」



山口が鈴木を抱きしめてふたり一緒に泣き出す。
佐藤は看護師に花束と寄せ書きを渡して飾ってもらうようにお願いしていた。
大輝が梨子の隣に立った。



『梨子、久しぶり。最近これなくてごめん』


すると、梨子の瞳が大輝の方に向く。しかしすぐに視線は元に戻った。
病室には鈴木たちのすすり泣く声だけ。
そのあとは皆無言の時間が続いた。




「梨子、今度ね、文化祭があるんだよ」


「私たちのクラス、梨子に楽しかった記憶を伝えたくてそれをコンセプトにした出し物をするんだよ」


「だから、戸叶さんも遊びに来れるように元気になってくれよ」


「梨子がいなきゃやっぱりさみしいよ」



泣き止んだ鈴木たちがもう一度梨子に語り掛ける。それに続いて佐藤も梨子に声をかける。
その時、梨子の手を握っていた鈴木がバッとこちらに振り向いた。




「見て!今梨子が手を握り返してくれた!」


「本当?!梨子!ありがとう!」


「すげぇ!戸叶さん!早くまた原田と言い合えるくらいになってくれよ!」


『なんだよそれ』


「あはは!懐かしいねなんかもう」


「うんうん、梨子もよく張り合ってたよね」



梨子の反応にうれしくなったのか思い出話に盛り上がる3人。
クラスの問題児とも言える大輝と梨子のことをまだ友達だと言ってくれて一緒にいてくれる優しい友達。
ろくな思い出でもないのにそれを楽しそうに話してくれる。
改めて自分は人に恵まれてきたんだな、と実感する。



「失礼します。梨子さんの容態に急変が無さそうなので看護師をひとり残してこれで失礼します」


『あ、はいありがとうございました』


「「「ありがとうございました!」」」



木嶋がそういうと後ろで控えていた看護師たちが少し頭を下げて退室していった。
木嶋も大輝と目を合わせて少し微笑んで病室を出て行った。残された看護師は変わらず病室の隅で待機している。
なぜ待機しているのかは大輝にはわからなかったが、何かあったときにすぐに対処できる人がいることは心強い。




『梨子、梨子の姉ちゃんもすごい心配してたぞ。梨子にも謝りたいって』


「梨子のお姉さん……家族のために頑張ってるって…」


「うん…すごいよね私らとそんなに歳変わらないのに…」


「え、なんか戸叶さん家訳アリなん?」


「うん、前に少しだけ梨子から聞いただけだけど」


『その話はまた今度な』


「おう、俺は戸叶さんに聞けそうなら聞いてみる」



あくまで人づてではなく本人から聞くらしい。
それがいいことか悪いことかはここでは判断しづらく、とりあえず頷いておいた。
そのあとは4人で思い出に花を咲かせながら梨子に語り掛けた。
楽しかった話、面白かった話、梨子と大輝の話、行事事の思い出、鈴木たちが梨子と遊んだ話、いろいろな話をした。
そしてお見舞いにきてから2時間ほどが経過した頃。待機していた看護師がこちらに歩み寄ってきた。




「すみません。そろそろ梨子さんの経過観察の時間ですので…」


『え…面会時間の終わりまでは…』


「すみません、梨子さんの体力的な問題もありまして…」


「あ…」


「今日のところは帰ろう。戸叶さんが良くなったら見舞いにまた放課後とか次の休みに来よう」


「そ、うだね…」



名残惜しそうに梨子を見つめる3人に佐藤が優しく諭す。
佐藤の言葉に看護師がほっとした表情をした。
最後に梨子に一言ずつ声をかけて4人は病室を後にした。病院を出るその時まで鈴木の目には涙がたまっていた。
駅へと戻るバスに乗り込み、集合場所であった駅へと戻ってきた。




「…とりあえず、またファミレスかなんか寄っとく?」


「…うん、なんか今家に帰る気にならないかな…」


「私も」


『…俺もいく』



佐藤の提案に3人が同意して、ファミレスへと移動した。
行きよりも口数の減った4人。店員に席へと案内されて4人が座った。
佐藤がドリンクバーを4つ頼み、佐藤が席を立った。



「適当に飲み物持ってくるよ」


「あ、私も…」


「いいよ鈴木、座っといて」



立ち上がろうとした鈴木の肩を優しく抑える佐藤。鈴木が座ったことを確認してからドリンクバーへと向かっていった。
残された3人は顔を見合わせて大輝から口を開いた。



『なんか食べたかったら好きに頼んでな』


「うん、ありがとう」


「ねぇ、大輝くん…」



不意に山口が大輝に問いかける。
話題を口に出していいのか迷っているかのような不安そうな表情。鈴木も山口を見つめている。
大輝は佐藤の方をちらっと見てまだ帰ってこなさそうなのを確認した。
山口に返答をする。



『聞きたいことがあれば答えられることなら答える』


「あの、えっと」


「ゆっくりで大丈夫だよ」


「大輝くんは、なんで梨子があの状態になったのか心当たりはあるの?」


『……』


「皆に話したときは意識が戻って記憶はないけど元気な状態だって言ってたし…梨子の状態に驚いてたけど私達よりも動揺してなかったっていうか……」


『俺も正直この状態は知らなかった。けど、ここに来る前に何度か病院に来ていて面会謝絶だと入れてもらえてなかった』


「だから今日も…」


『みんなで見舞い品を持って来ることになったときも最初に話そうとしたんだけど…これを理由に入れるかもしれないって思ったら…その、言えなかったごめん』



大輝が話し終えると納得したのか呆れたのか山口は何言わなかった。また沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはドリンクを持ってきた佐藤だった。小さなトレーに4つのコップを置いて店員かのように持ってきた。



「お茶とジュースそれぞれ持ってきたから適当にとって」


「ありがとういただきます」


『さんきゅ』


「ありがとう」





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