君の名前をもう一度。
『…大輝くん』
先に沈黙を破ったのは璃子だった。
最初は伏せていた目を大輝の方に向けてまっすぐ大輝を見た。
大輝は捨てられた子犬のように寂しそうに眉を下げたままだった。
いつも元気に璃子のことを励まして支えてくれて良い子な彼をこんなふうにしてしまったのは自分だ。
目を見つつもそのことに罪悪感を感じて視線を反らしそうになる。
『大輝くんは、まだ私を彼女にしてくれるくらい私のことが好き?』
「…うん、俺は璃子が一番好き」
『そっか…大輝くんが私のことを好きでいてくれているのなら、私は大輝くんの全部、気にしないよ』
「え…」
『その…私、ずっと、大輝くんが梨子とかかわっていくうちに、梨子のことを好きになったりしちゃうんじゃないかなって…おもってて…不安でね……。でもこんなこと言ったら…引かれたり、めんどうとか思われそうで…言えなくて…でも、そしたらどうしたらいいのかわかんなくなっちゃって…』
「璃子…」
『連絡もずっとしたかった。でも出てくる言葉が全部全部……大輝くんを責めてしまいそうで………本当にごめんね』
初めてこんなに自分の気持ちを誰かに伝えたような気がする。
自分の中で渦巻いていた辛いという感情。誰かに助けを求める言葉も。
少し前の自分ならこんな行動に出ようなど考えもしなかったと思う。
全部、この目の前の最愛の人。大輝のおかげで少しずつ璃子という人物が変わりつつある。
大輝が、少し微笑んだ。
「璃子、俺……俺、璃子の全部が大好きだよ。過去も今もこれからも、璃子の持ってる幸せも傷も重荷も、全部俺にも分けてほしい。迷惑だなんて思わない。まだまだ言いたいことも言えないような頼りない男かもしれないけど、これからもっと大人になっていくから!」
腕でゴシゴシと目元を拭って一息で言い切る大輝。
そのまっすぐな眼差しが、告白をしてくれた日を思い出す。
何年経ってもこの視線を向けてくれる、そんな存在がいつも心強かった。
『私、大輝くんと付き合えてよかった』
「…っつ、付き合うだけじゃない!!これから、結婚もして…その、ずっと……一緒にいるんだから!」
『ふふ、ありがとう』
泣いたり笑ったり、今まで以上に心の距離も近づけたふたり。
ひとつの壁を乗り越えて絆が深まった。
そのあとはふたりベッドに腰かけてこれまであったことを話し合った。
そのなかで大輝は梨子のことをクラスメイトに話したことを報告していた。
『え?梨子のことを?』
「うん、いつまでも休学ってことにするのはあれだろうし…」
『た、たしかに…』
「ごめん!勝手なことをして!でも、いつもいた環境で過ごしたら何か思い出してくれないかなって…」
『ううん、大丈夫。私ならきっとそんなこと思いつかなかったし、梨子にとっても病院で過ごすよりは人と触れ合う方がいいと思う』
「ありがとう、文化祭には璃子はやっぱり来れなさそうかな」
『…あ、えっとね、私の上司がたまには、その…彼氏と一緒に過ごして羽を伸ばしなさいって…有休申請渡されちゃって。だから休みはあわせられると思う』
「本当!?やった!」
無邪気に喜ぶ大輝の姿に微笑む璃子。
先の予定を立てることで楽しみができ、それをふたりで共有できることがもっと嬉しかった。
やっぱり大輝は元気に笑ってくれている姿が誰よりも輝いて見える。
大輝のことが好きなんだなぁ、と目の前の彼を見て自覚する。少しの間連絡も取らずにいるだけでつらくなるくらい大輝の存在が自分の中で大きくなっていて気持ちがわからないと不安になる。
『…大輝くん』
「ん?どうした?」
『大好きだよ』
「…っ俺も!俺も璃子のことが大好きだよ」
どちらからともなく唇を重ねる。
今この瞬間がとてつもなく幸せで、自分に都合の良すぎる夢を見てるんじゃないかと疑ってしまうほどに甘くとろけるような時間だった。
お互いに堪能をしたところで恥じらいながら顔を反らす。
大輝が視線を反らした先にある時計を見る。時刻はもう8時を過ぎていた。
「璃子今日は仕事ないの?」
『うん、繁忙期も終わったし土曜日はお休み。あ、でもしばらく休んじゃった居酒屋さんにはいくと思う』
「…じゃあ居酒屋さんまで一緒にいれる?」
『うん、いいよ』
へへへ、と笑う大輝は本当にうれしそうに笑う。
大輝が璃子の手を引いて寝転がる。ベットにふたり横になって顔を見合わせては微笑みあった。
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