君の名前をもう一度。
(このpageは本編とはちょっぴり関係ない、とあるふたりのお話…)
「鈴木!ごめん!待った?!」
『もう、遅いよ』
とある日の学校を終えた後。
駅で待ち合わせをしていたふたり。
鈴木 桃と佐藤 卓也。
今日はクラスメイトであり友達の梨子のお見舞い品をクラスで作るための材料を買いに来たのだが、佐藤が大遅刻をしてしまったのである。
息を切らして待ち合わせ場所に来た佐藤だが、そこには頬を膨らませていかにも怒ってます、という態度の鈴木の姿があった。
「悪かった学校で絡まれちまって。お詫びになんか飯おごるから先に腹ごしらえしない?」
『…じゃあ、サンバツクいきたい…』
「サンバツク?そこでいいのか?」
『うん、チョコクロ食べたいの』
もっと高い店や洒落た店をねだられるかと思っていたが予想外の店の名前が出て佐藤が聞き直す。
こちらを一向に見ない鈴木の顔は心なしか赤らんでおり、小さな声でその理由を言った。
「はは、そうか。じゃあ早速行くか」
『え、ちょ、手…!』
ニカッと笑って鈴木の手を引いて歩き出す佐藤。
あまりにも自然すぎるその行動に鈴木は動揺し転ばないようについていく。
梨子や周りの女子が男子との関りも多く、鈴木も男子と話したりする機会は多い方だと思う。だが、こんなスキンシップのようなことは無く男子と手を繋ぐなんて小学校の頃のキャンプファイヤーくらいだった。
身長もそんなに高くないし細身の佐藤の手は思っていたよりも大きくて強張っている。そんなことを考えてしまうともっと意識してしまいもっと顔が赤くなっていく。
「あ、ごめん歩くの早かったか」
『そ、それより!手!繋ぐ意味わかんない!』
「なんかあったら危ないだろ」
『なんもないよ!』
振りほどこうとするも佐藤は離す気がないらしく、女子と男子の力の差で負け、逆にもっとしっかりと握りなおされた。
先程までは佐藤が先を歩いて後ろをついていく形だったが、歩幅を合わせてくれて横並びで歩くことになった。
これはこれでデートしているかのように周りからは見えるだろう。
隣で佐藤は「こんな店があるんだなー」とか話しているのがうっすらと聞こえるが鈴木はもう触れた手の感触やこの状況に頭が追いつけなかった。
佐藤と梨子の見舞い品をふたりで考えているときにはこんなんじゃなかったのに、とか考える。
「あー…鈴木、そんなに手つなぐの嫌だったか?」
『え、あ…うん。恥ずかしい…』
「ごめん、多分妹たちの面倒見てるから癖みたいなもんだ」
『妹がいるの?』
「うん、3人。ふたりは双子」
『え、すご。大家族みたい』
ぱっと離された手。急に自由になってしまった手の行き場がなく、無意味に前髪をいじってみる。
佐藤の妹の話を聞きながら、ふたりは目的地へと着いた。
放課後の時間もあってか学生の姿が多かった。
レジの方へ歩いてフードを眺める。
「飲み物はなににする?」
『うーん…キャラメルフラペチーノにしようかな…』
「はは、チョコクロも甘いのに飲み物も甘くて大丈夫?」
『え、全然余裕!』
目をキラキラさせながらフードの並んでいるショーケースを見ている鈴木を見て笑う佐藤。
楽しそうな雰囲気に思わずつられてしまっていた。
佐藤が店員に注文をしている。財布の用意を忘れていた鈴木が慌てて鞄から財布を取り出そうとする。今日に限って教科書や荷物が多くて見つからない。
「今日はおごりだって言ったじゃん」
『え?あれ本当だったの?』
「そりゃ男に二言はないない」
『へへ、ありがとう』
佐藤の言葉に甘えて注文ができるのを待つため席に移動する。
こうやって隣同士並んでいると本当にカップルのように見えそう。
近くに同じ制服の人たちがいないことを確認して空いている席に腰かける。対面の席に佐藤も座った。
今更だがこういう席でふたりきりで話す機会などなかったからなんの話題を出すか悩む。
「鈴木はさ」
『っえ?なに?』
少し悩んでいると佐藤から話題を振られる。なんだろう、と身構えていると佐藤はいつも通りの爽やかな表情で口を開いた。
「戸叶さんとかと仲いいじゃん?」
『う、うん。1年から一緒にいるし』
「へぇ、男子からやっぱ人気高かったん?」
『どういうこと?人気、っていうほど…』
「え?知らなかったん?結構、戸叶とか窓花ちゃんとか男子の人気高かったんだよ」
腕を組みながらうんうんと頷く佐藤。ふたりのことを思い出しているのか口元にはにやけているのがわかる。
なんだろう、鈴木も含まれている話なのに蚊帳の外のような扱いを受けているのもムカつくし、なぜかふたりのことを佐藤から聞かされるのももやもやする。
『それで?佐藤くんはどっちが好みなん?』
「やー!それは悩むなぁ」
『…窓花も梨子も彼氏がいるとは聞いたことないけど』
「鈴木は?」
『は?』
「鈴木はいるの?彼氏?」
『…い、いないけど。いたら佐藤くんと出かけてないし』
「確かに確かに」
そんな話をしてると店員がトレーにのせた商品をテーブルに置いていった。
出来立てなのかあったかいチョコクロのおいしそうな香りが鼻を刺激した。早く味わいたいという衝動に駆られて早速チョコクロを手に取る。
少し力を入れたらつぶれてしまいそうなほどパンの生地が柔らかく、一口目からもチョコの味を楽しめるくらいにチョコがたっぷりと入っている。
一口食べただけで美味しさとともに幸福感が口の中に広がる。
たまらず視覚を閉ざして嗅覚と味覚を研ぎ澄まして全身でその美味しさを噛みしめる。好きな食べ物1位がチョコクロだと言っても過言じゃない。
「あははっ迷いなく食べたいものでチョコクロが出ただけあるな。本当に幸せそうに食べるな鈴木」
『…ハッちょ、ちょっとそんなに見ないでよ』
「目の前にいるんだからしょうがないだろ」
一瞬佐藤がいることも忘れてチョコクロに夢中になっていた自分が恥ずかしい。火照った顔を冷ますために飲み物を飲む。
チラ、と佐藤の方を見るとホットの容器を飲みながら通知の鳴った携帯を確認している。匂いからしてコーヒーだと思うが席にミルクなどが見えないあたりブラックコーヒーを飲んでいるのだろうか、と謎に推測してみる。
『…佐藤くんって…なんか学校にいるときとオフの時ってなんか違うね』
「ん?そう?」
『雰囲気そう思う』
「まぁ女の子とふたりきりのときまで男子といるノリにはならないな」
自惚れかもしれないが、ちゃんと女子だと認識されているのはちょっとうれしい。
ふーん、と飲み物で口元を隠しながらにやける口元を隠す。
いつの間にこんなに佐藤の一挙一動を意識するようになったんだろう。そんなことを頭の片隅に考えながらチョコクロにまた手を伸ばす。
もう一口食べようと口元に持っていくと何かの視線に気づいて目の前を見る。
佐藤がこちらをみて微笑んでいる。
「なに?食べないの?」
『そ、そんな見られてたら食べづらいんだけど…』
「あー気にしない気にしない。鈴木の幸せそうに食べるところ見ていたいだけ」
しれっとそんなことを言ってのける佐藤に鈴木の心臓が跳ねた。
視線を反らして口ごもらせながら佐藤の視線から逃れられそうな言い訳を考える。
心臓がドキドキと鳴っていて思考するのに集中できない。
「もーらい」
『あっ…?!』
必死な鈴木に対して、佐藤はチョコクロを持っている鈴木の両手を引っ張ってチョコクロに一口かぶりついた。
チョコの詰まっている真ん中の部分を食べたからか顔を離した佐藤の口元と鼻にチョコがくっついている。
少し咀嚼した佐藤は目を輝かせて小さく「うまいな」とつぶやいた。
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(この続きはまたどこかで……)