君の名前をもう一度。
「えー…この時間は来月ある文化祭についての企画決めとかをしようと思うが、そのことについて原田からひとつ話がある。みんな聞いてやってくれ」
「えー?何々?」
「ミスターコンでるのか!大輝!ぎゃはは!」
「え!やばそれ気になるんだけど!!」
『ああもう!違うわ!』
あれから数日が経ち、とうとうこの日が来た。
璃子と連絡が取れないまま、とりあえず自分にできることを精一杯しようと璃子に連絡したり梨子に会えないかと病院に通い続けている。
そして今日とある授業の開口一番に担任がそれを切り出した。
大輝は興味津々なクラスメイトからの冷やかしやそれに便乗する声を抑えながら担任の立つ教壇のところへと歩いた。
教団の前へ立ちクラスメイトの顔を見回す。隣にいた担任はチョークを手に持って小さく大輝に頷いた。
大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐いた。
『今から話すのは、夏休みに事故に遭って休学中の戸叶梨子のことについてだ』
その一言で先ほどまでにやにやしていたクラスメイト達の表情が一変した。
笑って聞ける話ではないことを察したのかみんな大輝の方を見て次の言葉を待っていた。
大人数からの視線に緊張する。無意識に足が震え、頭の中が真っ白になっていくのを感じる。
『事故に遭った梨子は、しばらく意識がなく眠ったままだった』
「…過去形ってことは?」
『ああ、今は意識を取り戻して元気に病院で過ごしてる』
「よかった!じゃあ私たちもお見舞いにいけるね」
「梨子がいないとやっぱ物足りないよね」
小さくつぶやいた女子の言葉に大輝の返答がすると、笑顔を取り戻して近くの席の女子と喜び合っていた。
それを機にほかのクラスメイトも文化祭を一緒にできるんじゃないかと文化祭の企画について話し始める声も聞こえた。
担任がひとつ咳ばらいをする。
するとクラスメイト達はもう一度大輝の方を見た。先程とは違って皆明るい表情をしていた。
『…意識を取り戻した梨子は、記憶喪失になっていたんだ。今、病院で過ごしている梨子は小学5年生までの記憶しかない』
「…えっ」
「…嘘……」
「じゃあ、私たちのことも…」
『散々文句を言いあった俺のことを見ても何も覚えてなかった。梨子自身もまだ小学5年生だと思ってる』
「そんな…っ」
大輝から気化された衝撃の事実に明るくなったクラスメイトの表情はまた曇り、女子の中には涙目になっている人もいた。そんなクラスメイト達を見ていられずに視線を下げる。
重い沈黙がクラス中に流れる。
もういちど深呼吸をして口を開く。
『…記憶がないから、お見舞いに来る人を制限してたわけだけど……梨子の失った期間の記憶がもう一度経験してほしくないもので……それを人づてに聞くのも、無理矢理思い出させたくもなかったんだ。みんな、山ちゃんの言ったことを守ってお見舞いを我慢してくれてありがとう』
「そっか…梨子って…」
大輝の話にハッとした女子が数人顔を見合わせていた。
何人かの女子は梨子の過去を知っている者もいたようで、悲痛な表情をしている。
他のクラスメイトもそんな女子達の表情や空気を読み取って聞き出すこともなく沈黙を貫いていた。
『…でも小学5年生の梨子はなんで入院しているかもわからないし、誰も見舞いに来なくて寂しい思いをしているのが現状なんだ』
「わ、私たちがいくよ…!」
「私も!!!梨子とずっと一緒にいたもん!」
「俺だって戸叶と同じ部活で張り合ってたし!」
誰からともなくクラスメイトが次々に立ち上がって見舞いにいくと言い出した。いかにこのクラスの団結力と優しさがにじみ出ているかがよくわかった気がする。
俯かせていた顔をあげてもう一度クラスメイト達を見回す。
ここから担任と話したことを伝える。大輝の想いを受け止めてくれるかが不安だが、伝える価値はあると信じて口を開く。
『俺からひとつ提案があるんだ。みんな、聞いてくれ』
「なんだなんだ」
『…文化祭の企画だが、俺たちの3年間の写真や動画を展示したものをしたいと思ってる』
「…展示?」
「なんで急に?」
大輝の言葉に皆がざわざわとし始める。顔を見合わせて困惑するもの、考え込むもの、ちょっと不満そうにこちらを見るものもいる。
文化祭の企画決めが始まるであろうこの時期は各々で何がしたいかっていうのは話していただろう。急にこんな提案が出て同意を求められたら何かしら思うことはあるのはわかっていた。
あとは言葉選びを間違えないように伝えるのみだ。
『さっき話のつながりで…梨子の思い出も交えれば梨子が楽しい思い出を思い出さないかと思ったんだ。…それに俺たちの思い出の集大成でもあるし、一般客にもどういう風にこの学校で過ごしているのかが目に見えやすいと思ったんだ』
「…でも梨子からしたらなんで自分の写真があるのかって混乱せん?」
「それにこれをきっかけに無くなってた記憶が全部戻っちゃったらパニックになりそう」
「俺は文化祭はみんなで盛り上げるものだと思ってっから展示だけで終わりなんて味気ねぇよ」
「もっと文化祭らしく催し物したいよね」
クラスメイトの反応に少しだけさみしさを感じた。つい先程このクラスの優しさに触れたと思っていたからだろう。
しょうがない、と自分に言い聞かせて終わりだと担任の方を見やると視線に気づいた担任がニコッと笑って持っていたチョークを黒板に当てサラサラと文字をつづり始めた。
『…文化祭、企画、決め…?』
「はいはいっ、原田の話もみんなに伝わっただろうし、企画決めに移るよー」
「え?!この状況でか?!」
「山ちゃんせんせー唐突すぎ!」
「別に急ではないだろう?最初に言っていたし、今のは原田が企画提案と戸叶の近況報告をしただけだろうに」
あっけらかんと担任がそう言い放つとそのまま企画候補のところに展示と付け加え始めた。
担任についていけないクラスメイト達は慌てて候補を考え始めた。元から相談時間は設けるつもりだったのかチョークを置いて腕を組む担任。
ぽかんと教壇に突っ立っている大輝を見て担任は口を開いた。
「よくやったな。原田の伝えたいことはきっと伝わっているだろうし私は展示でも良いと思うぞ」
『…でも、確かに3年生で最後の文化祭なのに展示なんてみんなに受け入れてもらいないと思います』
「ははっまだまだ視野が狭いな原田は。だから戸叶と喧嘩ばかりしていたんだろうな」
『な、なにが言いたいんだよ…』
「文化祭の企画決めはテストの答案のように正解、不正解しかないわけじゃないだろう?展示だけで受け入れがたいなら…みんなの意見を組み合わせることもできなくはないだろう?」
『…組み合わせる……確かにそれなら…』
「ま、なんの意見がでるか、だけどな」
そういった担任は何回か手を叩いて相談タイムの終了を知らせる。
楽しそうに話していたクラスメイトが名残惜しそうに前を向いて担任に注目した。
しばらくして静まったのを確認して担任が皆の意見を促した。
「はい、じゃあ皆何がしたいか決まったのなら挙手してくれ」
その言葉を言い終わるか終わらないかくらいには早い者勝ちだと言わんばかりに数人の生徒がすでに手を挙げていた。
キラキラと目を輝かせているのを見ると大輝の心に迷いが生じる。
こんなにも皆は文化祭を楽しみにしているのに展示を押していいものだろうか、と。
担任が手を挙げた生徒の名前を呼ぶ声にハッとなってとりあえず今は皆の意見に集中することにした。
「んじゃ、関から行くか」
「っしゃ!俺は去年できなかったお化け屋敷がいいな!」
「お化け屋敷な。原田、黒板に付け足してくれ」
『あ、うス…』
「んじゃ、サクサクと次は、安城」
「やった!私はたこ焼き屋さんとかどうかな!」
「たこ焼きか、なるほどな」
担任がスムーズに進行を進める。意見が出るたびにクラスメイトがあれやこれやと話し合っているのをチョークを握りしめながら眺める。
黒板に横並びで企画案を書いていく。
7つほど候補が出たところでクラスメイトたちの案がきれたのか挙手するものがいなくなり担任が締め切る。
「よぅし、じゃあここからどれにするか決めていくぞー。今出た案は「展示」「お化け屋敷」「たこ焼き屋」「カフェ」「相席屋」「迷路」そして「ヘアーデザイン」の7つだ」
「相席屋とか絶対無理でしょw」
「カフェは王道過ぎるよなー1年生とかぶりそうじゃね」
また各々意見を述べ始める。担任もそれを見回しながらうんうんと頷いたり、相槌をうっている。
大輝も黒板に並んだ字を眺めながら展示と組み合わせられるものがないかと考える。
どれも合いそうだが、どこか決め手に欠ける。みんなが納得するような、そんな提案をできたら。
「確かに他のクラスとかぶるとものによっては低学年の方が優先されるからな。可能性としてはお化け屋敷、カフェ、迷路辺りはかぶるな」
「そこは山ちゃんせんせーの権力でどうにかならない?」
「こらこら、私もそんなに偉くはないんだぞ」
「相席屋も絶対あのハゲ教頭が許可しないっしょ」
「えー割と相席屋なんて単語知らないから適当に許可しそうじゃない?」
「さすがに山ちゃんに聞いたりするっしょw」
みんなが各々企画案を絞っていく。
今は触れられていないがこのままいくと展示も外されるかもしれない。そう思うと焦りが生じる。
どうしたものか、と頭をフル回転させる。
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