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君の名前をもう一度。






それから何日かが経ち6月になった。
あのあと大輝と璃心は会う頻度が増えた。連絡先を交換したふたりは大輝が部活で遅くなった日、ファミレスへと寄ってから璃心のバイト終わりまでご飯を食べ家まで送るルーティーンができ、璃心がバイト休みの日は璃心が放課後図書室で勉強をして、部活終わりの大輝と一緒に帰ることも増えた。
そして、



『あ、あのっ、あのさ』


「ん?」



いつもどおり、璃心がバイト終わって家まで送り届けている途中。
大輝は思い切って璃心と向き合った。緊張して声がどもる。握った手は汗がにじみ、心臓はバクバクと音を立てて自分の声がかき消されそうなほどだった。
そんな大輝の様子を不思議そうに見つめ、にっこりと微笑む璃心。



『俺っ…俺、璃心のことが好き…です』


「…え?」


『だっ…だから付き合ってください!!!!』



バッと90度に腰を折る大輝。人生で初めての告白をした。
周りはしんと静まり返り、大輝の心臓の音が響きわたりそうなほどだった。
璃心の顔は見えない。実際の時間としては30秒もないだろう、だが大輝の中では何十分も経っているような気がする沈黙。
恐る恐る、顔を少しずつあげる。視線は璃心の顔を捉える。



「え…あ、え…」



戸惑いながら目を泳がせる璃心の顔は真っ赤に染まり、口元を手で覆いながら時折大輝の顔を見ながらまたそらす、を繰り返している。
少なからず嫌がってはいないとわかり少し心の余裕ができた大輝は璃心の前に手を差し出す。



『だ、だめかな……』



自分から手を差し伸べたものの、もし断られたときのことを考えて手のひらをきゅっと握っておろした。


「…!こ、こちらこそ…よろしくお願いします…!」



大輝のおろしかけた手をバッと両手で包んで自分の方へ引き寄せながらそう言った璃心。まだ戸惑いを隠せない様子だが、視線は大輝の方を見据えている。
少し身長差のある璃心の上目遣いにきゅんとしながら告白を受け入れてもらって感情がたかぶった。
満面の笑みで笑って手を絡ませて恋人として歩いた。
春が過ぎて少し、暑さが顔を覗かせる6月3日のことだった。






『あのときの璃心、まじで可愛かったなぁ…』


寝ぼけ眼でふと当時を思い出した大輝は大きなあくびをした。
ハッとして携帯を見る。
そういえば璃心とトークしていて返信を待っていた時に寝落ちしてしまったことを思い出した。トーク画面は璃心へ気持ちを伝えた大輝への璃心の返信で終わっていた。


ーありがとう。そんなこと考えてくれてたなんて知れて嬉しい。私も大輝くんと支え合っていけたらもっと頑張れるよ



『俺の気持ち、届いたみたいだな…』



文章でちゃんと伝わるか不安だったが、璃心にはちゃんと伝わり、嬉しいと言ってくれた。
璃心に会いたいな、と思いながら興奮する自分を押さえつけてベットへと倒れ込む。安心感からかまた眠気が襲い掛かってくる。それには逆らえずに目を閉じるとすぐに眠りへとついた。





「こらー!大輝ー!遅刻するわよー!!」


眠りについたかと思えば朝がきたらしい。隣の部屋から母親が起こしに来た。
今日は朝練が休みの日なので起こしに来なくても良いのに起こされて少し不愉快だが、朝早く起きれたので良かった。
もそもそとベットから起き上がって携帯のトークを開く。
ーおはよう璃心。ちゃんと伝わったみたいで良かった。俺は璃心が大好きだからな!
トークを送りながら顔がニヤける。璃心のことを想うとどうしてもこのニヤけが止められない。もう会社へ着いてるだろうか。体調は崩してないだろうか。色々思うが既読がつかないと璃心から返信は来ない。
気長に待とう、と携帯をパジャマのポケットへ突っ込んで洗面所へ向かって顔を洗う。歯磨きをしながらだいぶ伸びてきた髪の毛を眺める。ひとしきり洗い終えてから口をすすぐとリビングへ移動した。



『おはよう、母さん』


「あら、やっと起きてきたの」


『今日は朝練休みだよ』


「そうだったかしら、それは悪いことしたわね」



朝ご飯の用意をしながら背中で話す母親。
朝に弱い父親はウトウトしながら新聞を読んでいる。時折こくん、と頭を揺らしている。コーヒーを飲んでいてもこれだから仕事中は特に大変そうだな、といつも思う。
ご飯ができるまでテレビでも見るか、とリモコンで電源を付けると朝のニュース番組が流れた。
いつもと変わらない番組と天気予報、流し目に見ながら携帯のトークを確認するも返信はなかった。
社会人と学生、自由の時間が違う環境では仕方がない。
わかってはいても少し寂しさが出てしまうのは自分のわがままだろうか。


「んぉ……大輝か、おはよう」


『父さん…今気付いたの…』


「お父さん、そろそろ頭起こさないと仕事でミスするわよ」


相変わらずの父親が大輝に挨拶をしたところで母親が朝ご飯を運んできた。日本らしいご飯と味噌汁、そして肉じゃがとひじき、少量のサラダという献立。
朝にしては気合が入ってるけど昨夜の残り物だから特に感動もない。
いただきます、と3人で手を合わせて黙々と食べる。
ご飯は山盛り盛ってもらっているがやっぱり母親と父親の量に合わせると少し物足りなさがある。
ご飯をかきこんでお茶で流し込む。



「もうそろそろ進路は決めた?」


『あー…うん。俺、就職するよ』


「大学は出ておいたほうがいいんじゃない?」


『…支えたい人がいるから』



璃心のことは両親に少しだけ話したことがある。家族を支えるそんな彼女のことを両親は良い子だと評価していたので、就職を選んでも全力で批判はしないことはわかっていた。
ご飯をかきこむ手を止めて璃心のことを思い浮かべる大輝の姿を両親は顔を見合わせて眺める。
父はそんな大輝を見てはははっと笑った。



「まるで昔の父さんみたいだなぁ」


「ほんとに、お父さんの息子だわ」


『どういうことだよ?』


「大輝には父さんのおじいちゃんもおばあちゃんがいないのはわかってるだろう?父さんが22のときに両親を事故で失くしてな、当時大学生だった父さんは学生だった弟達を養うために大学を中退して知り合いのところで働き出したんだよ」


『え…そうだったんだ』


「私とお父さんは同じ大学だったんだけどね、私も大学を辞めてお父さんを助けるといったのに聞かなくって、お前はちゃんと大学を出ろ!って」


「大学を出たほうが母さんのためだと思っていたからなぁ。けど璃心さんはきっと大輝と助け合ったほうが彼女のためになると思うよ。もちろん大輝にその覚悟があるのならだけど」


そう言った父親はニッコリと微笑んで特徴であるタレ目が更にたれていた。
いつも温厚で優しくて時間にルーズで朝にも母にも弱い父だが、人生の一大決心を経験して母も家族も支えきったと言う話を聞いて見方が変わったかもしれない。
その父が大輝の考えに後押しをしてくれている。
こういう時口を挟む母も黙ってお茶を飲んでいるところを見ると同じような考えなのだろう。
両親の過去は、大輝にとって大きな力となった。



『俺も、父さんや母さんのように、誰かのために力になれる人生を歩みたい』



そう言った大輝の目は輝いていた。





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